第2話  能力の無いものから死んでいく、過酷な試験


暗雲はいつの間にか過ぎ去り、辺りはまた清々しい晴天に包まれたその頃。


イリスの怪我の手当てをしてから、二人は突如として現れた第三者の声に従い、船長室に来ていた。


ソワソワ…ソワソワ…



「ソフィア?」


「ぅえ!?なに?!」


「いや…どうも落ち着きがないから具合でも悪いのかと思って‥。」


「いやいや全然!ただちょっと…。」


「ちょっと?」



いえない…実は船に乗るのも初めてで、船長室に入れた事が嬉しいとかそんなこと言えない…!てか恥ずかしい!


流石に年頃の娘。世間知らずだとか、ちょっとした事でぴょんぴょん飛び跳ねたりソワソワしたりするのは…言葉に言い表せられないけど恥ずかしいものなのだ!



「あぁ、遅れてすみませんね。」


「いえ、それほど待ったわけでもありませんので…お気になさらず。」



さっきの試験官…?みたいな人が来てくれたおかげで話を逸らせたよ〜!本当に助かった!試験官さんグッジョブ!


実際に声に出しては言わないけど今この瞬間、ソフィアは試験官の人にめちゃくちゃ感謝していた。



「まずお名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「私ソフィア!」


「私はイリスと言います。」


「ソフィア様、イリス様。この度は一次試験合格おめでとうございます。」


「その事なのですが…あれが一次試験?そんなもの、掲示板のどこにも書かれてはいませんでした!」


「あ、たしかに。よくよく思い返すと、普通に船を降りた場所で全部の試験があるって、シーカー試験の掲示板だと書いてあったよ?」


「なぜ、あんな騙すような真似を?一歩間違えればあの場で死んでいます!」


「…唐突な襲撃にも臨機応変に対応できてこそ、一人前のシーカーになれるのです。ですから、その為に一次試験については伏せていました。」




「では仕切り直して、第二次試験に向けての告知と注意点に関してのお話をさせていただきます。」


「その前に一つ…先ほど貴方は『A班一次試験合格者は2名』とおっしゃっていましたが…それはなぜ?」


「なぜ…とは、つまりあなた方が合格した理由が知りたいということでよろしいでしょうか?」


「私も気になってた!」



試験官は咳払いを一つした後、淡々と語り始めた。



「まず客室にいたお二人以外の受験者達ですが…揃って不合格です。」


「えぇ!?どうして?」


「簡単な事です。シーカーはいつ命を落とすかもわからない危険な職業…だというのに、警戒を怠り意識が曖昧になる程飲んだくれる…これほどシーカーに向いていない人材はいないでしょう。」



最もな意見だ。


まぁ正直、ソフィアはお酒の何がそんなに楽しいのかわからないし…母アニーも酒のことになると不機嫌になっていた。


お酒って体に毒なんでしょ?お昼からいっぱい毒を飲んで…あんまりよくないと思うなぁ‥。



「次にお二人が試験に合格した理由。これも簡単な事。力を合わせ低級人外相手に勝利を収めたからです。」


「でも…私、イリスに任せっぱなしだったよ?」



ちょっとイリスの手助けをしただけだし…自分の力で倒せてないから、私が試験に合格するのってズルなんじゃないかな?



「いえ、ソフィア様は戦いに適していない分、冷静に敵を観察し見事弱点を暴きました。あの低級人外は急所をつかなければ何度でも再生してくるのです。ですから、ソフィア様の働きは戦いにおいて大いに貢献していらっしゃいました。」


「そっか…私、イリスの役に立てたんだね!」



あの時はなんとかなったけど…もしかしたら私がいない方が良かったんじゃないかと不安に駆られていたソフィアの心は、試験官の一言で、そんな事はないのだとわかってホッとした。



「では改めて…第二次試験の試験会場は賢者の島。7賢者が直々に収める島で行われる事となりました。」



7賢者…確か偉い人だってお母さんからは聞いたけど…。



「そして注意点が1つ。たとえ今回の試験で死亡してしまった場合、我々は一切責任を負いません。」



責任を負わない…それはつまり『死んでも文句は言うな。』と言う事だ。


それほどまでに、今回の試験の難易度は高いと言う事。


正直怖い…だけど、自分の知らない世界をこの目で見ることができる機会なんだ!


恐ろしさよりも興味が優ったソフィアには、今更カラス島に帰るという選択肢はなかった。




「さて、見えますか?」


「あ!島だ!あれが賢者の島っていう奴なのかな?」


「…おかしい。」



いくらなんでも早すぎる…つい数十分前にこの船はカラス島から出発したばかり。カラス島から賢者の島までは、少なくとも後5時間ほどはかかるはずだというのに…なぜ、すでに二次試験会場についているんだ?


呑気に島を眺めているソフィアとは対照的に、イリスは困惑していた。


魔法でも使ったのかと錯覚してしまう。5時間かけてようやく到達する場所にどうやれば数十分で着くことができるというのだ?



「あちらに着きましたら集合場所までご案内いたします。」



イリスの感じている不快感は解消されないまま、賢者の島までついてしまった。


彼は集合場所に着く最中もずっと、一体何が起きたのかを思案していたが…等々答えには至らなかった。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



地下深くまで続くエレベーターの中、ソフィアは緊張で震えていた。


ここからが本番…私、うまくやれるかなぁ‥。



ガタン…ピンポーン



「さあ着きましたよ。」



鉄筋コンクリートで作られた地下の要塞。そう表現するのが適切な施設に、ソフィアたち二人はたどり着いた。



「バッチをどうぞ。」


「え?バッチ?」


「はい。受験者ということを表すと共に、数多くいる受験者をわかりやすくするためのバッチです。番号が刻まれていますので、無くさない様気をつけてください。」


「へぇ‥。」


「ちなみになくしますと、その時点で失格です。」


「ぅええ?!き、気をつけなくちゃ‥。」



ソフィアは155番、イリスは156番のバッチをもらい胸につけた。


あたりはシン…と静まりかえっている。


ある者は己の武器を磨き、ある者は落ち着きがなく動き回っていた。



「うーん…みんな何にもしゃべらないね。」


「緊張しているのだろう。まあ無理もない。」


「でもあんまりにも静かだと退屈しちゃうよ!」



ソフィアはまだ14歳。まだまだ遊び足りない歳だ。


そもそも彼女は自然豊かな場所で伸び伸びと暮らしていたのだから、こういう堅苦しい場所は初めてで、なんだか落ち着けない。


なんかこう…圧迫感?みたいなのを感じるんだよね〜。



「ん〜なんか…うわぁ!」



あまりの退屈さにいてもたってもいられず、イリスの顔を見ながら足を前に進めると…突然、何か障害物にでも当たったみたいにソフィアはバランスを崩す。


わぶっ…!なんて声を出しながら床に倒れ込み…



「いたた…。」


「大丈夫か、ソフィア?」


「おい!気をつけろよ!ったく…せっかくの革靴が台無しだ。」



ソフィアがつまづいた原因はこの男のせいだった。


たまたまソフィアが前を向かずに歩いていたら、偶然足を突き出していたこの男の靴に突っかかって…と言った感じ。



うーん…私も悪いところがあったけど、足を突き出していたら他の誰かが突っ掛かっちゃっていたかもしれないし…これはお互い悪いところがあったよね…でも、結局先に迷惑かけちゃったのは私だから謝らなきゃ!



なんて思い、心配そうに片手を差し出してくるイリスに「ありがとう、でも自分で立てるよ!」と気丈に振る舞いながら立ち上がったソフィアは、相手の男に潔く謝る。



「迷惑かけちゃってごめんなさい!…でも、足を突き出していたら他の人が転んじゃうかもしれないし…危ないと思うの。」


「はぁ?俺が悪いとでも言いたいのか?」


「うーん…確かにあなたが悪いわけじゃないと思うけど…でも、やっぱり足を思いっきり突き出してるのは危ないから、あなたはあんまりよくないことをしてると思う。」


「何言ってんだこのガキ?俺が足を突き出してようが出してまいがそんなの俺の勝手だろ?そもそも、俺の革靴を汚したり、不快にさせておいて言うことがそれなのか?どんな教育されてんだよ。」


「…失礼ですが、少し言い過ぎなのでは?」



ただソフィアは思ったことを口にしただけだし…それに、案外的を射ている。


普通に考えて他の誰かが転ぶ可能性だってあったし…それに迷惑だ。


ソフィアはただそれを指摘しただけだし、そもそも自分が迷惑をかけたなどと先に謝っている。


そんな彼女に対してあまりにも刺々とげとげしく言葉を吐き出すものだから、イリスは流石にただ見ているだけではいられなくなった。


ソフィアを背に庇う様に隠しながら、イリスはシーカー試験を受けに来たとは思えないほど身なりのいい服を着た男に話しかける。


そんなイリスが気に食わないのか、男は不快な気持ちを隠しもせずに言葉を吐き出す。



「なんだよ、そのガキを庇うってのか?」


「そうですね。…あなたの言いようが随分酷いので、口を出さずにはいられませんでした。」


「お前も教育がなってねえな!年上は敬うべきだって親に習わなかったか?」


「…生憎、すでに両親は他界たかいしていましてね。私が十分な教育を受ける前には、2人とも凄惨せいさんな死を遂げたので‥教育がなってないと言われて仕舞えば否定できませんね。」



清々しいほどの笑顔を浮かべながらとんでもないことを言い放つイリス。


彼の口から飛び出した言葉を聞いた瞬間、ソフィアは目を見張ってイリスの顔をまじまじと見つめた。


まさか…彼がそんな悲しい過去を持っているだなんて知らなかった。とても穏やかな好青年で、幼い頃に両親が死んでまともな教育を受けていないとは思えないほど彼の立ち居振る舞いは綺麗だったし、それに何より…ソフィアはイリスまで馬鹿にされたのが気に食わなかった。


キッ…!と睨みつけながら、ソフィアは堂々と男に言い放つ。



「イリスの事を悪く言った事…謝ってよ!」


「別に謝られる必要もない。…行こう、ソフィア。」


「え…あ、まってよイリス!」



呆然として口を開いたまま何も言わない男に軽蔑の眼差しを向けながら、イリスは踵を返して男から遠ざかっていく。


そんな彼の後を急いで追いかけて、ソフィアは話しかける。



「‥イリスはいいの?」


「私は大丈夫だよ。それに…ああ言うタイプの大人は何を言った所で聞いてもらえないと思うんだ。だから気にする必要はないさ。」


「でも私、イリスが馬鹿にされたことが気に食わないよ!」



プリプリと頬を膨らませながら怒りの感情をあらわにするソフィア。


そんな彼女を視界に捉えた後…イリスはクスクスと控えめな笑い声を出す。


クスクスと楽しそうに笑うイリス、そんな彼がどうして笑ったのかよく分からなくて、ソフィアはこてんと首を傾げながら彼に尋ねた。



「どうして笑ってるの?私…何かおかしなことでも言った?」


「いや、何もおかしい事は言っていないさ。ただ…自分が馬鹿にされたことではなく、私が馬鹿にされた事に大層不満そうだったものだから、なんだかおかしくってね。」


「そう?でもさ、自分の友達とか中の良い人がひどいこと言われてたら…なんだか怒りたくならない?」


「そうでもないさ。実際、友達よりも自身の名声や権力にこだわるようなどうしようもない人もいるからね。ソフィアの様に自分よりも他人の事に怒れる人間はそうそういないものさ。」


「え〜?大人ってそういうものなの?」


「全員が全員そうだとは限らないが…多くの大人たちは皆、子供の頃の純粋さや優しさなどを忘れてしまう…言って仕舞えば哀れな生き物なんだ。」


「そっか…。」



どこか憂いを秘めた瞳でここではないどこか遠くを見据えるイリス。


その姿は浮世離れしていて…儚くて、今すぐにでもつゆとなって消えてしまいそうだったものだから、ソフィアは彼の服の裾を引っ張ってしまった。



「どうかしたのか?」


「え?あ、いや…なんでもないの。ただ、イリスがどこかに行っちゃいそうだったから掴まなきゃって思って。」


「…そんな風に見えていたのか。」


「うん、なんか言葉にはできないけど…とっても悲しそう?で寂しそうだったから。」


「…どうやら心配をかけてしまったみたいだな。次からは気をつけるよ。」



イリスは軽く笑いかける。


そんな風にして2人が会話を続けていると…


ガチャン!


鉄製の扉が開かれる音と同時に



「おーそろってるか!」



サングラスをかけた男性が奥のドアから出てきた。



「ではこれより、第二次試験を始める!」



男が言葉を発するや否や、張り詰めた空気があたりを支配した。


この場にいる試験者全員が、このサングラスをかけた筋骨隆々とした男が第二次試験の試験官だと悟った。


試験中にヘマをしてしまわないだろう…そんな不安が頭の中を駆け巡る試験者たち。


しかし、数名の人々はそんなこと、知りもしないと言いたげに、己の心の赴くままに過ごしていた。



「第二次試験の内容はずばり!サバイバルゲームだ!」


「サバイバルゲームだぁ?」


「はぁ?舐めてんのか!」



「ねえイリス、サバイバルゲームってなに?」


「簡単に言うと…ほら、BB弾を入れて打つおもちゃの銃があるだろう?」


「んー…あ!あれか!」


「チームを二つに分けた後、ああいうおもちゃの武器を使って戦うのがサバイバルゲームなんだよ。」


「そうなんだ!面白そう〜!…でも、なんであの人たちは怒ってるの?とっても楽しそうなのに。」


「あー…。」



この純粋な子供に対して、いったいなんと返せばいいのやら、あと一年後には成人する歳だが…イリスにはわからなかった。


大方あの大人どもはシーカー試験を舐め腐っているのだろう。だからあんなにも余裕そうな顔付きで堂々と立っていられるのだ。



「シーカー試験でサバイバルゲームだ?俺たちはお遊びしに来たわけじゃないんだぞ〜?」


「若造らしいくだらない試験内容だな。」



先程から試験官にダル絡みし、ヘラヘラと感に触る下卑た笑顔を浮かべている大人たち。


1人に関しては動きにくそうな装飾品で着飾っている。あれでは敵に襲われた時、到底太刀打ちなどできないだろう。



「そうか…じゃあお前たち2人は失格。」


「…は?」


「おいおい…冗談だろ?」


「はい、アシスタントの方こいつら連れてってー。」



「おい離せ!」


「こんなのおかしいだろ!」



試験官に対し見下すような目つきや仕草をしていた大人2人は、どこからか現れたアシスタント達によって摘み出されてしまった。



「別に軽い気持ちで話しかけてもらっても構わないけど、あんまり舐めた態度してると試験官によっては失格にされるから、残った奴らは気をつけろよ。」



突如として出た不合格者に、周りの人々は驚きを隠せなかった。


試験官の気に触ると即失格になる…そんな本当か嘘かもわからない噂が巷では飛び交っていたが、まさか本当だったとは…。


ヒソヒソと小声で喋る受験者たちの態度。それがいけなかった。



「うるせえな…やっぱり気が変わった!」



ザワザワと話し声ばかりが聞こえてくるうるさい空間に、試験官は気を悪くしてしまったのだ。


実の所この男、自分の思うように事が運ばないと気に食わない、そんな自己中心的な性格だった。


受験者たちが静かに自分の説明を聞く。そうなって欲しかったのに、静かになるどころか騒々しくなったのが気に食わない。


それだけの理由で、男は突如として試験内容を変更してきた。



「本来なら第二次試験では受験者を半分ほど残すのがルールだが…まあ仕方ないよな、だってお前らうるさいし。」



「新たな試験内容はシンプルかつ単純!お前らの胸あたりにつけているバッチを、自分がつけている分を除いて3枚集める事!あ、バッチ取られたやつは失格な。」



それだけを言い残し、サングラスの男はスタスタと元々自分のいた部屋まで戻っていき、扉を開ける前に一言だけ



「それじゃあ開始。」



バタン…と、扉の閉まる音。


誰もが呆然としていた。


突如として変えられた試験内容、試験管にあるまじき横暴な態度。


だが…案外すぐに、受験者たちは状況を飲み込んだ。



「寄越せ!」



誰かが一番最初に動き出した。


それに釣られたようにして、みんながみんな一斉に動き出す。


ある者は殴り合いの末にバッチを勝ち取り、ある者は相手が他の事に注意を割かれている間にバッチを掠め取る。


様々な方法でバッチは取り、取られていく。


ソフィアだって頑張った。殴り合いなんてした事ないし、単純な力比べじゃソフィアに勝ち目はない。


だから、あえて乱闘が起こっている所にコッソリと入り込んだ。


身長の高い男の人たちの殴り合いはそれはもう激しかった。


本当に、一歩間違ったら自分が殴られてしまうのではないかとヒヤヒヤしながらも、ソフィアは一人の男が殴られ放心している間に、スッと横から手を出してバッチをとる。


殴った相手がソフィアのことに気づく前に撤退!じゃなきゃやられるのはこっちだ。


2個目も同じ方法で取り、最後の一個…これもさっきみたいにすれば…。


ソフィアは倒れている人の胸からバッチを外そうと‥。



「おいてめぇ…俺の戦利品を掠め取ろうとしてたな?」


「っ…。」



見つかった…しかも運が悪い事に、相手は筋骨隆々な男。


筋肉もなければ、ましてや女の子のソフィアには勝ち目がない…!


すぐさま相手との距離を取る。相手のパンチの射程圏内に入ったがさいご、ソフィアの負けは確定する。


ソフィアは顔をしかめた。


明らかに力の差がありすぎる…!真正面からぶつかったら絶対負ける。かといって…



知能戦に持ち込んだとしても、きっと相手の勝ちだろう。


自分よりも明らかに強い相手と相対する…今のソフィアでは圧倒的に、戦闘の経験が足りなさすぎた。



「子供だからって容赦しねえぞ!」



男はソフィアのいる方へ一歩ずつ近づいてくる。


どうしよう…何か良い策…何か良い策は…!


思考をぐるぐると回転させ、なんとか今の中で1番の良策を考えるも…一向にこの状況を打破する考えには至らない。



「オラァ!」


「っっ〜!」



なんとか回避しようとした、でもできなかった!


どうやれば避けれるか、それ自体はわかったはずなのに…体がついてきてくれない。


避けることも満足にできない…かといって攻撃も満足にできやしない。こんな状態で勝つことなんて…。


いや、一個だけある。



リスクは高いし、一歩間違えばコテンパンに叩きのめされた上にバッチまで取られるだろうが…それでも、流れを変えれる可能性はある。


昔から森の中でいっぱい遊んできて、体力と足の速さはピカイチだ!これさえ活かせれば…。


希望が見えたと同時に、ソフィアは勢い良くその場から逃走した。その際、倒れている受験者のバッチを取るのは忘れずに。



「だから俺のものを盗るんじゃねえ!」



男は逃げ出したソフィアの背中を勢い良く追いかけた。


走る走る、迫りくる脅威から逃げ、人の波を縦横無尽に逃げ回る。


人の影に隠れては方向転換し、またそれを繰り返す。


人が群がっている場所を隠蓑かくれみのにし、ちょくちょく相手が自分から目を離す隙を作る。


その間にもソフィアは人を探す。探し人さえ見つけて仕舞えば、もうこっちのもん。


あとはうまくやるだけ…。いた!


お目当ての人物を探し当て、ソフィアはわざと男の元に姿を表した。



「ちょこまかちょこまか動きやがってぇ!」



男はやっと、逃げる事をやめたソフィアに殴りかかり…



「イッテェ…あ”ぁ”今俺の事を殴った奴は誰だ?!」



その一撃は、ソフィアではない別の大柄な男に当たった。


ソフィアは殴りかかってきた男の攻撃を、足を捻らす事で回避、すぐ後ろにいた男の足に当たる様仕組んでいた。


ただ…回避した時、慣れない行動をとってしまったせいか、足がズキズキと鈍い痛みに襲われていた。


しかし、今明らかに男の意識がこちらから殴ってしまった男の方に向いた。


その一瞬を逃さず、ソフィアは痛む左足を全力で動かして、その場から離れた。



ーーーーーー

ーーーーーー

ーーーーーー



いったぁ…。う、動けないほどじゃないけど…ちょっとずきずき痛む…。やっぱり慣れない動きはするもんじゃない。てかもう2度とやらない…。


なんて、ちょっと頭の中でプチ反省会を開きながらも、3個バッチは取ったけど、足どうしようかなぁ…と悩んでいた。


ふと視界のすみに入った大男。


確か彼は2個くらいバッチを取っていたはず…。



「次はお前だ!」



大男が、すぐ近くにいる可憐な少女に襲いかかった。


確実にバッチが取れる相手…自分よりも弱い者に狙いを定めていた。


たしかにその方が、自分がバッチを取られるリスクも無いし、確実に最後のバッチが取れる。


此処に来てバッチを取られてしまう事を危惧したのだろうか…。



「あぶない!」



ソフィアは咄嗟に叫んだ。


今この場にいる受験者達は全員敵だ。バッチを奪い合い、誰かを蹴落とさなければ自分が上に上がれない。


けれども…ソフィアは自分と同い年くらいの女の子がやられるのを黙って見てはいられなかった。


いくら自分の足が痛くとも、それでもソフィアは女の子を助けようと走り出す。でも間に合わない!



「あら?」



可憐な声が聞こえた。今、大男に殴られそうになっている女の子の声だった。


少女はソフィアの声を聞いて、咄嗟に横に避けた。そのおかげで、大男の拳は少女のワンピースを掠め、有り余った勢いから床に激突してしまった。



「ふぐっ!!」


「あらあら危ないこと。」



少女は手に持っていた扇子で口元を隠し、クスクスと小さく笑い声を漏らした。


そして床に転がっている大男の胸元からバッチを外し



「ちょうど良かった。あと一つ、バッチが足りなかったの。」



大男のバッチを取った。これでもう、あの男は失格だ。


クソ…クソ…!と、悔しさから唇を噛み締め大声を出す男には一切目もくれず、少女はソフィアに歩み寄ってくる。



「危ない所をどうもありがとう。あなたのおかげで助かりましたわ。」



ニコリ、花のように可憐で美しい笑顔を浮かべる少女。


背中まで伸ばされ整えられた銀の髪に、まるで宝石のようにキラキラと綺麗な青い瞳。


黒いワンピースに白のカーディガンを羽織る、まさにどこかの名家のお嬢様といった風貌の少女。


きっと同性でさえ、彼女には惚れてしまうのではないか。



そんな美しい少女にお礼を言われても、ソフィアはいつも通り



「どーいたしまして!でも声をかけただけでよけれちゃうなんてすごいよ!」


「うふふ、たまたまですわ。」


「たまたまだとしてもやっぱりすごいよ!」


「そんなに褒められると照れますわ。…あなた、お名前は?」


「私ソフィア!」


「ええと…ファミリーネームも聞いてよろしいかしら?」


「クレスだよ!ソフィア=クレス!」


「そう…わたくしはアナスタシア=シャルベージュ。クレスさんのおかげで怪我をせずにすみましたわ。」


「気軽にソフィアって呼んで!ファミリーネームで呼ばれるの、あんまり慣れてないんだ〜。」


「ではわたくしの事もアナスタシア、と呼んでくださいな。」



やった!ここにきて2人目の友達ゲット!


こんなにも緊張感に溢れ、どこから誰が襲ってくるのかもわからない状況でもソフィアは

ソフィアのままだった。


ただ純粋に、新しい友達が出来たことに素直に喜ぶ。疑う気持ちなんて微塵もないといった感じだ。



「ソフィアは大丈夫ですの?」


「ん?なにが?」


「…先ほど足を怪我していらっしゃったでしょ?」


「あ、そうだっ…いったぁ!思い出したら痛みが帰ってきた…。」



傷んでる足を酷使してしまったせいでさっきよりも痛みがひどくなる。



「ああ動かないで、少しだけど応急処置をしておきましょう。」



アナスタシアはレースのついた真っ白なハンカチを慣れた手つきでソフィアの左足首に巻きつける。


ギュッと少しきつめに結んだのか、ちょっぴり痛い…。



「…本当は患部を動かさない、冷やす等々しなければいけないけれど…。」


「うーん…試験官の人に頼めば治してくれないかな?」


「…仮に治してもらえるとしましても、まずはこの試験を乗り切らなければいけませんわよ。」


「それじゃあ頑張る!3個バッチは取ったし、自分のバッチさえ守れてれば合格できるからね!」



大丈夫大丈夫!そんな風に言いながら、ソフィアはにっこりと満面の笑みを浮かべた。


普通、何処から敵が襲ってくるかもわからない状況で移動手段でもある足を潰されたら、誰だって焦るはず…。


でも、ソフィアは無邪気に笑っていて、それがなんだかおかしくて、アナスタシアは笑ってしまった。



「ふふふ…おかしな人。」


「じゃあね!アナスタシア!また後で!」



ソフィアはなるべく左足に負担をかけない様に歩いてる。


ヨタヨタと歩くその姿はどこかペンギンみたいで面白い。


彼女が試験に合格したら…面白そうね。



「えぇ…あなたが勝ち残れたら、ね…。」



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