第5話 怪しげな男、シルヴィア
「確かに、夜の間は獣が活発に動き回り危険も多いのは承知の上ですが…しかしそれにしても、睡眠を疎かにしてまで見張った所で効果が薄いのではありませんか?」
「だが…君たちはまだ子供だ。あまり無理をさせるわけには‥。」
「その様な独断と偏見で判断を下した結果、わたくしたち全員が危機に陥る様な状況に入っていましたら‥どう責任を取るおつもりだったのか気かっせていただきたいわ。」
「すまない…。」
眠気で今にも閉じてしまいそうな目を擦りながら、いっそのこと怒りをあらわにしてくれればいいものの…清々しいまでの笑顔で説教をするアナスタシア、彼女の説教をしおらしくなりながら聞くイリス。
身長の高い人が低い人に説教されている…何だか変な感じだ。
「どう致しますの?まだ2日目ですわよ?」
「うーん…でもとにかく、イリスにはちゃんと寝てもらわなきゃだし…。」
この中で一番身長も高く、唯一重い物を持ち運べる男手がダウンしてしまった。
おまけに戦闘面も担ってくれていたため、彼が欠けてしまった穴は相当大きい。
少なくともイリスがしっかりと睡眠をとって、ある程度動ける様になるまではアナスタシアとソフィアの2人で何とかしなければいけない。
「とりあえず、今日も地面で寝るのは嫌だし…柔らかそうな葉っぱとか探さない?」
「そうですわね…確かに、今日も硬い床で寝るのは…あまりしたくありませんわ。」
今この場にイリス1人を残していくのは不安だ…だからといって、2人のどちらかがイリスの側にいては、こんどは1人で食料やベッドの代わりになりそうなものを見つけにいく人が危険に晒される事になる。
一体どうするべきか…。
「私のことは大丈夫だ。…少し目も覚めてきたし、気にしないでくれ。」
「ほ、本当に?本当に大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫さ。…何なら、地上の敵に襲われない様に木の上で寝ていようか?」
「無理しないで!本当にイリスはちゃんと休んでなきゃダメなの!」
「わかってるわかってる。…気をつけて。」
「うん!アナスタシア、行こ?」
「えぇ…。」
ここはイリスを信用して、ソフィアはアナスタシアを連れて食材探しに出掛けた。
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「結構取れたね!」
「想像よりも多く捕れましたし…体調の悪い彼には多めに食事を与えましょう。」
正午、お日様が頭の真上に来る時間帯。
ソフィアとイリスは持てるだけたくさんの木の実やきのこを抱えて、イリスの待つ場所へと帰ってきた。
ベッド代わりにできそうなものはなかったが…まぁ、それもこれも後6日我慢すればいい。
「イリス大丈夫〜?」
泉のすぐ側、そこにイリスはいたはずなのに‥いない。
どこに行ってしまったんだろう?いやそれよりも…寝不足で倒れていないかが心配だ。
「イリス?イリス〜!」
「…どうしてこうも迷惑ばかりかけているのかしら?不調ならばあまり動き回らないで欲しいのですけれど…。」
「…ん?戻ってきていたのか。」
自分たちのすぐ真後ろ、そこからイリスの声が聞こえてきた。
パッと後ろを振り返る2人、そこには比較的元気そうになったイリスの姿。
「イリス!元気になったんだね!」
「あぁ、ソフィアたちの気遣いのおかげで元気になったよ。」
「それはよかったですわ。」
2日目の夜は、ソフィアとアナスタシアの取ってきた果物やきのこを使った料理をイリスが振る舞ってくれた。
その後の5日間、1日目の夜に現れた化物が現れることもなく、至って平和な日々が続いた。
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「受験者番号29番、155番、156番。あなた方を第三次試験の合格者と認め、次の試験会場まで案内させていただきます。」
「…試験官の方ですか?」
突如として現れた第三者の存在に、イリスは警戒しながら話し出す。
試験官だと思われる男は、表情をピクリとも動かさず、ただただ淡々と、イリスの質問だけに答えた。
「正確にはアシスタントの1人です。ではまいりましょう。」
アシスタントはそれ以上、何も話す気がないらしい。
まだまだ聞きたいことがあったのだが…とにかく今はこの男についていく他ないらしい。仕方がない…とりあえず質問するのはまた後でにするか…と、渋々ながら話を切り上げたイリス。
3人は男に連れられて、森の中を歩いていく。
「ねえねえ、何で私たちがここにいるってわかったの?」
歩き出して約5分、ソフィアがアシスタントの人に話しかけた。
沈黙に耐えられなかったし、何より気になっていることがあったから、彼女は聞くことにした。
「…第二次試験会場についたときに渡されたバッチがありますよね?」
最初は口を開こうともしなかったアシスタントだったが、「ねえねえ何で〜?」と、しつこく聞いてくるソフィアに痺れを切らしたのか、渋々といった感じで話し出す。
「うん。なくしたら失格だ〜って言われたから、ちゃんと無くさない様に持ってるよ!」
「あのバッチにはGPS機能と、生体反応を確認するためのシステム、その両方が組み込まれています。」
「…?じーぴーえす?」
「簡単に言いますと、わたくしたちの居場所がわかる装置って事ですわね。」
「そのじーぴーえすを使ったから、私たちの場所が分かったのか。」
なるほどなるほど…そんな便利な機械があるんだね。
また一つ、知らない事を知れたソフィアであった。
「この森で、巨大な怪物を見かけました。あれは一体…何だったのですか?」
「あれに出会って生きている参加者がいましたか。それは驚いた。」
全く驚いていない声色と表情でそう言われても、全く説得力がない。
「あれはプロのシーカーでも相手にしたがらない猛獣ですよ。一体どうやって生き残ったんです?」
「…音を立てない様に、細心の注意を払っていました。それから、夜だったので焚火をして体を温めていました。」
「なるほど…。どういうわけか知らないのですが、あの猛獣は炎を見ると比較的温厚になるんですよ。遭遇したのが夜で…しかも、すぐ近くに火があってよかったですね。」
それからかれこれ30分くらい、ソフィアたちは歩き続けた。
途中途中ソフィアがアシスタントに話しかけては、アシスタントの人がめんどくさそうに答える。そんなふうにして、彼女たちは目的地にたどり着いた。
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「ここが…4回目の試験会場?」
「バッチをつけた参加者の方々がいますし…どうやらその様ですわね。」
森を抜けた先には、自分たち以外の参加者が集まっていた。
数にして7人、自分たちを入れれば…11人だ。
久々に太陽の光をめいいっぱいに浴びながら、ソフィアは「ふぁ〜。」とあくびを一つする。
暖かなお日様はとても心地がよく、なんだか眠くなる。
ソフィアがあくびをかきながら、次はどんな試験内容なのだろうか?と考えていると…
「…揃ったか。」
1人の男性が声を張り上げた。
「生き残りは11名…1人余るな。」
少し考えるそぶりを見せながら参加者たちを見回した後、男は言い放つ。
「よし、ここから1人減らせ。」
「…?1人減らすって…どう言うこと?」
「どんな手段でもいい、最終試験を受ける人数を10人にまで減らせ。」
「でも、どうして1人減らさなきゃ…。」
「…先手必勝だ!しね!」
試験官の言うことに疑問をもち、ソフィアが試験官の大人に一体全体どうして10人にまで参加者を減らさなければいけないのか尋ねようとした時。
突然、痩せ細った1人の男がポケットナイフを手に持ち、ソフィア目掛けて走り出してくる。
しかし…ソフィアはそれに気がついていない。
その様子を見ていたイリスは顔を真っ青にする。
普段なら一目散に駆け出していたイリスだが、かつて体験した悪夢のような出来事が彼の脳裏をよぎり、動きだしが一瞬遅れてしまった。
「ソフィア!」
持てる精一杯の力でソフィアのもとへ駆け寄るイリス、しかし、すでに男のナイフはソフィアの目と鼻の先にあって…
ザシュ…!と、生々しい音と共に血飛沫が舞い上がる。
「ぁ”ぁ”…。」
膝を思い切り地面に叩きつけ、痩せ細った男は自分の胸を確認しようと震える手を胸に添えた。
穴が開いている…ポッカリと開いてしまった穴は、本来ならばそんなことが起こるはずない…いや、起こる方がおかしいはずだ。
自分の目の前で優雅に微笑んでいる銀髪の少女を視界に入れた瞬間、男は息絶えた。
辺りが騒然とする。
ある者は悲鳴をもらし、またある者はあまりの惨状に顔をしかめた。
対するソフィアは…顔を青白く染めて、怯えている。
そんな中、1人笑顔でたたずんでいたアナスタシアはゆっくりとソフィアの方を振り返り、優しく声をかける。
「大丈夫でしたか?」
「ぇ…あ。」
「きちんと周りに注意を向けておかないと…いつ殺されるか、わかったものじゃありませんわよ。」
ソフィアと話しながら、アナスタシアは忙しなく手元を動かしている。
彼女の手には血塗れのナイフと、その血を拭うための白いレース付きのハンカチが添えてある。
「♪〜。」と、鼻歌を歌いながらナイフにこびりついた血を拭うアナスタシア の姿は…まるで悪魔だ。
「あ、アナスタシア…どうして、その人を殺したの?」
「なぜって…もしわたくしが彼を殺していなければ、殺されていたのはあなたの方でしたのよ?わたくしはただそれを阻止しただけに過ぎませんわ。」
「で、でもだからって殺さなくたって…!」
「しかし…残念ながら、彼を武力を使わずして止めるにはわたくしの体では難しいですし…周りは一切動けませんでしたから。結局はソフィアを生かすためには彼を殺すしかなかった…と言うことですわ。」
「ほ、他に方法はあったはずだよ!絶対!」
「…そう、確かに他の可能性はあったかもしれませんわね。もし迷惑をかけてしまったのならごめんなさいね。」
まるで至極当たり前なことでも呟くかの様に、アナスタシアは目を細めながらソフィアに話す。
ソフィアが引きつった声でアナスタシアを説得しようと一生懸命に言葉を紡ぎ出すと、やけに物分かりがよく、すぐに謝罪をしてきた。
そんな彼女はどう見ても異常で…しかし、彼女が男を殺す際、どこか躊躇いが見られた。
彼女の口ぶりや言動からは、そんな躊躇を見せる様な気配は全くしていないと言うのに…。
もしかしたら、彼女は進んで殺しをしたいと思っているわけではないのかもしれない、そうソフィアの間は告げていた。
何がアナスタシアをこの様な人柄にさせたのか、それが気になる。
それに…アナスタシアは何かに縛られている気がした。
そんな彼女を助けてあげたい…その一心で、ソフィアは心の奥底に芽生えたアナスタシアへの恐怖を押し殺し、至って平静を装って話しかける。
「…あ、ありがとう。」
「どういたしまして。」
「で、でも…今度からは殺しをするのはやめてほしい。」
「その様に言われましても…それをする事で何かデメリットがあったりするならば納得が行きますが、ただの気持ちの問題と言われても納得できませんわよ?」
「…あのね、突然人が死んだらみんな驚くし、とっても怖いの。だから…私の…みんなのためを思ってやめてほしい。」
「…そうですわね。あまり怖がられるのは本意ではありませんし…承知いたしましたわ。」
どうやらアナスタシアはソフィアの言い分に納得してくれたらしい。
一通りソフィアとの話を終えたアナスタシアは、試験官の男の方を振り向き一言
「話を遮ってしまい、ごめんなさいね。どうぞ続けて。」
「それじゃあお言葉に甘えて…俺は四次試験の試験管…んで、最終試験の内容はバトル。一対一のバトルだ。」
試験管だと名乗った男は、さらに細かいルールの説明を始めた。
「武器の使用は認めない。使っていいのは己の肉体のみだ。…ああそれから、相手を殺すのは無しだ。」
殺すのは無し…少なくとも、四次試験において命の保証はされていると言うこと。
ここにきて突然、命の保証をされたところで…正直、じゃあ今までのは何だったんだ?と思ってしまう。
散々自分たちを生死の間においておいて、最終的には死ぬ事のない試験…一体どう言う風の吹き回しだろうか?
「合格の基準は…特にない。」
ザワザワ…と、先ほどまで静寂だった場が突然騒々しくなった。
合格の基準がない?じゃあどうすれば合格することができるんだ…?
「…試験官を納得させればいいだけさ。例えば…相手の四肢をもいで、完膚なきまでに叩きのめす…とかね。」
試験官の説明に補足するように、1人の男性が至極愉快そうな声色で言葉を発した。
髪は男性らしく短め、体格は男性にしては細くて背は高く…大体180cmかそこらだ。
「…じゃあそれも禁止だ。そもそもそんな事をやったら相手が出血死するぞ。」
「いい考えだと思ったんだがなぁ…。」
ククク…と、怪しげな笑い声を出す男性。
…あの男、あまり近寄らないほうがいいな。
イリスの感が言っていた。
あいつは危ない、あまり近寄るべき人間ではない。できる事なら…一生関わらないほうがいいと。
「んで一戦目は、155番と14番の2人、俺の前に来い。それ以外のやつは下がっとけ。」
「あ、私だ。それじゃあイリス、鞄持っといてもらってもいい?」
「わかった。」
「ありがと〜。」
ソフィアは自分が肩に背負っていたリュックをイリスに預けてから14番の男…先ほど物騒な事を言っていた男と共に試験官の前へと出る。
試験官はだるそうに頬を掻きながら、「それじゃあはじめ。」と、開始の合図を出した。
「よろしくお願いします!」
お互い少し距離を保ちながら戦闘開始…と思いきや、ソフィアは男に向かって律儀にも挨拶をした。
まさかそんなに丁寧に接されるとは思っていなかったのだろう。男は一瞬、間の抜けたような顔をしていたが、すぐに飄々とした態度に戻り、ソフィアに話しかける。
「随分と律儀だねぇ…キミ、名前は?」
「ソフィアだよ!」
「ボクはシルヴィア…よく女の子の様な名前をしてると言われるんだ。」
「確かに、女の子みたいな名前だね〜。」
「だろう?…じゃあ、お遊びはここまでにして!」
瞬く間にシルヴィアはソフィアの懐に入り込み、腹に一発パンチを入れた。
「かはっ…!」
「ダメじゃないか、そんなに油断していたら…すぐに死んでしまうよ?」
ソフィアが女の子でもシルヴィアは容赦しなかった。
想像以上に強くお腹を殴られた。その衝撃で、ソフィアは5mほどは吹っ飛んだ。
一瞬、ソフィアは息もできないほどの痛みに襲われて
そんなソフィアの姿を見たシルヴィアは、とても楽しそうに笑う。
「あれ?軽いジャブのつもりだったんだけどなぁ‥。」
口の端を歪め、お世辞にも可愛らしいとは言えない、酷く歪んだ笑みを浮かべている。
「ぅう…でも、まだ負けない!」
ソフィアは何とかこの場を切り抜ける打開策はないものかと思考を巡らせ…一つの案を思いついた。
そうだ…確かお母さんが色々持たせてくれた中に…
ソフィアは自分たちの戦いを眺めているイリスの方を勢いよく向いて…
「イリス!リュックの中から虫除けスプレー出して!!」
「え?虫除けスプレーって…」
「早く〜!」
「…わかった。」
イリスは虫除けスプレーを彼女のリュックの中から取り出して、戦っているソフィアに投げる。
ソフィアは難なくスプレーをキャッチしてから…ソフィアを沈めにかかろうと彼女の元に接近してきたシルヴィアの目目掛けて…
シューッと虫除けスプレーを一拭き。
突然スプレーをかけられたシルヴィアは驚きに目をみはった後、瞬時に目をつむり片腕で顔を覆う。
もちろんそんな事をすれば視界が塞がってしまうわけで…ソフィアはその一瞬を利用して、シルヴィアの体を遠慮なく思いっきり殴りつける。
しかし、シルヴィアは殴られたと言うのに痛みに顔を歪めるわけでもなければ、むしろ少し楽しそうに口の端を歪ませて数歩後ろに下がり、軽く笑い声をあげた。
「クク…意外とやるじゃないか。…正直、そこまで期待していなかったから尚更驚いた。」
「私だって今日のために、色々やってきたんだからね!」
「…でも、今のキミじゃあまり面白くなさそうだ。」
だが、すぐに彼は無表情に戻った。
まるでソフィアに興味を無くしたかのように棒立ちになり、対戦相手であるソフィアの事を一切見ようとしなくなった。
「…あの男、突然ソフィアに興味を無くしたな。」
「真意が読めませんわ…彼は一体どうして唐突に興味をなくしたのかしら?」
遠目から見ていたイリスとアナスタシアには、男…シルヴィアの考えがよくわからなかった。
先ほどまであんなにも楽しげな雰囲気をしていたのに、唐突に無表情になる。
しかも…あの男、あれでいて手加減をしている。
そう、シルヴィアはソフィアを殴るときに手加減をしていたのだ。
思いきり叩きつけられたと思った拳は、実の所拳がソフィアのお腹に命中する直前に、勢いを殺していた。
並大抵の人間ではできないコントロール力…本当に、シーカー試験の船に乗った時から普通でない事ばかりが起こる…。
やはりシーカーになろうとする人間の一部分は、桁外れの人々なのだろうか…イリスは考える。
「…試合放棄はありかい?」
「ん?ああ、別にどっちでもいい。」
「じゃあボクはこの戦闘を放棄する。あっちの子の勝ちでいい。」
「……それじゃあ次だ。」
試験官は少し考えるそぶりを見せた後、すぐに割り切って、次の試合をすると言い出した。
しかし、ソフィアは納得していない。
「ちょっと…待って…!」
「…何だい?」
「わ…たし!まだ、戦えるよ!」
「…あぁ、そう言う事か。」
つまらなさそうに言葉を吐き出し、シルヴィアはソフィアに言い返した。
「その気になればボクはいつでもキミを殺せる…だけど、まだ殺すには惜しいほど才能が眠っているからね。ボクは熟れる前の実を
それだけを言い残し、殴られた痛みで気絶したソフィアの事を、シルヴィアは一切見る事なく背を向けた。
絶対…いつか見返してやる…!気絶する前にそう、硬く心に誓ったソフィアだった。
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ーーーーーー
「…ハッ!」
フワフワとしていた意識が戻り、ガバッと飛び起きた。
「起きたか。」
「イリス?私‥。」
「シルヴィア…だったか?あの男との戦闘後、ソフィアは気絶したんだ。」
「そっか…確かお腹を殴られて…って、痛くない?」
あの時はあんなに痛んでいたお腹が、今は痛くない。まるで痛みを何処かに置いてきてしまったかのように何ともない。
一体どうしてだろう?
「…ってそれよりも!そういえば私咄嗟に虫除けスプレー使っちゃったんだけど…あれって武器の使用になっちゃうのかな?」
「試験官によると、あれはあくまでもスプレーであって武器じゃないからセーフだとか‥。」
「そっか…ならよかった。…あ、そうだ。イリスはもう戦ったの?」
「いや、私はまだだ。…今丁度、アナスタシアが戦い終わった所だよ。」
イリスが右の方を指差す。
その仕草につられて右の方を向くと…そこには、アナスタシアの足元に倒れている女が1人、アナスタシア本人は余裕そうに立っていて、扇子で口元を隠しながら微笑んでいる少女の姿があった。
どうやら本当に、丁度今さっきアナスタシアは戦っていたらしい。
「次、90番と156番。」
試験官のやる気のない声が番号を呼ぶ。156番…イリスの番号だ。
イリスは今から戦うんだ…でも、イリスならパパッと倒しちゃいそう。
「じゃあ行ってくる。」
「うん!頑張ってきてね。」
イリスは徐に立ち上がり、試験官の方へと歩いていく。
入れ違いざまにアナスタシアが戻ってきて、ソフィアの方を見た。
ちょっと驚いたように目を丸くして、それから何でもないように話しかけてきた。
「目覚めましたのね。…思っていたより随分と早かったですわ。」
「回復力には自信があるよ!なんせ子供の頃からいっぱい怪我とかしてるからね〜。」
「それは…それはそれでどうなんでしょう?」
クスクスと可愛らしい笑い声を出すアナスタシア。しかし、ちょっと困り顔になっている。
そうな風に2人が笑い合い、楽しくおしゃべりをしていると、イリスと14番の男の戦いが始まった。
「よろしく頼む。」
「…あ?」
イリスは金髪のチャラい男性に握手を求めたが…差し出した右手が握られることはなかった。
「オラッ!!」
「っ?!」
イリス目掛けて思いっきり足を蹴り上げる男。その足は見事なまでにイリスのみぞうちに当たり、イリスの体は一瞬ふらついた。
しかし、すぐに体制を立て直す。だが透かさず男は次の攻撃を仕掛けた。
今度はパンチだ。イリスは降りかかる拳を受け止めた。
その際、男がイリスの耳元で何かを喋っているのを、ソフィアは見逃さなかった。
「…今、何と言った?」
酷く冷たい声が響いた。
決して大きい声ではない。…むしろ、か細い声であったとさえ言える。
それなのに、その声は受験者たち全員の耳にしっかりと届いた。
「おっ、本当だったんだな。」
どうやら対戦相手の男に向かって言っていたらしい。
それにしても…どうして彼は、あんなにも空っぽなんだろうか…?
喜怒哀楽を全て削ぎ落としてしまったかのように冷淡な顔つきのイリス。今の彼は…何だかこわい。
「…どうしてお前は、私の秘密を知っている?!!」
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