第61話 どうなっても知らないよ……


 真っ白な毛並みにフサフサの尻尾。

 私と兄は呼び出したオオカミの内、小さい方にまたがる。


(兄妹だとしたら、妹の方かな?)


 ――親近感が湧くよ! わふっ!


 そして、一足先に湖へと向かった。

 一方、フランとアーリには、大きい方のオオカミに乗ってもらった。


 兄の指示で、ベガートの回収をお願いしたのだ。

 もし、貴族や文官を説得する必要がある場合は、彼が必要になる。


 私達を乗せた真っ白な巨大オオカミ。その足は、かく早い。

 その背中にしがみつくと、振り落とされないように頭をせた。


(モフモフだ!)


 兄がそんな私をかばうように、後ろからおおかぶさる。

 もう少し、このままでもいいかな?――つい、そんな事を考えてしまう。


 けれど、湖にはぐに着いてしまった。オオカミ達の足は想像以上に速い。

 本来ならば、興奮冷めやらぬ中、兄との会話に夢中になるところだ。


 でも、途中で変なモノを見てしまったため、そんな気分にはなれなかった。

 ドロドロの巨大な黒い塊。


 それがゆっくりと、湖に向かって移動していたのだ。


他人ひとよりも夜目が利くというのも、考え物ね……)


 私自身、もうコソコソする必要はない。

 なので、オオカミの背から降り、堂々と人々の前に姿を現す事にした。


 そもそも、真っ白な巨大オオカミ。

 この子こそ、フェンリエル王国を守護する神々の一柱だろう。


 その神が、突如とつじょとして人々の目の前に現れたのだ。

 私の存在以上に視線が注がれ、当然のようにざわめきが起こる。


 私達を乗せてくれたオオカミは、そんな人々から私を守るように立ちふさがった。

 そのため、人々は近づくどころか、声を掛ける事すら出来ない。そこへ、


「お姉様!」


 とフラン。どうやら、追いつたようだ。


(ベガートを回収してきたようだけれど……)


 巨大オオカミに首根っこをくわえられ、まるで子猫のように運ばれてきた彼は目を回している。しかし、それは背に乗るアーリも同じようだ。


 ――わふん! だらしないぞ!


「お前達が特殊とくしゅなんだよ……」


 早々にオオカミの背から降りると、頭をおさえながらアーリが近づいてくる。

 私とフランが双子だからだろうか?


 表情からある程度、私の考えを読めるようだ。


 ――くっ! 思ったよりも厄介やっかいな能力ね!


 これでは、私達の入れ替わりがバレてしまう。

 いや、今はそれよりも、目の前で待っている人々への説明が先だろう。


 祭りのために、国中の人々が湖に集まっている。

 教会に対する不信感がつのり、暴動が起きた事による不安もあるのだろう。


 そこへ、突如とつじょ現れた真っ白で巨大なオオカミ。

 真っ白な獣は、彼らにとっては神、もしくはそのつかいだ。


 そして、それにまたがって現れた姫と、彼女にそっくりな私。


 ――さて、どうしたものかしらね?


 正直、兄も一緒だったため、出たとこ勝負で来てしまった。


(どうしよう? お兄ちゃん……)


 私が上目遣うわめづかいをしていると、


「皆さんに、お話があります」


 とフラン。そう言って、私の横に並ぶと手を握った。

 兄は杖をかざし、精霊を呼び出す。すると周囲が照らされ明るくなる。


 次々に姿を現す無数の精霊達。

 彼ら自身が放つ光は淡く、優しい――また、幻想的であった。


 そして当然のように、私の周りには、様々な動物の姿を象った精霊達が集まる。


(また、これなの?)


 正直、私はこの状況があまり得意ではない。

 早く終わって欲しい――と考えてしまう。


 しかし、湖に集まった人々は別のようだ。

 なにやら、信じられないモノを見たような顔をしている。


 奇跡きせきを目の当たりにした――そんな表情だ。


「たった今、教会にとらわれていたわたくしの姉・エレノア姫を救出する事に成功しました」


 とフラン。目の前の人々が再び騒ぎ始める。


(あれ? そういう設定なの……)


 ――でも、時間もないし、ここは乗っかっておくべきよね!


「皆様、エレノアです。ここに居る騎士・アリスタウスと魔術師・リオルの手により、教会から助けて頂きました」


 などと言ってみる。兄はかく、アーリも中々の役者のようだ。

 平然と前に出る。すると一部で――オォーッ!――と歓声がいた。


 どうやら、ヴォルターム家に縁のある騎士達が居るらしい。

 兄が平然としている事から、もしかしなくても、計画通りと考えるべきだ。


 恐らく、ディオネがその連絡係だったのだろう。


 ――私、聞いてないんですけど!


(まぁ、私自身、こういったお芝居は向いてないけどね……)


「また、生きて妹と再会出来るとは――」


 と両手で顔をおおい、下を向く。


(これで誤魔化ごまかせるかな?)


 フランはそんな私をかばうように、一歩前へ出ると、


「皆さんと、この喜びを分かち合いたいところですが、まだ安心は出来ません!」


 そう言って、本題を切り出す。

 私としては、仲間外れにされていた事に対して、思うところはある。


 けれど、同時に――中々の演技ね――と感心した。


 兄との旅で――人は真実よりも、信じたいモノを信じる――そういう生き物だという事を学んだ。


 今、人々が望んでいるのは真実ではなく、都合のいい嘘なのだろう。


「教会の放った悪魔がせまっています!」


 とはフラン。あのドロドロの【魔物】の事だ。

 やはり彼女も、ここに来る途中で目撃していたらしい。


 どういう理屈かは分からない。

 だけれど、【魔物】は真っ直ぐに、こちらへと向かって来ている。


 周囲の【魔力マナ】を取り込んでいるのだろうか? その姿は巨大化していた。


(倒す方法をお兄ちゃんに相談したかったのだけれど……)


 私は困った表情で、兄に視線を向ける。

 すると――やってしまえ!――とあごで合図を返されてしまった。


 ――えっ⁉ いいのかな?


(どうなっても知らないよ……)

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