第9話 青年イリスの秘密
「…‥。」
「おいおい、そう硬くなるなって。」
ソフィアたち2人がシーカー学校に入学した時、イリスは自分の家に不法侵入していた正体不明の男を警戒していた。
まぁ、こんなボロ屋だし…旅先で道に迷ったから使っていた、と言われればそれまでなのだが‥。
男からは、ただ者ではない雰囲気が滲み出ていた。
「あー…お前、シーカー試験で脱落したんじゃないか?」
「…何故それを?」
「おっ、当たりか。」
まるで自分の家にでもいるかのように寛ぎながら、男はイリスに話しかける。
しかし、どうして私がシーカー試験に落ちたことを知っている?…まるで過去でも見たみたいだ。
油断ならない。この男は一見、ただの旅人のようにも見えるが…おそらく、修羅場の一つや二つは潜っている。
「まあそんな事はいいんだ。お前、なんでシーカー試験に合格できなかったんだ?」
「‥。」
あまり…あまり話したくない。
自分の知られたくない過去を…トラウマを知っている相手がいたからつかみかかり、死なせてしまったのだとは‥到底言えない。
きっとこの男もそのことを聞けば幻滅するだろう。
「…まあ何があったのかは知らねえけどよ、話してみれば少しは楽になるんじゃねえか?」
「…最終試験で、人を殺めてしまったんだ。」
胸の内に潜めていた後悔の念が溢れ出した。
「私の過去を…知っている奴がいたんだ。あの時のことを思い出してしまって…私は…!」
「おいおい大丈夫…。」
慰めの声をかけようとした男だったが、イリスの瞳を見た瞬間固まってしまった。
ポロポロとこぼれ落ちる涙。その瞳はアメジストのような紫色に染まっていた。
アザミの花ように濃く、それでいて鮮やかな紫の瞳は宝石のようにキラキラと弱く光り輝いていた。
「プラチナブロンドの髪に紫の瞳…もしかしてお前、精霊使いの一族か?」
「っ…!」
バレてしまった。自分があの一族の人間だと…バレてしまった。
急いで顔全体を手で覆い尽くし、男に自分の顔が見えないようにする。だが…もう遅い。
一度でも見て仕舞えば忘れないであろう。美しく、それでいておぞましさの象徴でもあるあの瞳はそう忘れられる者ではない。
普段はカラーコンタクトで隠していた。だが…家に帰ってきて、今だけでも本来の自分の姿でいようと思い外してしまっていた。
感情の制御は今でも苦手だ。
悲しいことがあれば泣いてしまうし、嫌なことをされれば怒ってしまう。
性格が変わる前は泣き虫だった。
何かあればすぐに泣いてしまった。だけど‥幼馴染みはいつも、そんな私を慰めてずっとそばにいてくれた。
あいつがいて、家族がいて…何不自由ない幸せな人生だった。…そのはずだったんだ。
あんな事さえ怒らなければ…あいつはきっと今頃…
「そうか…。」
男は声を押し殺して泣くイリスの頭の上にポンっと手をのせた。
優しく、まるで腫れ物でも扱うかのように丁寧にイリスの頭を撫でた。
「あの一族は10年前に皆殺しにされたと聞いた。…辛かったな。」
暖かい…何年ぶりだろうか。こうして頭を撫でてもらい、暖かな人の温もりを感じるのは‥。
9歳の時に親も親友も、村の人々も…持ちうる限りほぼ全てを奪われた。
あれから一度だって、誰かに頭を撫でてもらった事はない。
イリスは泣いた。声を上げて泣くわけではなく、ただじっと、目を瞑り涙が自分の瞳からこぼれ落ちるのを感じながら泣いた。
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「…すまない。見苦しい物を見せた。」
「見苦しいなんて言うなよ。案外、可愛らしかったぞ?」
「か、かわっ?!」
頬を真っ赤にして「可愛らしくなんてない!」と、まるで思春期の男の子のような、年相応の態度を見せるイリス。
男はそんなイリスの子どもらしい面を見て笑みをこぼした。
「そうだな…お前、俺の弟子になる気はないか?」
「弟子?」
「あぁ、言ってなかったな。…俺はユリウス。シーカーの端くれだ。お前は?」
「…私はイリス。」
「まああんま堅っ苦しいのも性に合わねえしよ、近所のおじさん的な感覚でもいいわ。」
ユリウスはガッハッハ!と豪快な笑い声をあげる。
「そういえば、どうしてユリウスはこんな所に?」
「あぁ…実は…その‥。」
「…後ろめたい事でもあるのか?」
「簡単に言うと仕事サボった。」
笑いながらごまかすユリウス。…案外、この人は大雑把で適当な人間なのかもしれない。
しかし、本人はシーカーの端くれなどと言っているが、普通のシーカーが仕事をさぼったらやばいのではないか?
「サボって大丈夫なのか?ほら、シーカーはシーカー同盟に入って依頼をもらうだろう?」
「まあ金なら腐る程余ってるし、仕事の一つや二つスルーしても上からはなんも言われねえよ。」
「だからと言ってあまり仕事をさぼるのは良くないと思うのだが‥。」
「ま、まあそこら辺は多めに見てくれ。‥これでも、結構危険度の高い仕事をこなしてるんだ。ちょっとくらい休ませてくれたっていいじゃねえか。大体上は人使いが荒い…。」
「あまりそう文句を垂れ流すな。老けて見えるかもしれないぞ?」
「おい!俺はこう見えてまだ30代だぞ!」
まるで本当の親子のように話し合い、笑い合う2人。
氷のように冷たくなってしまった心が溶かされていくのを、イリスは無意識にだが感じ取った。
彼がいれば、もう1人で苦しむこともないのかもしれない…少しでも、前向きに考えることができる。
「そうだな…そろそろ本題に入るか。」
「‥。」
ニコニコと人のいい笑みを浮かべていた顔が一変、真剣な顔つきになったユリウス。
イリスは彼がこれから真面目な話をするのだと感じ取り、一言も聞き逃さないように彼の声に集中した。
「霊能力ってのは知ってるか?」
「いや…聞いたこともない。」
「まあだろうな…上が霊能力についての情報は開示してない。まぁ、開示してない割には闘技場のシルバーとかゴールド級らへんでバンバン使われているがなぁ…。」
「それで?その霊能力というのは何なんだ?」
「簡単に言って仕舞えば、霊能力とは生命エネルギーの塊だ。」
人々は生きていく上でも少なからず、この生命エネルギーを消費している。
霊能力というのはその生命エネルギーを使い、超常現象のような物を擬似的に起こすことだ。
炎や氷を指先から出したり…あるいは時間を止めたりできる。
「基礎の能力から、個人個人が自分で編み出した能力…霊能力者の数だけ様々な能力がある。」
「そんなものが…。」
そのような摩訶不思議なものがあるならば、カラス島から賢者の島まで40分程度しか掛からなかったのにも納得がいく。
シーカーはそんな能力を使っているのか‥。
「まずは霊能力を開花させることから始めるぞ。」
「あぁ、わかった。」
こうして、イリスとユリウスの同居生活が始まり、イリスはユリウスから霊能力の手ほどきを受けることとなった。
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一方その頃、ソフィアとアナスタシアは戦闘訓練の真っ最中だった。
指南役のシーカーと木刀での模擬試合をしながら、2人はメキメキと成長していった。
アナスタシアの方は元から剣術に心得があったのか、少しの癖と見切りの甘さを指摘するだけで、新人としては完璧だと言えるほど上手になった。
だが、ソフィアはそういうわけにはいかなかった。
「力が弱い!おまけに屁っ放り腰になっているぞ!」
「はい!」
処刑人一家のアナスタシアと違って、ソフィアは普通の女の子だった。
木刀を握るのだって初めてだったし、実際に打ち合いをするのも初めてだ。
だから、最初の方は「まぁ新人だし…これから少しづつ上手くなってくよね。」程度に考えていたのだが…。
打ち込みを始めてから約10分程度が経過した頃だった。
「その調子だ!」
「はい!」
最初は指南役のシーカーに一方的に押されるだけだったのが…この10分で化けた。
ソフィアはすぐに自分の悪い癖やどう動けばいいのか、それらを瞬時に把握して次の模擬試合に生かす。
つい10分前に初めて剣を握ったとは思えない…どうしてこんな速さで剣術を身につけることができるのか、ディアナにはわからなかった。
ただわかること、それは…
あの子…次は指南役の人の癖を見抜くつもりね。
ソフィアは尋常ではないスピードで、剣術を自分のものにすることができた。
それはきっと、彼女自身が強くなりたいと願っていたこと。それから…
「あの子…いつか7賢者にもなれるんじゃないかしら‥?」
彼女には、化物並みの観察眼があったことだ。
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