終 章

第63話 王都復興(1)


 湖にあるという【石碑せきひ】。結論からいうと、無事に見付ける事が出来た。

 民衆の前で『契約の儀』を行う事に成功する。


「遠くから見ていたけど、二人共、すご綺麗きれいだったよ♪」


 ふふん♪――と上機嫌で、ディオネが俺の書斎の片付けを手伝いながら、そんな事をつぶやいた。


 【魔王】となってクタルをさらう――そんな事を言ったからだろうか?


(ベガートの奴め……)


 人材が足りない――というのもあるだろうが、ベガートとフラン。

 奴らは俺に書斎まで与え、次々に仕事を依頼してくる。


「そうだな――幻想的だったな……」


 クタルとフラン――二人が湖面に突如とつじょとして浮上した【石碑せきひ】に向かって歩く姿――は、数多あまたの精霊を引き連れ、白い獣達に見守られていた。


 この国の人間達からすると――神話の世界――そのモノなのだろう。

 隠された【石碑せきひ】を見付け出すのは、そうむずかしい事ではなかった。


 クタルに手を引かれ、王族しか立入る事の出来ない隠し通路へ転移する。

 そこで――この【石碑せきひ】があやしいと思うの――とクタルに言わた。


 そこで俺は、転移用のついになった【石碑せきひ】を調べた。

 分かる人間には、ぐに分かるだろう。


 【石碑せきひ】に書かれた魔術文字を【魔力マナ】で操作すると、湖の底で結界により守られていた巨大な【石碑せきひ】が浮上する。


 アーリが魔術で氷の道を作った所為せいだろうか? そこへいたるまでの道は、光がキラキラと反射し、まるで星の海を歩くように二人を照らした。


「おっと、これはこっちだな……」


 俺はディオネから資料の本をうばうと、彼女の届かない、やや高い位置にある棚へと仕舞った。


「ありがとう」


 と微笑ほほえむ彼女に対し、少し前までのクタルと重ねてしまった。

 それというのも、最近、クタルの様子が可笑おかしいからだ。


「礼を言うのは、手伝ってもらっている俺の方だ――そろそろ休憩にしよう」


 とディオネに提案する。彼女は――フフフッ――と笑うと、


「お父さんと一緒に居るみたい」


 そんな事をつぶやいた。


(俺も師匠の事を、そんな風に思っていたな……)


 普通なら――そんな歳ではない!――と反論するのかも知れないが、不思議と悪い気はしない。


(こんな事なら、俺も師匠を『父』と呼べば良かっただろうか?)


「なら、クタルが母親になるが――いいのか?」


 俺は魔術で水球を創り出し、彼女に手を洗わせた。

 使った水は、そのまま窓の外へと移動させればいい。


 ディオネはタオルで手を拭きながら、


「ええーっ! クーねぇは、クーねぇだよ……」


 などと、当たり前の事を言った。

 どうやら、クタルに母性は皆無らしい。


 俺も手を洗い終わると、果物を包んだ焼き菓子を出してやる。

 よく分からないが、廊下を歩く度、女性から物をもらうのだ。


(お礼のつもりだろうか?)


「リオルにぃはモテるね!」


 あたしも弟子として、鼻が高いよ――などとディオネ。

 そう言いながら、お茶の準備をしたので、俺は魔術でお湯を出してやった。


「あたしも出来るようになるかな?」


 興味と不安が入り混じった表情をする彼女に、


「【石碑せきひ】の欠片に触れれば、使えるようになる」


 と短く答える。しかし――だが――とことわりを入れた。


「今は【魔力マナ】をたくわえる時期だ」


 無理をさせて済まなかったな――つい、クタルにするように、俺はディオネの頭を撫でてしまった。


 嫌がられるのかとも思ったが、


「こ、これはいいものだよ……」


 ほほを赤らめ、ディオネはニンマリとする顔を両手で押さえた。

 孤児院では、大人の男性は居なかった。


 そう考えると、俺という存在は案外、必要とされていたようだ。今更だが少しだけ、クタルが――孤児院を離れたくない――と言っていた気持ちが分かる。


 思えば、他の子供達からもみょうなつかれていた。

 てっきり、クタルの影響かと思っていたのだが、違うらしい。


 行儀良く椅子いすに座ったディオネに、焼き菓子を切り分けてやる。


「さて、こういう時は決まって、クタルが来るモノだが……」


 俺はドアではなく、窓の外を見た。

 ピンととがった耳や、フサフサの尻尾は見当たらない。


「どうも、最近のクタルは変だな……」


 そんな俺のつぶやきに、


「クーねぇは、いつも変だけどね」


 と言いながら、お祈りを済ませ、焼き菓子を口にするディオネ。


(否定出来ない……)


 俺は苦笑した。

 どう変なの?――そんな表情で俺を見詰める彼女に、


「そうだな……なんだか、けられているような気がする」


 その言葉に――えっ⁉――と彼女はおどろく。そして、


「昨日も……頭をでてたよね?」


 首をかしげつつ――このお菓子、美味おいしい♥――と幸せそうな表情を浮かべた。

 孤児院では年長者という事もあり、色々と我慢をしてきたのだろう。


「お前が魔術を覚えた頃、旅に出ようと思う」


 外の世界には、もっと美味おいしい物があるぞ――と告げると、


「ホント!」


 ディオネにしては珍しく――ガタッ――と椅子を動かし、立ち上がった。


(どうやら、子供でも女性だな……)


 機嫌きげんを取るには、美味おいしい物を与えるのが良さそうだ。


「その代わり、色々と役に立ってもらう」


 そんな俺の言葉に、


「任せてよ――師匠っ!」


 などと調子のいい言葉を返す。


(少し、クタルに似て来たような気がする……)


「なら、早速だが――ディオネには、クタルから様子が可笑おかしい原因を聞き出してきて欲しい」


 俺の頼み事に対して、


「いいけど……」


 彼女は少し不服な様子だ。


「嫌だったか?」


 疑問をそのまま言葉にすると――うんん――彼女は首を横に振った。


「どう様子が変なのか、分からないだけ……」


 ディオネはそう答える。

 なるほど、理由が分からなければ、質問も出来ない。


「そうだな――昨日は五往復しか頭をでられなかった」


 いつもだったら、十往復はでる事が出来たはずだ――と俺は根拠を述べる。


「はぁ……?」


 ディオネはフォークをくわえたまま、首をかしげる。

 いまいち、理解出来ていない様子だ。


「途中までは、先程のディオネのように喜んでいた……だが――」


 なにを思ったのか、急に離れてしまった――と俺は感じた違和感を簡潔に述べる。


「分かったよ、師匠!」


 とディオネ。


「分かってくれたか!」


 俺の言葉に彼女はうなずくと、


「だから、お代わり頂戴♥」


 笑顔で、空になった皿を差し出してきた。

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