第62話 わふん!


「皆さん、祈りましょう」


 と言って、フランは民衆の前に立つ。そして、


「教会が呼び出した悪魔を、我々の神に追い払ってもらうのです!」


 と続ける。


(国民からの人気があるのは知っていたけれど……)


 皆一様に言う事を聞く。その場にひざき、神への祈りを始めた。

 私としては、だましているようで心苦しいのだけれど、仕方がない。


(民衆の誘導はフランに任せるべきね……)


 ベガートがそばに居るためだろう。

 貴族連中が余計な口出しをしてくる雰囲気もない。


 私は夜空に浮かぶ月目掛けて――わおーん!――と声を上げた。

 二頭のオオカミ達も私に追随ついずいし、一緒に咆哮ほうこうする。


 すると――きゅーっ!――という鳴き声が帰ってきた。

 『竜がまう』という山からだ。


 湖はその山のふもとにあるので、一番近くに居た神が反応したのだろう。


なんだか、聞き覚えのある鳴き声なのだけれど……)


 一抹いちまつの不安を覚えつつ、私は空をあおぎ見る。

 人々の幾人いくにんかは、そんな私の真似まねをして、祈る姿勢のまま天を見上げる。


 すると――バサッバサッ――と翼を羽ばたかせる音が聞こえた。

 突如、山頂辺りから飛び立ち、何度なんどかその場で旋回を繰り返す。


 そして当然のように、その白く大きなモノが近づいて来た。

 それもかなりの速さだ。


 気付いた時には、私達の上空を飛んでいた。

 鱗ではなく、真っ白な毛に覆われている。


 だが、その姿形はまごうことなきドラゴンだ。


(はて? 鳴き声といい、姿形といい、何処どこかで見た事あるのよね……)


 そのドラゴンはなにを思ったのか、急に私達の頭上をかすめるように飛ぶ。

 轟音と突風に耐えていると――モギュッ!――と私の顔になにかがつかった。


 暖かく、真っ白な毛むくじゃらのソレは――キュー!――と鳴く。

 私は躊躇とまどう事なく引きがすと、


「また、キミなの?」


 とにらみ付ける。その白い毛むくじゃら――キューイ――は、


「キュー! キュキュイ、キュー♥」


 などと何故なぜか嬉しそうだ。

 その様子を見て――まぁ!――と口元を両手でおおうフラン。


(こっちも嬉しそうね……)


 一方、キューイは、


「キュイキュイキュー! キュキュ!」


 などと語る。


(なるほど、分からん!)


 正直、放り投げてしまいたい気分だったが、キューイは私の手をつたい、勝手によじ登ってくる。


(私の肩は、キミの定位置じゃないんだよ……)


 今は人目もある。

 それに神の眷属けんぞくである以上、不用意に注意する訳にもいかない。


(取りえず、好きにさせるか……)


 誰かが、私の事を――聖女様よ――などと呼んだ気がするけど……。


(それも無視しよう!)


 いちいち相手にしていては、威厳いげんそこねる。

 それに、目の前に脅威きょういが迫っていた。


 兄が魔術で森の方を明るく照らす。

 するとそこに、山のように大きな黒い塊が現れた。


 ドロドロとした【魔物】。最初はこれ程、大きくはなかったはずだ。


「おい、なんだアレは⁉」「ひぃっ、化け物っ!」「ぎゃぁーっ!」


 人々は恐怖の声を上げる。十四年前の出来事を思い出した人達も居るのだろう。


「戦える者は民を守りなさい!」


 とフラン。その言葉に、警備で待機していた兵士達は足並みをそろえる。

 だが、相手はあまりにも巨大だ。


 兵士達の足元は震え、恐怖を隠しきれてはいない。

 一方、相手はその重たい巨体をズルズルと引きっていた。


(周囲の物質を取り込んだのかしら?)

 

 苦しみと怨嗟えんさの声を上げながら、動く度、地響きを起こす。

 そうして、ゆっくりと――だが、確実にこちらへ近づいてくる。


 【魔物】の存在にれていない、この国の人々の恐怖は一入ひとしおだろう。

 そこへ、


「おいっ! あの顔、見た事があるぞ!」


 聞き覚えのある少年の声が聞こえた。


(イストル?)


 私は首をかしげる。再び、


「教会のえらい奴じゃないのか!」


 と続けざまに声が聞こえた。しかし、姿は見えない。

 恐らく、ディオネの風の魔術で声だけを飛ばしているのだろう。


 だけど、その声で、民衆の態度が一変した。

 それまで、恐怖におびえているだけだった彼らの瞳に、怒りが宿っている。


 ドロドロした【魔物】――その表面には確かに、幾人いくにんかの巨大な人の顔が浮き出ていた。


「本当だ!」「オレも見た事がある⁉」「教会はやはり、悪魔だったのか!」


 次々に声が上がった。どうやら、パニックになるという事態はけられたようだ。


「どう、私の弟と妹は⁉ すごいでしょ!」「キュイ!」


 取りえず、近くに居たアーリに自慢する。

 しかし――分かったから、早くなんとかしろ!――と怒られてしまった。


(わふっ⁉ 私、お姫様なのに……)


 ここで文句を言っても仕方がないので、私は【魔物】へと向き直る。

 そして、空へ向けて咆哮ほうこうする。


 ――わふん!


 すると、上空で旋回していた竜は――キュー!――と呼応した。

 どうやら、私の意図を理解してくれたようだ。


 ピカッ――とまばゆい程の閃光。

 その後、光が滝のように【魔物】へと降り注ぐ。


 ドゴンッ! ガガンッ! ズゴンッ!


 幾筋いくすじもの光が束となって、【魔物】の周囲すべてを飲み込んだ。


(まるで、巨大な光の柱ね!)


 すさまじい音と衝撃波。ベガートが咄嗟とっさに石の壁を作り出し、人々を守る。

 当然、私の事は兄が守ってくれた。


(わふっ♥)


 やがて訪れる静寂せいじゃく。そこに【魔物】の姿はもうない。


 きゅーっ!――と体格に似合わない鳴き声と共に、ドラゴンは山へと帰って行く。

 唖然あぜんとする人々だったが、次第にざわめきが大きくなり、それが歓声へと変わる。


 どうやら、この国の人々が持つ、辛い記憶を変える事が出来たようだ。

 竜は災害から、再び神へと戻った。


「お姉様!」「キュイ!」


 フランが私に抱き着く。よしよし、と私は彼女の頭をでた。


「やりましたね!」「キュイ!」


 喜ぶ彼女に、


「まだよ」


 と私はたしなめる。私とフランには、まだ契約の儀式を行う大役が残っている。


「そうでした」「キュイ⁉」


 喜び、抱き締め合い、さわぐ――そんな民衆を後目しりめに、私は兄をともなって移動を開始する事にした。


「この場は、ベガートに任せるわ!」「キュー!」


 その言葉に兄とフランは笑った。

 相変わらず、アーリは一歩引いたようにひかえている。


ちなみに、キューイよ……)


 ――キミは帰らなくてもいいのかね?


 私は肩に乗っている、その小動物の鼻先を指でつつくと、


「キュイ?」


 ととぼけた鳴き声を上げるのだった。

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