第59話 やっぱり、ラブラブね!


 気付けなかった!――いや、私の意識だけを数秒、飛ばしたのだろう。

 彼には人の心を操る能力がある。


 回避は難しい。グリムニルの手が私に触れる。


 ――刹那せつな


 シュンッ!――銀閃ぎんせんと共に空を斬る音が聞こえた。

 グリムニルは素早く後退すると、元の位置に戻る。


なにが起こったのだろう?)


 見ると、アーリが短剣を振り下ろしていた。私の足元には、少年の腕が転がっている。グリムニルは斬られた腕を押さえながら、


「これはどういう事だい?」


 などと何処どこか嬉しそうに質問してくる。

 腕を斬り落とされたというのに、よく分からない反応だ。


 加えて、グリムニルの声は私にしか届かない。当然、誰も教えるはずがない。

 私が身構えたのを見て、アーリも再び、無言で構え直す。


 その双刃そうじん白銀はくぎんに輝いていて、通常の刃ではない事は明白だ。

 誰が見ても、気が付くだろう。


「なるほど……」


 とグリムニル。状況を理解したようだ。


「お姫様の動きを見て、ボクの位置を特定したのか」


 やれやれ、参ったね――と彼は肩をすくめる。

 痛みを感じているはずだけれど、それすら楽しんでいる様子だった。


(退屈をまぎらわす事が出来れば、なんでもいいのかしら?)


 私は一種の狂気を感じた。


「お姉様、なんて言っていますの?」


 フランの問いに、


「フランとアーリはラブラブだね――って言っているわ」


 と私は返す。

 まぁ、どうしましょう!――とフランはほほを染め、アーリの背中をバシバシ叩く。


「痛いっ、止めさせろ!――適当な事を言うな……」


 とアーリ。


(わふん?)


 私的には――間違っていない――と思うのだけれど、なにがいけなかったのだろうか?


「アハハ!――キミ達、戦闘中に余裕だね」


 とグリムニル。

 君もだよ!――と私は突っ込みたいのを我慢がまんする。


「まったく、【地獄ヘルズ】も余計な事を教えたモノだ」


 そう言って、少年の姿は霧のように消えた。


(余計な事――というのは、フランの魔術の事ね!)


 グリムニルがフランに近づかない理由の一つに――<光>の属性持ち――というのがあるようだ。


 フーラに教えてもらった情報によると、【不死】ノスフェラトゥは一様に<光>属性の魔術に弱いらしい。


 私はその事を二人に話すと、アーリがフランの魔術を武器に掛ける事を提案した。

 グリムニルを斬る事が出来たのも、それが理由だ。


 しかし、同時に警戒されてしまったらしい。

 姿を消されては、いくらフランでも、目で追う事は出来ない。


(なら、今度は私の番ね! わふっ!)


 先程のように、意識を飛ばされてはかなわない。目をつぶり、臭いを追う。


「後ろ!」


 私が言うよりも早く、フランが動いていた。

 光をまとった剣が、なにもない空間を斬り裂く。


「ぐはぁっ!」


 苦痛に対する叫び声と共に景色がゆがみ、グリムニルが姿を現す。

 右肩から左の脇腹に掛けて、身体が裂けていた。効果は抜群だ!


「今度は、なんで分かったのさ」


 ハァハァ――苦し気に息を荒げつつ、やはり、嬉しそうなグリムニル。

 傍目はためにはショック死していても可笑おかしくないような怪我けがだ。


(でも、平気なようね……)


 子供の姿をしているだけに、見るにえない。

 しかし、私は自分をいつわる。


「フラン! すごいわん!」


 と声を上げ、尻尾をパタパタさせる。

 どうして、反応出来たの⁉――と目を輝かせた。


「お姉様の尻尾を見ていれば、敵の動きを探るなど、造作もありません!」


 彼女はそう言って、胸を張った。


(私の尻尾に、そんな使い方が……)


 おどろきである。これには、グリムニルも同様だったのか――ポカン――と間抜けな表情をしていた。


 一方で、アーリはこの状況を見逃さない。

 グリムニルの前に移動すると、短剣で何度なんども斬りつける。


(早い!)


 あっという間に、細切れになる。見ていて気持ちのいいモノではない。

 だけど、ここで視線をらす訳にもいかない。


「なるほど……」


 とはグリムニル。

 ゴロン――と首だけになり、床に転がる。


「氷の刃か――どおりで見えないはずだ」


 アーリは短剣に氷の刃をまとわせていた。

 これにより、見えない刃となり、敵を斬り裂く。


 目視では確認が難しいため、得物の長さを勘違いした相手は、瞬時に斬られるという訳だ。更に氷は光を通す。フランとの術の相性もいい。


 散々、人々をあざむいて来た【不死】ノスフェラトゥの少年が、自分と同じような手に引っ掛かって殺られるとは、自分でも滑稽こっけいだったのだろう。


 満足そうな顔をして、黒い灰へと変わり、消えていった。


「終わったのですか?」


 とフラン。私は首を横に振る。死なないから【不死】ノスフェラトゥなのだ。

 フーラの話では、肉体を失うだけで、またよみがえるという。


「最初に説明した通りよ」


 彼らをどうにかするには、封印をほどこすくらいしか出来る事はない。

 ただ、<光>の魔術によって倒されたため、直ぐに復活する事はないはずだ。


 これもフーラが教えてくれた。彼が復活するのは、何十年か後だろう。

 どうにも、魂が眠りにつくらしいのだが、良くは分からない。


「ご苦労でした、アーリ……」


 いえ――とフラン。息が上がっているアーリに、


「アリスタウス・ヴォルターム――よくぞ、騎士ナイトヴォルタームの無念を晴らしました」


 それでこそ、わたくしの騎士ナイトです――と告げる。

 アーリは刃を収めると――ハッ――そう言って、片膝を突く。


(わふ? 名前は聞いていたけれど……なんで家名まで知っているの?)


 ――それに何処どこかで聞いた事があるような?


 私は腕を組んで考える。見兼ねたアーリが、


「ヴォルターム家は取りつぶしになった――王族を殺した罪でな」


 と教えてくれた。


 ――わふん? あっ、思い出した!


 確か教会が、王妃を殺した罪を『ノイシュ・ヴォルターム』という騎士にかぶせたはずだ。


「じゃあ、アーリは……」


 私の言葉に、


「アーリはアーリですよ! お姉様……」


 とフラン。

 気付いていたの?――私が耳打ちをすると、


「名前を聞くまでは分かりませんでした」


 フランは答える。次に私はアーリを見た。

 どうして隠していたの?――という視線を向ける。


 フランは王妃殺害が嘘だと知っているはずだ。隠す理由などない。

 アーリは溜息をくと、


「フランが気にするだろ……」


 国を安定させるためとはいえ、オレの家に罪をかぶせている事を――と語る。


(なるほど……わふん!)


 どうやら、アーリはフランに一人の人間――いや、男性として見てもらいたかったらしい。勿論もちろん、最初はベガート辺りに黙っているように言われたのだろう。


(それがいつの間にか……)


 ――わふん! わふん! わふん!


「やっぱり、ラブラブね!」

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