第64話 王都復興(2)


 教会についてだが――完全に取り壊す――という訳にはいかなかった。

 それだけ、人々の暮らしに根付いていたからだ。


 当然、神官達も路頭ろとうに迷う事になる。

 神殿での暮らししか知らない連中もいるため、それでは死刑宣告と変わらない。


 よって、クタル教を設立した。

 月の女神クタルをあがめる、新しい教会の態勢だ。


 基本的な事は聖石教会と変わりはしない。

 【石碑せきひ】ではなく、クタルを女神としてあがめるだけの簡単なお仕事である。


 当然、最初は混乱していたが、民衆の怒りもすさまじい。

 泣く泣く――といった感じで、教会の人間達は改宗していった。


 神官帽子は獣耳に、モフモフの尻尾をかたどった装飾品アクセサリー

 そして、デフォルメしたクタル人形を生産させ、経済効果を狙った。


 更に、挨拶には『わふん!』を導入。可愛らしさ二割り増しだ。


「いったい、なにがいけなかったのだろう?」


 あごに手を当て、悩む俺に対し、


「多分、後半全部だよ……」


 とディオネ。聞き違いだろうか?

 可笑おかしな事を言うモノだ。


「いや、目を覚まして! リオルにぃ……」


 と心配そうに俺を見詰めるディオネに対し、


「確かに最近、いそがしくて寝ていないが――大丈夫だ!」


 俺はそう返す。


「大丈夫に見えないから言ってるんだけどね……」


 とディオネ。何故なぜか、溜息をいた。


「元気がないな――そんな時のために『わっふん!わふわふ体操』を考えてみた」


 そう言って、俺は寝る時間もしんで考えた体操の遣り方を書いた紙を見せる。

 まずは第一からだ。


「師匠! 仕事して……」


 何故なぜかディオネが泣きそうな顔をする。


(どうやら、分かっていないようだな……)


「これは仕事なんかよりも、大切な事なんだ」


 俺は優しく言い聞かせる。


「ね、寝てないからだよね! リオルにぃ、しっかりして……」


 慌てるディオネ。

 確かに、クタルが体操するところを想像すると、その可愛さ興奮する。


 中々に彼女の頭の回転は速いようだ。

 最初は――自衛だけでも出来れば――と思い、魔術を教えた。


 だが、弟子にして正解だったらしい。


「よし、ずはディオネが体操してみてくれ!」


 最初は心臓から遠い箇所を動かし、次第に心臓に近い動きをする。

 そして、また遠ざかる。毎朝行うと、健康にもいいはずだ。


 俺はそんな事を説明すると、


「そういう事じゃないよ!」


 何故なぜかディオネはずかしがった。


(まぁ、年頃というヤツだな……)


「嫌なら仕方がない……」


 俺の言葉にディオネは――ホッ――と息をく。


「孤児院の皆に遣ってもらおう」


 そう言って部屋を出ようとすると、何故なぜかディオネに止められた。


「仕事してください! 師匠――」「断る!」


 衣服をディオネにつかまれる。

 力では圧倒的に俺が有利だが、無理に引っ張ると彼女に怪我をさせてしまう。


「仕方がない――ベガートか、その辺の兵士にでも……」


 そんな俺の妥協案に対し、


「皆、復興事業でいそがしいから! 仕事の邪魔しちゃダメだよ……」


 とディオネ。彼女の言う事も最もだ。だが、


「この国がどうなろうと、俺の知った事ではない……」


 本心を告げる。

 師匠とクタルの件がなければ、復興事業などにも手を貸す理由はないのだ。


「いや、違うか……」


 俺はディオネを見詰めると頭をでた。


「ふぇ?」


 突然の事におどろかせてしまったようだ。戸惑う彼女に、


「ディオネももう家族だったな――ディオネの言う事は聞かなくてはな……」


 クタルにも怒られてしまう。一方、俺のそんな言葉に、


「家族……」


 とディオネはつぶやくと、急に――えへへ♥――と笑顔になった。そして、


「あたし、やるよ!」


 彼女は遣り方の書いた紙を見て暗記すると、


「わっふん、わふわふ♪ わっふん、わふわふ♪」


 いちに、わふわふ、さんし、わふわふ――そう言って、体操してくれた。

 俺は感動する。


(これが家族か――いいものだ……)


 クタルが――守りたい――と言っていた意味を理解した気がする。


「次はお耳の体操、両手を頭の上に持ってきて、ピコピコする運動……」


 だが、そこでディオネの動きが止まった。なにやら視線を感じたようだ。

 俺は気付いていたが、えて教えなかった。


 ゆっくりと振り返ったディオネの視線の先で、クタルが窓の外から顔の上半分だけを出し――ジトーッ――とこちらを見ていた。


「は、はうーっ! ク、クー姉っ……」


 ディオネは一瞬にして、顔を真っ赤にする。


なにやってるの?」「キュー」


 わふ?――とクタルがたずねる。

 横で白い毛が揺れた。どうやら、キューイも一緒のようだ。


「ち、違うの! こ、これは……」


 慌てて姿勢を正すディオネ。目が泳いでいる。


「仕事?」


 クタルの問いに、彼女はコクコクとうなずく。


「へー、随分ずいぶん楽しそうだね」


 そう言って、そのまま窓から入ってきた。

 行儀が悪いと言っているのだが、クタルは聞きやしない。


 まぁ、今やこの国の姫にして、月の女神である。


(見付かって、さわがれるのも嫌なのだろう……)


なにこれ?」「キュイ?」


 わふ?――クタルは早速、『わっふん!わふわふ体操』の書かれた紙を見付ける。


「だ、ダメぇ!」


 ディオネは取り返そうとするが、クタルはヒラリとける。

 当然の結果だ。後でディオネには、体術の稽古けいこもつけてやろう。


(しかし、それに目を付けるとは……)


 流石さすがはクタル――俺の妹だ。


「『わっふん!わふわふ体操』?」「キュキュ?」


 首をかしげるクタルに、


「それを毎朝、クタルが国民の前でするんだ!」


 と俺は告げる。ワナワナと震えるクタル。

 どうやら、感動しているようだ。


(計算通りだな……)


 勝ち誇る俺に対して、


「お、お兄ちゃんっ!」


 わふん!――何故なぜか、顔を真っ赤にしたクタルに怒られてしまった。

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