第58話 何が楽しいのよ⁉


 私は気が付くと、【石碑せきひ】に手を当てたまま、教会の最下層に立っていた。

 横を向くとフランの顔があったので――ホッ――とする。


 ――戻って来れたのね!


 フーラがその気になれば、きっと、私が帰って来る事は出来なかっただろう。

 【石碑せきひ】へと伸ばした私の手に、フランの手が重なっている。


(私の可愛い半身……)


 フランも気が付いたようだ。お互いに目と目が合い、微笑ほほえむ。


(綺麗な金色の瞳……)


 しかし、安心した所為せいだろうか?

 私はふらつき、ひざを突いてしまった。


(わふ? 立っていられない……)


 恐らく、【石碑せきひ】を通じて、意識を持っていかれていた所為せいだろう。

 感覚が戻るのに、時間が掛かりそうだ。


「大丈夫ですか⁉ お姉様っ……」


 とフランが慌てて私を支えてくれる。

 ありがとう、大丈夫よ――私が言うと、彼女は安堵あんどの表情を浮かべた。


「急がなくちゃ……」


 私の言葉に、フランは一瞬、躊躇とまどったが、


「お願い……」


 一言告げると、私を支えてアーリの元へと連れて行ってくれた。

 【石碑せきひ】を守る結界から出ると、今度はアーリも肩を貸してくれる。


(どうやら、結界のそばで、待ってくれていたようね……)


 二人にはさまれるような形で運ばれながら、


「良かった! 上手くいったみたい……」


 私は微笑ほほえむ。アーリが元気になったという事は、黒い【魔力マナ】が正常に戻ったという事だろう。


「ああ、お前達のお陰だ」


 とアーリ。彼は一旦、私を休ませる事を提案したのだけれど、


「お願い、湖に急いで――」


 ドロドロになった教会の人間。アレをどうにかしなければいけない。

 つまり、もう一つの【石碑せきひ】にも、触れる必要がある。


(兄やベガートは強がっていたけれど……)


 ――多分、ぐには動けないよね?


 前にも一度、旅先で黒い【石碑せきひ】の欠片かけらを身体に埋め込んだ魔術師に会った。

 結局、彼は暴走し、兄が止めを刺す形になったのだ。


 その後、【石碑せきひ】の欠片かけらを処分する方法が分からず――厳重げんじゅうに封印する――という方法を取った。


 だけど、それは神官でなければ難しいだろう。


(この国の神官に頼むのは危険だよね……)


 それに、高位の神官が残っているとも限らない。

 ベガートの贖罪しょくざいもある。だから、兄はあの方法を取ったのだろう。


(やっぱり、お兄ちゃんは優しいよ……)


「ゴメンね――でも、二人にはってもらいたい事があるの……」


 私はフーラから教えてもらった【不死】ノスフェラトゥの弱点を話すのだった。



 †   †   †



「アハハッ――安心したよ」


 てっきり【地獄ヘルズ】の連中と行ってしまったのかと思った――と聖衣ローブまとった少年。

 ようやく、地上へ戻ってこれたと思ったら、グリムニルと遭遇そうぐうしてしまったようだ。


 【魔人】の出現と建国祭もあり、人の気配は感じない。


(逃げたのかな? それとも、祭の準備で移動しただけ……)


 どちらにせよ、近くに人の気配はなかった。

 だからこそ、教会の正面から出ようとしたのだ。


 ――けど、りにって、このタイミングで会うなんて!


(いや、グリムニルの事だ――行動を読まれていたのかも……)


 私も、自分の足で歩けるくらいには回復していた。足手まといにはならないだろう。

 問題なのはアーリだ。恐らく、彼はグリムニルを認識する事が出来ない。


 ただ、私とフランの様子で理解はしたようだ。

 私達を守るように前に立ち、短剣を構える。


(二刀流?――この国では珍しい剣技ね……)


 ――教えたのはベガートなのかな?


 少なくとも、騎士の戦い方ではない。


(しかし、礼拝堂チャペルで待ち構えているなんて……)


 やはり、私達がここへ来る事を最初から知っていたみたいだ。

 硝子絵ステンドグラスから差し込む夕日が、幻想的に室内をいろどっている。


「お兄さんはボクの事を認識すら出来ていないようだね」


 いつもながら、嬉しそうに少年は笑う。

 相変わらず、なにを考えているのか分からない。


「お姫様の方は、見えているだけで、ボクの言葉は聞こえないのだろ?」


 フランが持っている私の能力とやらは、その金色の瞳と白銀の髪らしい。

 それでも、グリムニルを認識出来る事は十分な強みだ。


「ボクの招待状は届いたかな?」


 聖衣フードを下ろし、聞いて来る少年に対し、


「破って捨てたわよ!」


 わふん!――と私は返す。


ひどいなぁ」


 とグリムニル。ひどいのはどっちだろう。

 きっと、私達の国だけではないはずだ。


「世界を滅茶苦茶めちゃくちゃにして、どういうつもり!」


 アーリの前に出ると、私は問いただす。

 グリムニルは平然とした態度で――聞いただろ?――と逆に聞き返してくる。


「人々を苦しめて、なにが楽しいのよ⁉」


 私の言葉に、


「楽しいさ――ボクは死ねないからね。代わりに死んでくれる存在は有難ありがたいよ」


 グリムニルは――狂っている――としか思えない返答をする。

 でも、彼らにとっては人間など、その程度の存在なのだろう。


 沸々ふつふつと怒りがいたけれど、


「お姉様……」


 フランのその瞳が、私に冷静さを取り戻させてくれる。

 どうやら、グリムニルは私を怒らせるためわざと言葉を選んだようだ。


 ちぇっ、残念――と悪態あくたいくと、


「世界を追い詰める事で――クタル、君のような存在を作り出す事が目的さ」


 そう言って、聖衣ローブに手を掛ける。純白のそれは、漆黒へと変わる。

 戦う気なのだろう。もうぐ、夜になる。


(きっと力尽ちからずくで、私をさらう気なのかも知れない……)


 私同様、彼らもまた、夜の方が能力を最大限、発揮する事が出来る。


「【地獄ヘルズ】の連中のように――ただ待つ――などという考えでは時間が掛かり過ぎるからね」


 退屈は嫌いなんだ――そう言って、グリムニルはこちらに向かってゆっくりと歩いて来た。


 いや、次の瞬間には私の前に立っていた。

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