第3話  謎の令嬢、アナスタシア


「はいしゅーりょー。自分のバッチもあって他人のバッチ3枚もってる奴だけが合格でーす。それ以外、アシスタントさん連れてっちゃって。」



ガックリと肩を落とし、自ら帰りのエレベーターに向かっていく者、こんなのおかしい!試験のやり直しを求める!などと試験官に訴えながらアシスタントに引きずられ、エレベーターに乗せられる者。


いまや154人いた受験者は34人にまで減ってしまった。



「あ、イリス!」


「ソフィアも残ってたか。…足、怪我したのか?」



右足にやや重心がよっているソフィアの歩き方を見た瞬間、イリスは一発でソフィアが怪我をしているのだと見抜いた。



「イリスにはなんでもお見通しだね〜。あ、私試験官さんに怪我のこと話にいかなきゃだから。」


「私もついていくよ。…足、痛いだろうからね。おぶってあげようか?」


「それじゃあお言葉に甘えて!」



ソフィアが背中に乗りやすい様に、イリスは腰を下げてソフィアが乗っかってくるのを待つ。


ソフィアがしっかり自分の首に手を回したのを確認したあと、怪我した部分に触れない様優しく両足を持ち、試験官の所まで歩く。



「試験官さーん!」


「はいはい…ってえ?何してんの?」


「ソフィア…155番が足に怪我を負ったそうで…湿布や塗り薬をもらえませんか?」


「あー…とりあえず、第三次試験会場まで移動する潜水艦の中に医務室あるし…そっちで良ければ女医の方に治療してもらえるけど?」


「潜水艦?!乗れるの?!」



イリスにおぶられてるから詰め寄ってきたりしないが…圧がすごい。


目をキラキラと…いやもはやギラギラ?まあ目を輝かせながら試験官に問い詰めるソフィア。


船長室に潜水艦!初めてのことばかりでどうにも浮き足立ってしまう。



「お、おぉ…なんかすごい圧が‥。」


「わぁ〜い!やったー!」


「ちょっ!あんまり大きな声を出さないでくれ!」


「あ、ごめん。確かにおんぶされてる状態で大声出したら、おんぶしてくれる人の耳が死んじゃう。」


「できればもう少し声を抑えてもらえたら助かるな…。」



ちょっとしたハプニングはありつつも、ソフィア達第二次試験に合格した34名は地上行きのエレベーターに乗り、その先で待機していた大きな潜水艦に乗った。



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「はいはーい、全体報告するため放送してまーす。」



ソフィアをおんぶし、医務室まで連れてきたイリス。


無表情の女医が淡々とソフィアの足の具合を見ている中、放送は始まった。



「次の試験会場に着くのはすぐ!ていうかそもそも潜水艦に乗らなくても歩いていける距離…いや流石にそれはなかった。まぁとにかく!なんで潜水艦でわざわざ移動してるかと申しますと、今回の試験考えた人の気分です!まあそんな感じで…試験会場に着くまでの間はゆっくりしてて下さーい。」



おちゃらけた声色の女性が楽しげに放送している。


ただちょっとうるさいな…私はあまり騒がしいのが好きではないのだが‥。


孤独を好むイリス。1人静かに読書をしている時が彼にとっての最高の楽しみだ。


しかし…案外、誰かと共にいるのも悪くないな、とソフィアと行動を共にし始めてからは思っていた。



「えー第三次試験の課題はズバリサバイバル!あ、今回こそは本当にサバイバルだよ。第二次の時みたいにいきなり変更とかはないからね〜。」



「捻挫…に近いですかね。一週間は絶対安静です。その後もあまり激しい運動などは控える様。」


「でも、試験はまだまだ続くよ?動けないんじゃあ失格になっちゃう‥。」


「そうでしたね…本当ならばあまり使わない方がいいのですが‥こちらの薬を処方しておきます。」



女医はすぐ近くの戸棚から小さな瓶を出してきた。


まるで水の様に透明な液体の入った瓶。飾り気もないしおしゃれとは到底言えないが、これはこれで良さがある。


これをつければいいのかなーと、ソフィアがボーッと瓶を見つめていると…



キュポ、とコルクを抜く音。そして足に感じるヌメっとした感覚。



「まあこれだけかければ…とにかく、一週間は本当になるべく安静にする様に。」


「うぅ…ベトベトするぅ…。」


「第三次試験の間はそこにいる男の子と一緒に行動しなさい。」


「はーい‥。」


「感謝します。」



「期間は一週間!それまで生き残れたら最終試験だよ!」



放送はそこで終わった。


一週間…その間生き残ればついに最終試験。


2人は医務室から廊下に出て話し合っていた。



「一週間野宿しないといけないってことは…食事とかも自分で作らなきゃってことだよね?でも私、料理なんてやったことないよ?」



完全に未経験というわけではないが…ちょこっと母親の手伝いをしたことくらいしかない。



「任せてくれ。これでも料理は得意なんだ。」


「イリスは本当に何でもできるね〜。」


「何でもじゃないさ。出来ることだけしか出来ないよ。」



少し困った様に笑いながら、イリスはソフィアに話す。



「でもイリスってば、一次試験のラミアと戦った時だってうまく立ち回れてたよ。私じゃ全然真似できない様な動きばっかりしてたし!」


「あぁ…そのことか。別にそんな大した事じゃないさ。…慣れただけだよ。」



困った笑顔の中に隠されてはいるが、彼の目はどこか空虚さをはらんでいる。


…イリスは稀に、とても暗い表情を浮かべている。


普段はそんな態度は一切見せないし、ソフィアが見たのだって今回を含めても2回だけだ。


多分…イリスが暗い顔をしちゃう様な話を私がふっちゃってるんだろうな…。



何となくソフィアは理解していた。


イリスは過酷な環境にいたのではないか。だからこそ、自衛のためにも戦闘力を磨かなければいけない…そんな状況で育ってきたのではないか。


両親がいないとも言っていたし…戦闘慣れするような場所にいたことは間違いない。


でもだからと言って、イリスの地雷になり得る発言がわかったわけでもないし、話すたびに遠慮していたら、2人の仲に亀裂が生まれてしまう。



「料理とかだとあんまり役に立てないけど…でも、今回の試験は私でも役に立てることがあるよ!」



ふふん!どうだすごいでしょー!と言いたげに自信満々なソフィアの顔。


子供ならではの話題の移り変わりの速さに、イリスはちょっとばかし救われた。


純粋無垢で誰にでも分け隔てなく接するソフィアの姿を視界に入れながら、イリスは懐かしい気持ちに浸る。



そう言えば…私にも彼女のような時期があったな…。



そんなふうに考え事をしながら、イリスは自信満々に話しているソフィアに温かい視線を向けた。



「カラス島に住んでいた頃は食べられるきのこと毒きのこの違いを見分けたり、食べられる野草とかを見つけたりしてたからね!」


「ソフィアはそんなこともできるんだね。」


「あとはお魚を釣ったりねー。いっぱいきのことか魚が取れるとお母さんがいっぱいご飯を作ってくれるんだ!」


「ははは。じゃあ三次試験はソフィアに頼りっきりになってしまうかもね。」


「うん!任せて!」



2人が会話に花を咲かせ笑い合っていると、潜水艦は目的地に到着した。



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「はい、ここが三次試験の試験会場兼、受験者たちにサバイバルをしてもらう場所…命の森だよ。」



潜水艦から降りてすぐ目にしたもの、巨木たちが立ち並び、無限に広がっているのではないかと思えてしまう様な大きな大きな森だった。



「はいはい、じゃあさっさと森ん中入って。」



「行こう!イリス。」


「あぁ。行こうか‥。」



2人は足並みを揃え、森の中へと入っていった。



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「大きな木がいっぱいあるにしては明るいね。」


「確かにそうだね。まあ真っ暗で今が朝か夜かもわからないなんてことにならなくてよかった。」


「だねー。でもまずは今日寝るための場所…あわよくばベッドを作ろう!」



これからどんな危険があるかもわからない森で一週間も生き残らないといけないというのに、2人の間には全く緊張感のかけらもなかった。


2人が和やかに会話をしていたその時。



「何故わたくしがこのような辺鄙な森に…色々と不便が大きいですし…何より必要な物資が全く手に入らないではありませんか。…いえ、元々このような場面を想像して対処していなかったわたくしが悪いのですけれども…,」



ぶつぶつと小声で呟きながら文句を撒き散らす少女の声がすぐ近くから聞こえてきた。



「あ、アナスタシアだ。」


「あら?ソフィアではありませんの。」



第二次試験で知り合ったアナスタシ、その人とソフィアは再開した。


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