姉(猫)と弟

空色

姉(猫)と弟

僕には幸(さち)という姉がいる。

まぁ、姉と言っても人間ではなく猫なのだが。


名前の由来は、母の強い希望で“幸せにいられるように”という思いを込めて幸と名付けたそうだ。

姉が我家の家族になってから1年後に長男の僕が生まれた。

母の身体は強くなかった。

そのため子供は望めないと思っていたので、僕が生まれたことに両親はとても喜んだそうだ。


そして、もう一人の家族である姉について・・・

僕との初顔合わせは、今でも両親のいい思い出になっている。


僕が病院から実家に移った当初、姉が入ることができない部屋に寝かされていた。

動物と言うこともあり、もしものことがあったらいけないという両親の配慮だった。

そんなことで、しばらく両親のみと接していた僕。そろそろ初顔合わせをさせてもいいのではないかと言うことになり、僕の部屋に姉を招き入れた。

部屋に入るなり姉は恐る恐る僕に近づいてきて、全身の匂いを嗅いでいた。

姉にとって僕は興味が惹かれる対象だったが、未知の存在に対する警戒心もあったのだろう。

だが、その時の僕は姉の状態と関係なしと言わんばかりに、近づく姉の耳をギュッ!と掴んだ。

姉はその行動にかなり驚いたみたいだった。猛スピードで後退、勢いよく尻もちをつきながら、きょとんとしていた。

この話に関しては偶々、映像を撮っていた父親のおかげで、当時の様子をいつでも確認することができる。僕もたまに見返したりしている位だ。


そんな初対面を繰り広げた僕と姉の姉弟関係は、とても良好なものだったと思う。



ここからは僕の記憶にも鮮明に残っている姉との出来事。



僕が小学生になり、徐々に姉と一緒にいる時間が少なくなっていった。

それでも、学校の行き帰りには必ず玄関で出迎えてくれる姉。僕も姉になついていたので家の中では一緒によく遊んでいた。


ある日、友達と喧嘩をしてしまい涙で目を腫らしながら帰ったことがあった。

姉はいつもと同じく、家の玄関で待ってくれていた。普段の流れなら、玄関を上がった僕の周りをグルグル回りながらゆっくり、リビングに行くのだが、その日は、違っていた。じっくりと僕の顔を見ていると思ったら、姉が勢いよく胸に飛び込んできたのだ。

突然のことで、後ろに倒れそうになったけど、頑張って踏ん張った。

そのまま、姉は顔を擦り付けてきて、顔を何度もなめていた。当時の僕にはよく分からなかったけど、元気づけようとしてくれてたんだと思う。

最終的に玄関からなかなか入ってこない僕を心配した母親が出迎えてくれて、色々と相談に乗ってもらった。母と話している間も、姉は僕の近くをウロウロして離れず、椅子に座ってからはずっと膝の上に乗っていた。後にも先にもここまで困惑した姉を見たことがなかったから、今ではいい思い出だ。


学生時代の間に何度か女友達を家に上げることがあったが、姉は全ての女友達に対して、威嚇していた。酷い時には、家中追いかけまわしたこともあったほどだ。

男友達を連れて行っても威嚇することがないので、不思議で仕方ない。

おかげで、女友達は俺の家に寄りつこうとしなくなった。

そのような経緯があり、この頃から姉の存在が邪魔だと感じることが出てきた。


大学に入る頃には、姉の足腰は悪くなり、家の中で歩き回らないようになっていた。当然、俺のお出迎えは玄関でなく、リビングの姉の寝床になっていた。

お出迎えとは言うものの、俺自身、大学は実家通いであったが、授業にバイトにサークルと忙しかったため、姉とはほとんど触れあってこなかった。

それと、姉の存在がいたため、家に友達を入れることもなくなっていた。


社会人1年目の時。

現在付き合っている子を家に連れて行くことになった。しかし、これまでの女友達のやり取りを見てきたため、姉が彼女に危害を加えないか不安でしかたなかった。姉が女性に威嚇するので、注意してほしいと予め彼女に伝えたが、“私も猫を飼っていたから大丈夫。それに、もしかしたら、嫉妬しているだけかもしれないよ”と笑われた。


しかし、緊張しながら家に到着すると、二つ不思議なことが起きた。

一つ目が、最近はリビングで迎えてくれていた姉が、玄関で待ってくれていたこと。

そしてもう一つは。

姉が彼女に対して威嚇を全くしなかったことだ。

彼女は、姉の頭を撫でる。

姉は目を細め、喉をゴロゴロさせていた。

“可愛らしい猫だね”

彼女は笑っていた。

その日の晩、彼女を送り届け、家に帰った。

リビングで丸まっていた姉が、ゆっくりと腰を上げ、俺の方に歩いてきた。

その足取りは、ゆったりと、しかし確実に俺に近づいてくる。

足元まで近づいてきた姉を優しく抱きかかえ、俺は椅子に座った。

「今日来てくれた女の子。俺の彼女なんだ。大学から付き合っていて、これまで家に連れて来なかったけど、今日は家族に合わせてほしいって、彼女から言われて連れてきたんだ」

この時、脳裏で“本当は、大学時代から言われていたけど、姉が威嚇して、彼女との仲が悪くなったら嫌だから連れてこなかった。”という言葉が過ったが、言葉には出さなかった。


“もしかしたら、これまでの女友達に対して、幸(さち)ちゃんは君を任せられる人かどうかを試していたんじゃないかな”


去り際に彼女が残した言葉が引っ掛かったから。


“この意見だと幸(さち)ちゃんに私が認められたことになるけど。正直私が君のパートナーにふさわしいかは分からない・・・”と彼女は赤面しながら、言っていた。

彼女に言われ、過去につるんでいたメンバーを思い返してみたら、これまで遊んでいた女友達とは現在、何の付き合いもしていないのだ。


「親にお金を借りてしまうことにはなってしまうけど、今度彼女と結婚する予定なんだ。人はそれほど、呼ばないけど式も挙げるんだ。その前に姉ちゃんに一度でも彼女を見せることができて良かった」

俺が姉の頭をゆっくり撫でると、“ニャ〜”と鳴いた。


それから、1週間後。

姉は亡くなった。


もしかしたら、姉は自身の死期を悟り、自分の代わりに不出来な弟を支えてくれる人が現れるのを待っていたのかもしれない。


棺にいる姉は今でも満足そうな顔で眠っている。

明日、姉の葬式を行うため、彼女の写真を確認中。

どの写真にも、俺に寄り添う姉がおり、俺も姉も楽しそうな姿で写っている・・・

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