第4話  樹木よりも巨大な恐ろしい化物


「こんなところで会うだなんて奇遇ですわね。再開できたことが喜ばしいですわ。」



ニコリと綺麗な笑顔を浮かべているアナスタシア。


だが、そんな彼女の頭には…



「頭に虫ついてるよ。」


「…ご指摘ありがとう。」



至って落ち着いた様子で頭についた虫を外した後、その虫を投げ飛ばすと同時にアナスタシアの周りをブンブンと飛び回っていた虫目掛けてナイフを投げつけるアナスタシア。


彼女の投げたナイフは飛んでいた羽虫を木に叩きつけ、同時に羽虫の体を貫いていた。


恐ろしいとまで思えてしまうほど正確な投擲にソフィアは驚きを隠せなかったが…すぐにやってきたアナスタシアに挨拶をする。



「…また会ったね!」


「思っていたよりも随分と早い再開でしたわね。」


「ソフィア、この子は?」


「あ、そっか。イリスには言ってなかったっけ。」



2人が友達になれる様に上手く橋渡しをしようと張り切るソフィア。


早速、まずはアナスタシアにイリスの事を紹介し始めた。



「まずアナスタシア、こっちのお兄さんはイリス。私の友達だよ!…あ、イリスは女の子じゃなくて男の子なの!」


「あら、そうでしたの?通りで女性にしては声が低いと思いましたわ‥。」


「で、こっちの女の子はアナスタシア。私の友達!足を怪我した時に手当てしてくれたの!」


「…よろしく。」


「えぇ、よろしくお願いいたしますわ。」



イリスは少し警戒しながら、アナスタシアはニッコリと笑顔を浮かべながら、お互いに手と手を取り合って握手をした。



「…そうだ!第三次試験は3人で行動しようよ!」


「それはいい考えですわね。わたくし、こんな森の中で1人で行動していまして、どうしようかと思っていましたの。」


「周りの大人達は助けて…いや、多分声をかけた所で無視されるのがオチか‥。」


「ええ。わたくしの様なか弱い女の子を見ても、皆声をかけるどころか無視していましたわ。」


「…そうか、それは災難だったな。」


「それじゃあ寝床探しに出発しよう!」



3人は森の奥地へと足を向けた。


しかし歩いている道中、誰も何も話さなかった。


そもそもイリスとアナスタシアは初対面。しかもイリスに関してはアナスタシアを警戒していた。


鈍感なソフィアには、イリスがアナスタシアのことを警戒しているとバレてはないが、当の本人であるアナスタシアにはバレバレだ。


アナスタシアもイリスの事をよく思っていなかった。


何がとは明確に言えないが、本当に何となく彼のことが好きになれない。



「うーん…日当たりがいい場所が一番なんだけど‥。」


「…。」


「‥。」



本当にソフィア以外、誰も喋らない。


ムードメーカーのソフィアとは言えども、流石にこの空気には耐え難い。


何で2人ともだんまりなんだろう‥。恥ずかしいのかな?



日も暮れ始め、そろそろ夜営の準備を整えなければならなくなった。



「いい場所は見当たらないし…お腹も空いてきちゃったね。」


「どうするか…一応携帯食は持ってはいるが…。」


「非常時の時のためにもそれはとっておいたほうがよろしいのではなくて?」


「では今晩の食材は?」


「そんなもの、ご自分で考えればよろしいのでは?」



バチバチと目に見えない火の粉を飛び散らせながら、2人は話し合う。


気が合わない…というよりも、多分2人とも相手の性格が好きになれないのだろうか?


とにかくこの2人、相性が悪い…


ここは私が何とかしなきゃ!ソフィアはすぐ近くの湖をじっと眺め…



「イリス!短剣かして!」


「え?ああ、いいけど‥。」



腰の短剣用ホルスターに吊り下げられている短剣を徐に取り外し、ソフィアに渡す。


一体何に使うのだろうか?まぁとにかく、焚き火の準備でもしなければ‥。


日が暮れて仕舞えば寒くなる。今は春だが、賢者の島の気温は基本的に少し低い。


イリスは小枝や石を集めに行こうと足を動かし始めたのだが…



ソフィアは湖に向かって短剣を投げた。まだ浅瀬のほうに短剣は落ちたから、回収も容易だがこれがもし、水深の一番深い中心部に落ちていたらと思うと‥。



「ソフィア?!一体何を…!」



ソフィアはイリスの困惑の声にも一切返事を返すこともなく、短剣の方へと向かっていく。


気のせいだろうか?心なしか投げられた剣の先に何かが刺さっている様な‥。



「この魚重い!イリス手伝って〜!」



見ると、ソフィアの両手を使っても抱えられないほど大きな魚がいた。


まさか…投げただけで魚を仕留めたというのか?



「イリス〜!早く〜!」


「…わかった!ちょっと待っていろ!」



いいや…今はとにかくソフィアのことを手伝ったほうがいい。


イリスは魚を持ち上げようと頑張っているソフィアのもとへと駆け出した。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



「いや〜何とかなったね。」


「一時はどうなることかと思いましたが…つつがなく今日の夜が迎えられてよかったですわ。」



太陽が空から姿を消し、辺りが静寂と闇に包まれた頃、ソフィア達3人は調理した魚を食べながら焚き火を囲んでいた。



「…賢者の島の命の森…。」


「んぇ…?」



唐突に森の名前を口にするイリス。



「この森の名前…なぜ命の森なんだろうな。」


「え?…うーん、生き物がいっぱいいるから…とか?」


「命が生まれ、食い荒らされる場所…だからですわ。」



まるでわかっているかの様な口調で話すアナスタシア。


その様子に、イリスはますますアナスタシアを警戒する。


…一体この少女、何を知っているというんだ。



「なぜ、そんな事を知っているんだ?」


「なぜってそんなの‥。」



アナスタシアが口を開き始めた。


だが、彼女の口から真実が語られることはなかった。



「静かに…何かがくる。」



ソフィアとアナスタシアに聞こえる範囲で、限りなく声を押し殺したイリスが厳しい目つきのまま口を開いた。


口の前に人差し指を添え、黙るように合図を出す。


2人はその事を察し、一言も何も喋らない。息を押し殺し、なるべく自分の存在感を消す。



グルルルゥ…



獣の呻き声が聞こえた。


自分たちのすぐ後ろ、すぐ近くから聞こえてくる。


そっと、後ろを振り返った。音を立てない様に細心の注意を払う。



怪物が、立っていた。


巨木にも負けないほど大きな怪物…ギョロギョロと休む事を知らない目が忙しなく動いている。


その瞳が、こちらを見た。


正しくは燃え盛っている炎の方を見ていた。だが、今のソフィア達にそんな些細な事を気にしている余裕はない。



「…。」


「‥。」


「‥。」



息を吸う音さえ聞こえてしまうほどの静寂が広がる。


今、少しでも音を立てたら死ぬ‥。そんな考えが3人の頭をよぎった。


こんなやつに勝てるわけがない…。とにかく今はやり過ごす、相手の注意を引いてしまわない様に動かない。



しばらく炎を見つめた後、怪物は方向転換し、大きな足音を辺りに響かせながら森の奥へと姿を消した。


い、生きてる…。自分の命がまだあるのだと実感した。



「…何だ、あれ。」


「こ、怖かったぁ‥。」


「まだこの近くにいるかもしれませんわ…。リスクはありますけれど、一度この場から離れたほうがいいのではなくて?」


「いや…むしろ今この場から動くほうが危険だ。万が一、さっきの怪物と鉢合わせでもしたら…今度こそ、命がないぞ。」



1日目の夜、ソフィア達はすぐ近くにいるかもしれない、自分たちでは到底手も足も出ない様な化け物の影に怯えながら眠りについた。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



2日目の朝、ソフィアは早く起きた。


あんなにも怖い思いをしたというのにもかかわらず、昨日の夜のソフィアはぐっすりと眠りについていた。


しかも、なぜか知らないが睡眠の質までよかったおかげか、ソフィアは朝から元気満々だ。



「ん〜!よく寝た…ってえ?!イリス大丈夫?!」



目覚めて早々にソフィアが見たもの、それは目の下にひどくクマのできたイリスの顔だった。


一睡もしていないのだろうか?コクリ…コクリ…と体が揺れ動き、眠りそうになった瞬間にパッと目覚める。


しかし眠れないのも無理はない。昨日あんなにも恐ろしい化け物を目にしていたのだから。



「あ、あぁ…大丈夫。昨日…眠れなくて…ね。」



今にも眠ってしまいそうなほどに眠気を含んだ声に、ソフィアは慌ててしまう。


イリスのすぐ横では、彼とは対照的にスヤスヤと気持ちの良さそうに眠りこけているアナスタシアの姿。



「ど、どうしよう…アナスタシア起きて!」



困り果てた末に、ソフィアはアナスタシアを起こすことにした。


どうすればいいかわかんないから助けて〜!



ユサユサと体を揺さぶり、助けを求めるソフィア。



「んぅ…一体どうしましたの?」



少し不機嫌になりながらも、ソフィアの焦っている様子を見て真剣に話を聞いてくれるアナスタシア。


涙目になりながら何かを伝えようと一生懸命になっているソフィア、一体何が…



「い、イリスが‥。」


「イリスが?」


「イリスが倒れちゃいそうだよー!」


「倒れそう?まさか風邪でも‥。」



急いで横にいるイリスの方を振り向いた。


とてつもなく眠そうで今にも寝落ちしてしまいそうなイリスの姿が見える。



「…頭が悪いのかしら?」



とても静かであまり怒っている様には見えないが…確実に怒気を含んだアナスタシアの声が静かな朝の森に響いた。


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