80 全知の呪詛が解かれる時

 今日は結びの儀の日。アリエルが朝食の卓でネイビスに話す。


「神になる方法はね。記憶を思い出すことなんだ」

「記憶?」

「君、特別な記憶を持ってるよね?」


 アリエルの言葉にネイビスははっとした。ネイビスには確かに説明し難い前世の記憶がある。


「その記憶が、君が神である証拠なんだよ。記憶の理であるボクが言うのだからね」


 それに、と続けてアリエルは話す。


「理を知ると悲観的になるのは仕方ないことだよ。でも、それでも最後までは諦めないでほしい。苦を乗り越えた先に絶対的な幸福はあるからね」





 結びの儀。19歳と17歳と15歳の少女が官能的で神聖な服を着ていた。名前はイリスとビエラ。そしてアリエル。でもネイビスの知るイリスとビエラではなかった。


『結びの儀の前に、ツァーネが保存していた理をネイビスくんに統一させるよ』


 今はもう、普通の感覚ではない。10の理を以て、全てが愉悦に染まる。ネイビスは幸福なのだ。


『そして、時の理、ツァーネも君に』


 ネイビスは時間をも超越した。


『ただ、記憶は最後ね?』


 ネイビスの前にはアリエルがいる。


「ボク、処女なんだ。優しくてしてね」


 アリエルと結ばれたネイビスは記憶の理さえも会得した。アリエルの記憶がネイビスの記憶と融合する。


 ◆


 闇の理には世界を終らせる役割がある。


 最初はアリエル、ツァーネ側(光側)と闇側で争っていた。


 負けそうなときはツァーネがアリエルに時の加護を与えて、時を戻していた。


 光側は闇側が全滅すれば幸せだと思っていた。


 あるとき闇側を討滅した。


 すると世界は永遠に続いた。


 終わりが来なかった。


 だからまた、あるときアリエルとツァーネは1からやり直すことにした。


 またしても闇側を倒したとき、世界には終わりが来なかった。


 アリエルは終わりを強く求めるようになった。


 アリエルは発展した学問を用いて世界を終わらせるための研究を人々にさせようとした。


 だけど、世界を終わらせるための研究などやる人はいなかった。


 アリエルは一人で研究することにした。


 けれど世界を終らせる方法はわからずじまい。


 アリエルはまたツァーネと1からやり直すことにした。


 今度は闇のなすままに殺された。


 けれど世界はまた1から始まった。


 アリエルだけが苦しむ。


 アリエルは死んでも生きても世界に終わりが来ないことを悟った。


 けれど希望も抱いていた。


 異世界があるはずだ。


『やはり別の世界はあったんだね。ボクはこの世界の全てを知っているけど、わからないことがあったんだ。どうしてボクらは生まれたのかってね。ボクもまだその理由はわからないんだ。だけど、大丈夫なんだ。いつか、本当の終わりが来るときに、きっとちゃんとわかるんだと思う。その時には、みんなが一つに集うんだ。


 ネイビスくん。このことを頭の片隅に覚えておいてほしい。そして、ボクら理が存在していたことも、覚えておいてほしい


 最後に一つ、大切なことを教えておくよ。

 ボクらの魂というより自己という意識は一つの概念から分岐したんだ。それをボクはラカン・フリーズと呼ぶことにしている。


 あとは頼んだよ』

 ◆


「アリエル。ありがとう」


 ネイビスはそう言うと、目の前にいる二人の少女に声をかける。


「イリス、ビエラ」

「「はい」」


 ネイビスは十二の理を以て二人の双王を一人にした。そしてまぐわう。それは原罪のようなセックスだった。


 二人にはイリスとビエラの記憶が霊魂として宿る。


「さぁ。結びの儀をしましょう」


 少女が言う。これからするのはセックスではない。

 だが、ネイビスは一抹の不安を感じた。


「待て。なにか違う気がする。このままだとだめな気がする」


「気のせいじゃない?」

「そうだよ。三位一体で神に戻るんだよ」


「そうなんだけど……。私の中のネイビスという人格が君の中のイリスとビエラという人格を執拗に求めているんだ」


 ネイビスは苦悩する。


「私達のこと愛してたものね」

「ああ」


「でも、結ばないと世界は終わらないよ?」

「それに結ぶのはとても甘いことよ。無上の幸福なの」


「しかし、それだと前と同じになるような」

「前?」

「覚えてないか。あの冬の日の聖夜にホテルの最上階の一室で、私達は結びの儀を行った」

「ホテル?なんだっけ」

「前世の、いや。前の世界の記憶だよ。だから、また同じ過ちを犯すのは……」

「だめよ。私は早くあなたと一つになりたいの」


 おでことおでこ、手と手を繋ぎ、記憶の、脳の、思考の融合が始まる。もう私達にセックスは要らない。何故なら一つになるから。


「永かったよ。ここまで来るのが」

「何度、輪廻を繰り返したか」

「何度世界を繰り返したか」


 それももう終わるんだ。


 瞳を閉じると過去の記憶たちが七色を象り、世界の終末を祝福するかのようだった。


「ありがとう。やっと終われる」


 アリエルがそう言って泣いた。


「ありがとう。期待どおりだ」


 ツァーネがそう呟いた。


 ネイビスとかイリスとかビエラとかアリエルとかツァーネとかルートとかルナとかレナとか。そういったすべての存在はすべての存在たちに祝福されていった。


 歓喜。

 至福。

 だから。

 それでも。

 だから、世界を創ったのに。











 白い空間で一人の神が目覚めた。


「また、だめだったか……」


 その神は孤独に一人で泣いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る