第60話 いい子ね! ありがとう……


 太陽が沈んで行く。遠くの山の稜線りょうせんを赤くいろどっていた。

 私達はなんとか、教会から無事生還せいかんする事が出来たようだ。


 あのグリムニル相手に、あっさりと勝つ事が出来たのが、いまだに信じられない。


(相手が油断していたのもあるのかな……)


 ――グリムニル自身、楽しんでいただけのような気もするけど?


 きっと、いくつかの幸運が重なった結果だろう。

 フーラが味方をしてくれた事も、グリムニルが勝利にこだわらなかった事も。


 でも、フランとアーリ――二人が私を信頼してくれた――その事が一番大きい。

 また、本人は否定するだろうけど、ベガートが二人を教えみちびいてくれた。


 私は――この十四年は無駄むだではなかった――と思う。

 特に、今回の功労者はアーリだろう。


 この十四年間、彼は自分の家に対する誹謗中傷ひぼうちゅうしょうえ、密かに実力をつけ、そして、フランを守ってくれた。


(言葉だけじゃ、感謝し足りないよ……)


 ――でも、今はそっとしておこう。


 何故なぜなら、フランに肩を借りる形で、支えられているからだ。


(まぁ、ここ最近、気が張っていたようだし……)


 ――仕方ないよね!


 正直、二人の様子は見ていて微笑ほほえましい。

 私は少し、距離を取って見守る事にした。


(これが一番のご褒美ほうびだよね!)


 そう思いつつ、私は同時に溜息をく。


「はぁ……私も早く、お兄ちゃんに会いたいよ……」


 会って、色々と話がしたい。でも、今は湖に行く方がさきだ。


(もう一つの【石碑せきひ】を探して、なんとかしないと……)


 本来、グリムニルとは、兄と合流してから戦う予定だった。

 この勝利は嬉しい誤算でもある。


(本当はもっと喜ぶところなのだろうけど……)


 ――フランとアーリのきずなの勝利だね!


 そんな事を言うと、フランがまたずかしがって、アーリを叩く可能性があるので、今はめておこう。


「どうするつもりだ?」


 とはアーリ。私の考えを読んだのだろうか?

 いつの間にか、日は完全に沈んでしまったようだ。


 周囲が暗くなってしまったため、アーリは気を利かせ、【精霊石せいれいせき】の明かりを持って来てくれたようだ。


「それなら――」「俺が魔術で送ろう」


 私の言葉をさえぎるように声を掛けられる。

 いつの間にか、教会の門のところに立ち、待っていてくれたようだ。


「お兄ちゃん!」


 ――わっふん、わふわふ!


 私は兄目掛けて突撃するのだが――【守護者ガーディアン】――その単語が頭をぎり、直前で身をひるがえした。


「どうした?」


「な、なんでもないよ……」


 てっきり、飛び込んで来ると思って身構えていたのだろう。

 兄は背を向けた私に対して、戸惑った様子を見せる。


(ううっ……ゴメンね!)


 と心の中で謝る私。兄は、


「まぁいい……」


 そう言って、私を左手で後ろから抱き締めた。


(わふん……?)


 ――いつもより、少し強引だよ?


 そんな私の疑問をき消すように、


「無事で良かった……」


 耳元でそうささやかれ、一瞬で私は顔が真っ赤になる。

 既に辺りは暗いため、夕日の所為せいには出来ないだろう。


「早速、魔術で移動を――」


 そう言って、杖をかかげる兄の右手を、私は――ペチンッ!――と叩く。

 兄は表情こそ変化させない。


 だけど、私を捕まえていた左手を離し、そのまま右の手首を押さえるような形でうずくまった。


 ――まったく、アーリといい、どうして男性は格好を付けたがるのかしら?


(まぁ、そんなところも可愛いけどね……わふん!)


「お兄ちゃん、無理しないで――」


 と私。その手に埋め込んだ【石碑せきひ】が、まだ馴染なじんではいないのだろう。

 兄は平気だと言うのだろうけど、私としては無理をして欲しくはない。


「どころで、ベガートはどうしたの?」


 フランとアーリが気にしている様子だったので聞いてみた。すると、


「奴なら置いてきた――と言いたいところだが、隠し通路を使う可能性があるので、瓦礫がれき撤去てっきょをさせている」


(なるほど!)


 どうやら兄は湖ではなく、一度お城に移動して、隠し通路を使うつもりだったようだ。


 ――わふん! 流石さすがは私のお兄ちゃんね!


 先の先まで読んでいた。でも、分からない事もあるはず

 その一つは、私の行動だろう。


「それにはおよばないよ!」


 私は両手を腰に当て――わふん!――と胸を張る。


 そんな私に対し、フランは瞳を輝かせたが、男性二人は――また、なにか始まったよ――と生暖かい目を向けられた。


 ――失礼な!


 私は大きく息を吸い込むと、空を見上げて声を上げた。

 咆哮ほうこうが夜空に木霊こだまする。


 わぉーん! わぉーん! わぉーん!


遠吠とおぼえか?」


 とアーリ。どうやら、私をオオカミやイヌと勘違いしているようだ。

 妖精だよ!――私はキメ顔をすると、彼はイラッとした表情を返した。


(もうっ、お姫様に対して、失礼な奴め!)


 私は頬をふくらませる。

 だが、アーリはそれを無視して、教会の門の方に視線を向ける。


 こちらに真っ直ぐに向かって来るソレに気付いたようだ。

 フランをかばうように身構える。


 ――来たわね!


 人々は祭りのため、そのほとんどは街を離れている。だけど、残って居たとしても、地を駆る速さはすさまじく、認識すらされなかっただろう。


 真っ白な二頭の獣は、街の中を颯爽さっそうと走り抜ける。

 人々にとっては――突如とつじょ、強い風が吹いた――程度の認識なのかも知れない。


 そして、私達の居る教会の前――その広場――に二匹のオオカミは鎮座ちんざしていた。


「まぁ、大きいですね⁉」


 突如とつじょ、現れた二匹に嬉しそうなフラン。その巨体なら、人間など簡単に一呑ひとのみに出来るだろう。アーリは、


「お前が呼んだのか……」


 と目を見開き、おどろいたの表情を浮かべている。一方で、


「コイツらは……」


 と兄。何処どこなつかしそうにつぶやく。知っているのだろうか?

 でも、今はそんな事よりも重要な事がある。


 私は――お兄ちゃん、めてめて――と獣耳をピコピコと動かし、兄へ頭を差し出した。


「クタル――その能力、使いこなせるようになったのか……」


 当然のように、兄は優しく私の頭をでてくれる。

 えへへ♥――私は喜びつつも、


「わおん!」


 ともう一声。すると、その巨大なオオカミ達も――わふっ!――とえた。


(本当は、もう少し甘えていたいところだけれど……)


 名残惜なごりおしいけど、私は兄から離れる。

 そして、呼び出したその二頭の前に移動した。


 手を伸ばし、彼らに触れると――連れて行って――とお願いする。

 するとオオカミ達は頭を下げ、うつ伏せになった。


(いい子ね! ありがとう……)


 私は心の中でお礼を言うと――さぁ、皆も乗って!――と声を上げる。

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