第56話 あの子達が、この国の希望なんだよ!


「もうっ! お兄ちゃんたら……イストルに危ない事をさせないで欲しい!」


 ――わふん! ディオネの事もあるし、後でお説教ね!


(私の事を大切に思ってくれての行動なのは分かるけど……)


 子供達を危険な目にわせるのは感心しない。

 そんな私の様子に――フフフッ――とフーラは笑った。


「顔と言動が一致していませんよ」


 とフーラ。


 ――おっと、いけない!


 兄が私のために色々とやってくれた事は想像が付く。

 なので、つい嬉しくて、顔がにやけてしまったようだ。


(わふっ! 反省、反省……)


 私は顔をマッサージする。一方、


「それにしても、やはり人間は面白いですね」


 とフーラ。なにやら機嫌がいい。


「どうして、そう思うの?」


 私が質問すると――そうですねぇ――彼女はあごに手を当た。

 そして、答えが出たのだろう。


「まずは子供達です」


 と答える。


「彼らは教会の手により、親や住む場所を失いました」


(わふん! ひどい話だよね……)


 怒りと同時に、悲しくもなる。

 でも、私の知っている孤児院の子供達は明るくて元気だ。


 ギーにカークス、ジャン。男の子三人はやんちゃで困る。

 サンシャはおませな女の子で、ピュラは大人しく人形好き。


 学ぶ事にも意欲的で――心配ない――と兄も言ってくれた。


「教会にとっては、子供達は取るに足らない存在でした」


 ――そんな事はないよ!


 私はフーラに向かい、


「あの子達が、この国の希望なんだよ!」


 わふん!――といきどおる。

 彼女も――分かっていますよ――と手の平を向けて私を制した。


「そのはずだったのです。それがどうでしょう? この国の病巣びょうそうともいえる教会をこうも容易たやすくひっくり返してしまう切り札になるとは――」


 彼女はそう言って、楽しそうに天をあおいだ。

 これだから、人間は面白い!――などと声を上げる。


(わふん! 流石さすがは私のお兄ちゃんだよ!)


 私も鼻が高い。

 どう? すごいでしょ!――と私は両手を腰に当て、胸を張る。


「ええ、本当に……誰もが無力と思い、助けるべき存在と考えていた子供達がこの国を救うとは――おどろきです」


「それは違うよ」


 と私はフーラの手を取ると、


「私は見て来たんだよ。この国の人達を――」


 皆、一生懸命に生きていたよ――そう言って、彼女の目を見る。


「だからだよ! 誰しもが――どうにかしなくちゃ――って足掻あがいていたと思うの!」


 子供だけじゃない! 大人だって、足掻あがいていたのだ。

 兄がくすぶっていたその心に火を点けた。そして、大きな力に変えたのだと思う。


「フーラ! 私、貴女あなたの事も好きだけど……やっぱり、一緒には行けないよ!」


 今は一刻も早く、皆の元に戻りたい。

 その思いは、フーラにも伝わったのか――分かりました――と彼女はうなずく。


「でも、しいですね」


 そう言って、静かに首を振った。


「今回の件は、すべてクタルを起点としているようです」


 敵も味方も関係ありません――彼女は私の手を離すと、


「どうやら、貴女あなたの本当の能力はそこなのでしょうね」


 そう言って微笑ほほえむ。


(わふ?)


 私は首をかしげる。


「つまり、優れた身体能力でも、耳や尻尾でもなく――人々の中心となる事が出来る――その心こそが、我々にも必要だという話ですよ」


 フーラは相変わらず、むずかしい事を言う。


「本来、リオルという青年は、自ら動いて人を助けるタイプではないでしょう」


(そんな事はないよ! お兄ちゃんは優しい人だよ!)


「怪我をして退役したという男も、本来ならクタルのような女の子に、闇市を紹介するような人間ではありません」


(そうかな? 気のいいおじさんだったけど……)


「闇市の男達も、人に裏切られ続けてきました。彼らが人を信用する事などなかったでしょう」


(わふ? 調子のいい連中にしか見えなかったけど……)


「クタル――貴女あなたはそうやって、いつも人々を照らすのですね」


(正直、過大評価だよ……わふん!)


 ――否定しても、納得してくれそうな雰囲気じゃないよね?


「さて、そろそろ、あちらも決着がつきそうですね」


 そう言って、フーラは再び、片手を軽く上げた。

 ゆっくりだった景色が、再び動き出す。


 見ると巨大な腕が空中に浮かんでいた。

 それはベガートの魔術で出来た石の腕だ。


 そして、兄の魔術により、植物が石同士をつなぎ合わせている。

 まるで本物のように、関節が動くようだ。


 同時に大地から生えた樹木に支えられ、しなる鞭のように素早く振り下ろされた。


 ――ドンッ!


 勿論もちろん、相手は黒い【石碑せきひ】の力により、【魔人】と化した国王である。


 負の【魔力マナ】のかたまりとなった国王は、普通の攻撃では倒す事が出来ないのかも知れない。


「【石碑せきひ】の修復により、黒い【石碑せきひ】に流れる【魔力マナ】は半減しました」


 とフーラ。続けて、


「また、負の感情の多くが教会に向けられた事で、【淀み】が暴走する心配もありません」


 と教えてくれる。すべては兄の計算なのだろう。

 私達が【魔力マナ】の流れを正す事も、負の感情が教会へ向けられる事も、そして――


 ベガートと力を合わせて戦う事も、そのすべてが兄の作戦だ。


「良かったね……お兄ちゃん――」


 何故なぜか私の目に涙が浮かんだ。

 言葉にすると、兄は否定するのだろう。


 でも、心から信頼し合える存在を兄は取り戻したのだ。

 それだけで、人はこんなにも強くなれる。

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