79 唯一神と死の誘惑

「魔王を倒し、人類の歴史から争いを消した伝説のパーティー『ランダム勇者』。その勇者、いや、われらが神が目覚めた!」


 神殿には何千、何万もの人々が集った。ネイビスはその前に立っていた。


「7日後、結びの儀を執り行う。皆の者。やり残しのないようにこの7日を生きなさい!」


 歓声があがる。ネイビスはまだ夢の中にいる心地だった。


「今って何年ですか?」


 ネイビスは近くの神父に訊く。


「ちょうど1000年ですよ」

「千年?」

「ええ。あなた様が魔王との因縁の争いに終止符を打ってからちょうど千年でございます」

「待て。千年が経ったのか?」

「左様です」


 ネイビスは焦りだす。千年の時が経った。つまりもうイリスにもビエラにも会えない。


「ネイビス様。恋人のイリス様とビエラ様は逝去しておりますが、安心してください。彼女たちの子孫は残っております。それもネイビス様とイリス様とビエラ様三人の血だけを引き継ぐものが。今から我らがランダム神国の双王に会いに行きましょう」


 ネイビスは従わざるをえない。この千年の後の世界で、ネイビスの知る者はいない。ネイビスは虚しかった。


「お目にかかれて光栄です。真祖様。わたくし、イリス・リ・ユニバースです」

「お目にかかれて光栄です。真祖様。わたくし、ビエラ・リ・ユニバースです」


 確かにイリスとビエラの面影がある気もする。二人は美しく可愛かった。だが、イリスとビエラではない。ネイビスは落胆してしまう。それを慰めるように二人の少女はネイビスと肌を重ねる。


「ごめん。しばらく一人にさせてくれ」

「わかりました」

「では、部屋に案内します」


 恐らく、王城で一番豪華な部屋にネイビスは通されたが、もうなにもかもどうでも良かった。イリスとビエラはもういない。なら生きる意味もない。ネイビスはそう思うほどに二人のことを愛していたのだ。


「デスって、自分にも使えるのかな」


 ゲームでは自分に攻撃はできないが、ここはリアル。実際に自身を殴ることもできるなら、デスも使えるのではないか。


 ネイビスは数日部屋にこもって思い立つ。死のうと。


「お願いだ。安らかに眠るよう。『デス』!」

「死ねないよ」


 ネイビスの『デス』は不発だった。1/4の確率か、それとも。


「理になったものは死ねないんだ。例外はあるけどね」


 それはネイビスのよく知る声だった。


「アリエル?いるのか?」

「いるよー」


 アリエル、と言っても姿も声も変わっていた。なんだかとても幼くなっていた。


「容姿が……」

「ああ。何度も生まれ変わっているからね。ツァーネもいるよ」


 ツァーネが現れるが、相変わらず紳士の姿だった。ネイビスは少し安心した。アリエルが語りだす。


「今ね、理は時と闇と記憶の3つだけ。ボクたちだけなんだ」

「そうなんですね」

「でね。イリスちゃんとビエラちゃんと会う方法があるって言ったらどうする?」


 ネイビスは目を見開く。


「教えて下さい!」

「いいよ」



 神になるんだ。それが唯一の手段だ。



「か、神?」


 ネイビスはどもりながら聞き返した。


「大丈夫だよ。ボク達が手伝うから」

「そうだ。安心しなさい。どれだけ私達が準備してきたことか」


 アリエルとツァーネがネイビスに語る。ネイビスは二人を信頼することにした。イリスとビエラに会うために。


「信じてみます。二人のこと」

「よし。それじゃあ先ずは歴史から話さなきゃね」


 ◆

 ネイビスがフィガロの水門を潜り、伏魔殿に入ったあと、アリエルとツァーネは国と宗教を一新させた。ネイビスが王として、神として迎えられるように。


 イリスとビエラの記憶もアリエルが保存したという。


 魔王の恐怖はなくなり、人々から争いも消えた。平和な世界。でも、アリエルとツァーネは満足しているようには見えなかった。

 ◆


「明後日に結びの儀式がある。それまでに双王を抱いておいてね」


 アリエルはそう言って去った。けど、ネイビスはその日までは部屋で無気力に過ごすだけだった。


 やはり考えるのは死だった。イリスとビエラのいない世界で生きるなんて。


 だが、その悲観も結びの儀式が始まると消えていった。それは創世であり終末の儀であった。そしてこの上ない甘美な愛と幸福だった。

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