52 動き出す世界

 ネイビス達が王城を去ったあと、王の間にて国王とアリエルが二人きりで話していた。


「アリエル様。先ほどは演技とは言え、十一位の私が一位のアリエル様を呼び捨てにしてしまい大変失礼しました」


 国王がアリエルに対して深く頭を下げて謝罪した。対するアリエルは手をひらひらとさせて淡々と答えた。


「別にいいわよ。彼らはこちらの事情は知らないわけだし。それにあなた、どうせ本心ではそんなこと思ってもないんでしょう?」


 アリエルが訊くと国王は慌てて首を振って応えた。その首筋には冷や汗が流れていた。


「いやはや、まさか。御冗談を。それより、アリエル様の預言は流石としか言いようがないですな!よもや転職について知るものが庶民の中から現れようとは!」

「ええ、そうね」


 アリエルは明らかに話を逸らそうとしている国王を見て呆れるが、気を取り直して相変わらず淡々と答える。


「アリエル様。『ランダム勇者』は大丈夫でしょうか?転職はランダム教がこれまで隠してきた極秘情報です。それを広めた『ランダム勇者』をランダム教が野放しにしておくとは到底思えませんが」


 国王は顔を陰らせながらアリエルに訊いた。


「大丈夫ですよ。彼らには上手いこと言ってあるので」

「と言いますと?」

「ランダム教の目的は世界統治の邪魔者である魔王勢力をこの世から消し去ることなのよ。『ランダム勇者』がその役を担ってくれると信じ込ませれば、彼らは納得するはずだわ」

「確かにその通りですね」


 国王は頷いてアリエルの意見に賛成の意を示した。


「転職に関してだけど、恐らくランダム教は何らかの手を打ってくるはずよ。そこに便乗する振りをして、少しずつ仲間を作っていくのが最善かしら?」

「そうしましょう」


 国王はアリエルの提案に頷く。その瞳には野心の炎が宿っていた。アリエルはそれを見てため息を吐いてから国王に聞こえない声で呟いた。


「何も知らない方が楽なのかしらね」







 深夜、神聖かつ豪奢な建物の中で一人の男が大声を上げていた。


「何ということだ!転職が世間に知れ渡っただと!?一体誰が漏らしたのだ?今すぐその者を連れてこい!」


 声を大にして怒っているのは、ランダム教のトップに位置するレトナ法王であった。レトナは目前に跪く綺羅びやか鎧を纏った青年に向かって「さぁ、早くせんか!」と怒鳴り散らす。


「まぁまぁ、そう怒らないで」


 青年は苛立ちを隠して、目の前の老人を宥めようと説明する。


「私は怒ってなどいない!これは神が怒っているのだ!私はその怒りを体現させているに過ぎない」

「はいはい。そうですね」

「なら、早く行き給え!誰がお前を七大聖騎士に入れてやったと思っている!その恩に報いたければ、裏切り者を見つけ出して、生かしたままここに連れてこい!いいな!」


 青年は後ろ髪を掻きながら「はぁ」と小さくため息を吐いた。地獄耳のレトナはそのため息を聞き逃さない。ギラッとした目で青年を睨みつけた。


「なんだ、不服か?」

「いえ」

「では、さっさと行き給え」

「はい。ただ、その前に一つ心当たりがございまして」

「なんだ?言ってみろ」

「法王、『ランダム勇者』についてはご存知で?」


『ランダム勇者』という言葉を耳にしたレトナは表情を変えた。


「ああ、アリエルが前に預言していたな。む?まさか?」

「はい。もしかしたら本当に現れたのかもしれません。真の勇者が」

「ふん。勇者など、ただの職業だと思っていたが。で?それが此度の件とどう関係する?」

「情報の出どころは彼らではないかと」

「む?『ランダム勇者』が転職を広めたということか?」

「はい。私はそう考えております」

「そうか。つまり、裏切り者はいないということだな?」

「はい。それに、裏切ることのできる者など一人しかいませんから」

「それもそうだな。だが、そうなるとかえって厄介だな。『ランダム勇者』、あのアリエルが預言した存在か。お前に『ランダム勇者』の調査を任せよう。神に背くならば殺せ。転職については私がどうにかする」

「分かりました」

「では行け!」


 青年は重い腰を上げて、レトナ法王のもとを後にした。


「早速行きますか」


 青年はそう呟くと、王都の町へと繰り出した。

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