53 二つの願い事
「あーあ。疲れたぁ」
「ほんとだね」
ここは王都で一番良い宿屋として評判の『黄金の月』の一室。部屋は広く、寝具や壁にかけられている絵画などはどれも一流のものだった。ネイビスがため息を吐きながらふかふかのベッドに横たわると、ビエラもそれに倣ってネイビスの隣に寝転がる。
「不死のペンダント貰えて良かったわね」
「そうだな」
ネイビス達は長丁場の会議の末に宝物庫に案内され、三つの不死のペンダントを手に入れていた。期限は今のところ無いそうだが、オリエンス世界大会の時に一時的に返却することになった。とは言ってもそれはまだまだ先の話だ。イリスもベッドに入ると三人は今後の作戦会議を始めた。
「よし。作戦会議するぞー」
「いいわ。次はどうするのよ?やっぱりAランクダンジョン?それともレベル上げが先?」
「最初は『トカゲの巣窟』で周回レベリングする予定だったが、不死のペンダントを貸してもらった今の俺達ならAランクダンジョンをクリア出来るはずだ。だから先ずは飛空挺でダンジョン都市イカルに行くぞ」
「りょーかい」
「うんうん」
ネイビスの提案をイリスとビエラが受け入れて同意した。
「ねぇ、ネイビス君。ドラゴンってやっぱり強いのかな?」
ビエラが枕を胸に抱き締めながら心配そうにネイビスに問いかける。ネイビスは仰向けになって両腕を後頭部に回して枕にしてからビエラの質問に答える。
「まぁ、それなりには強いかな。ランク的にはフロストゴングとかメテオキメラとかストームタイガーとかと同等だからな」
「なら魔法とか使ってくる?」
「いや、平気だ。奴らはブレス攻撃以外は全部接近攻撃だからな。それにそのブレス攻撃も、発動前に口がほんのりと光るから、それ見て回避すればまず当たることはない」
「本当に何でも知ってるのね。それも前世の知識ってやつ?」
イリスが呆れ気味にそう言うとネイビスははにかんで笑った。
「久々に聞いたな、それ。そうだよ。イリスの言う通り、前世の知識ってやつだ」
「謎が謎を呼ぶわね。ネイビスの前世って本当に何なのよ?」
「私も何気に気になってた。でも、ご法度かなって思って訊かなかったよ」
ここでネイビスの前世問題が再燃した。それを受けてネイビスは思案する。イリスとビエラとは恋人であり、親密な間柄だ。彼女らになら話しても良いのではないだろうかという気がしていた。
「なら話そうか?俺の前世のこと」
ネイビスがそう言うとイリスとビエラは逡巡する。
「やっぱりやめとく。私は今のネイビスが好きだから、過去のことは気にしないわ」
「うーん。イリスちゃんがそう言うなら私も聞かない」
「いいのか?」
ネイビスが確認すると二人はコクりと頷いた。
「そっか。まぁいつでも訊ききたくなった時には訊いてくれ」
「分かったわ」
「うん!ネイビス君。これで作戦会議は終わり?」
「あぁ、終わりだ。そろそろ寝るか?」
「そうしましょう」
三人は謁見に長時間の会議にと、今日はとても疲れていたので、おやすみなさいのキスをしたあと、明日に備えてそのままぐっすりと眠るのだった。
翌日の昼頃に三人の部屋に来訪者が現れた。イリスもビエラもまだ寝ていたため、ネイビスが代表してドアを開けた。そこには一人の金髪の青年がいた。体には見事な鎧を着ている。
「あの、どなたですか?」
ネイビスが尋ねると、青年は爽やかに微笑んで握手を求めながら自己紹介をした。
「はじめまして。僕は七大聖騎士の一人、【金色のヘス】だよ。君が噂の『ランダム勇者』のネイビスくんかな?」
「あ、そうです。どうも」
ネイビスはヘスと握手をした。そしてこの青年がとてつもなく強いということに気づく。ネイビスはこの世界に来てからなんとなくその存在の「強さ」というものを肌で感じることができるようになってきていた。その直感は戦闘を繰り返すたびに鋭敏になっていたが、その直感が言っていた。恐らく今戦ってもこの青年には勝てないと。
「どうしたのかな?」
ネイビスの心境など知らないヘスは、冷や汗をかき始めたネイビスに訊く。ネイビスはヘスの質問に質問で返した。
「ヘスさんでしたか。あなた、転職してますよね?」
「おお!やっぱり気付くかい?そうだよ」
「やはり」
てっきり転職について知っているのは自分だけだと思っていたネイビスは混乱していた。ネイビスはヘスに再度質問する。
「他にも転職している人はいるのですか?」
「うーん。それは教えられないかな」
「そうですか。では、どこで転職について知ったのですか?」
「えっとね。転職については教えられない。ごめんね」
「そうでしたか。では、どのようなご要件で来られたのですか?」
ネイビスが残念そうにそう訊くと、ヘスは真剣な眼差しでネイビスを見据えて答えた。
「あのね。二つ君にお願いがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「一つ目は転職については広めないで欲しいということ」
「理由を訊いても?」
「理由は世界の平和と秩序のためかな」
ネイビスはヘスの提示した解答に首を傾げた。
「平和と秩序のため?」
「君は正しい歴史を教えられてないから言われても分からないかもしれないけれど、もし国民全員が僕や君みたいな化け物だったとしたらどうなると思う?」
ネイビスはヘスに言われた通りのことを想像した。冒険者が皆転職して上級職になれば、より強くなって、戦闘で死ぬ確率も下がる。
「魔物に怯える必要はなくなるし、ダンジョン攻略も進んで、いいことばかりだと思いますが」
ネイビスの答えにヘスは首を振った。
「そうかもしれない。でも、実際に起こったのは人と人との戦争だよ。そして残ったのは瓦礫と人の死体と荒廃した大地だけ。君は信じるかい?」
ネイビスは前世の記憶の中から戦争というものを思い返していた。だからこそネイビスはその答えにはっとし、頷くことができた。
「信じますよ。人とは争う生き物ですから」
そう答えたネイビスの瞳をヘスは真剣に見つめた。ネイビスもヘスの黄金に輝く瞳を見返した。
「いい目をしているね。正直な目だ」
「ありがとうございます」
「だからこそ、二つ目の願いを聞いてほしい」
「何でしょうか?」
ヘスは深呼吸してからネイビスに二つ目の願い事を告げる。
「魔王とは戦わないで欲しい。いや、戦わないで」
「どうして?」
「理由は二つある。一つ目の理由は君では勝てないからだ。僕達七大聖騎士がいくら束になっても勝てない。魔王とはそういう存在だ。そして、二つ目の理由は魔王が人類の共通の敵として存在するからこそ、今の世界がある。君なら僕の言いたいことが分かるね?」
「は、はい」
その時ネイビスの背後から「どうしたの?」とイリスの声がした。
「伝えたいことは伝えたから、僕はこれで失礼するよ」
「あ、待って」
ネイビスが引き留めようとするも、既にヘスの姿はなかった。その後、ネイビスはヘスが言った二つの願い事について考え込むのだった。
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