第57話 いえ、もう聞いちゃってますよ!


「待て、ベガート!」


 と言って、兄は【魔人】の元へと移動したベガートを引きめた。

 【魔人】は巨大な石の腕におさえつけられ、身動きが取れないようだ。


 からまった植物が【魔人】の【魔力マナ】を吸い上げている。

 これなら、強力な魔術を使う事も出来ないだろう。


「お前の考えは分かっている」


 そう言って、兄も素早く彼の元へと移動した。一方、


「分かっているのなら止めるな……」


 とはベガート。奥歯をめ、くやしそうな表情をする。


「俺も半分、背負せおうと言っただろう」


 兄はそう言うと、彼と歩調を合わせて【魔人】へと近づく。

 そして、その胸元へと杖を突き立てた。


 するとどうだろう?――【魔人】の胸から黒い【石碑せきひ】の欠片かけらが浮かび上がる。

 いとも容易たやすく、【石碑せきひ】の欠片かけらを取り出す事に成功したようだ。


 黒い【石碑せきひ】の欠片かけらは空中で静止する。

 丁度、兄とベガートの間で漂っていように見えた。


(わふ? なにをする気なのかな……)


 心配になって、私は近づく。こちらの声が届かないのがもどかしい。

 黒い【石碑せきひ】の欠片かけらは、かすかだが、いまだに黒い【魔力マナ】を集めようとしていた。


 ――これって、不味まずいよね?


(わふん? どうするつもりなんだろ……)


「いいのか⁉ お前にはエレノア様……クタルを守る使命があるのではないか?」


 ベガートが心配そうな表情をする。しかし、


「問題ない――クタルはこの国に置いて行く」


 と兄が語る。


 ――そ、そんな⁉


 私はショックを受け、茫然ぼうぜんとする。

 後ろへ、よろめいてしまった。


「だから、『月の娘クタル』の名前を付けたのか?」


 とベガート。兄はうなずくと、


「ああ――お姫様は月に帰る――という話だからな……」


 そう言って、視線を下に向けた。だけど、


「最初はそう考えていた――だが、今は違う!」


 と言い放った。そして、ベガートに向き直る。


(わふ? お兄ちゃん……)


 私は首をかしげ、兄の顔をのぞき込むと、


「この【石碑せきひ】を身体に取り込む」


 そんな事を言い出した。


 ――ダメだよ!


(そんな事をしたら、【魔王】になってしまう……)


 私は止めようと手を伸ばしたが、所詮しょせんは映像でしかない。

 り抜けてしまうだけだった。


「止めておけ」


 とベガート。だが、


「お前だって、そのつもりだろう? それがつぐないか……」


 兄は問いただす。彼は、


「師匠もそうしようとした――いや、それで失敗した」


 と残念そうに語る。

 どうやら、師匠さんの死の真実は黒い【石碑せきひ】の欠片かけらにあるようだ。


「暴走した師匠に止めを刺したのは、このワタシだ!」


 ベガートは怒鳴どなるが、兄にはお見通しだったようだ。


「そうだ、師匠が失敗した事を『お前が成功出来る』とは思えない――」


 真っ直ぐに彼を見詰めると、


「でも、二人なら――」


 そう言って、杖をかざす。

 魔術で黒い【石碑せきひ】の欠片かけらを半分にする。


「出来る――というのか……」


 驚愕きょうがくするベガートに対し、


「しなければならない――何故なぜなら、姫を連れ去るのは【魔王】の仕事だからな……」


 と兄。その台詞に最初、彼はキョトンとしていた。

 だが――クックックッ――とこらえるように笑みをらす。


(わふ? どういう意味だろう……)


 二人の会話の意図が分からず、私が考えていると、


「つまり、リオルは【魔王】となって――姫であるクタルを誘拐する――と言っているのではないですか?」


 フーラが教えてくれる。


(わふん! なるほど……)


「ええっ!」


 私は声を上げておどろく。しかし、


「俺にはクタルが必要だ。アイツの居ない人生など、意味がない」


 などと言い切る。


 ――お兄ちゃん! 早まってはダメだよ!


 と言いたい私だったが、兄の言葉で顔が真っ赤になってしまった。


なんだか、すごく恥ずかしいよ……)


 今は精神アストラル体だけど、私は両手で顔を押さえて、その場にうずくまる。


「黙っていれば、クタルには分からないさ……」


 ――いえ、もう聞いちゃってますよ!


(しかも、こんな至近距離で……)


「それに……この国を救う事がアイツの願いなら、俺はそれをかなえる――そのためにすべてを利用する!」


(ううっ、お兄ちゃん……)


 なんだか、聞いてはいけない事を聞いてしまった気分だ。

 私はなんとか起き上がる。


「お前、本当に変わったな――」


 とベガート。

 半分になった【石碑せきひ】の欠片かけらを手にすると、そのままこぶしに吸収した。


「うっ」


 バチバチッ!――と黒い【魔力マナ】が左手からあふれ、暴走する。

 ひざを突いたが、なんとか制御に成功したようだ。


「楽勝だな……」


 などと嘘をく。額からは変な汗が出ているし、足元はフラフラしていた。


「無理するな」


 兄は苦笑すると、右手で残った【石碑せきひ】の欠片かけらつかむ。

 すると、ベガートと同様にひざを突いた。そして、


「楽勝だな……」


 とつぶやく。


「嘘をくな……」


 とベガート。そんな彼に対し、


「嘘じゃない――しばらく、クタルをモフモフしていないから、禁断症状でフラついただけだ!」


 と言い放った。


(お兄ちゃん……)


 ――それはそれで恥ずかしいよ!


 一方、ベガートも同じ感想を抱いたようだ。

 それはそれでどうなんだ?――と言いつつ、【石碑せきひ】を埋め込んだ左手をかばう。


「はわわわん! 二人共、辛そうだよ」


 私は思わず声を上げると、二人を交互に見詰め、オロオロとする。


「大丈夫ですよ。おさえ込む事に成功したようです」


 まったく、無理をしますね――とフーラはあきれていた。

 ベガートは王族の血を引いている。兄も同じなのだろうか?


(無事で良かったよ……)


 私は――ホッ――として胸をで下ろした。

 良かったですね――とフーラ。続けて、


「では、名残惜なごりおしいですが、そろそろお別れです」


 リオルの元に行くのですか?――そんな彼女の質問に、


「うんん、私にはやらなくちゃいけない事があるから……」


 そう言って、私は首を横に振った。

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