第49話 先ずは、私から行くね……


(ふーっ、やっと着いたよ……)


 最下層に降りた私は、にぎっていたフランの手を離す。結構、深い場所まで降りては来たけれど、迷うほど、道が入り組んでいた訳ではない。


 ただ、このような地下空間は、歩いているだけでも距離や時間、方向などの感覚を狂わせる。


 初めての場所に対して『不安』という事もあり、私達は自然と手をつないでいた。


(こうすると、何故なぜか安心するんだよね……)


 ――やっぱり、双子だからかな?


「大きいですね……」「そうだねぇ」


 フランの言葉に私は同意した。最初に見た時も思ったけれど、確かに大きい。

 最下層に存在するソレは、思わず見上げてしまう程の大きさだ。


 恐らく、今まで見た【石碑せきひ】で一番大きいだろう。保存状態もかなりいい。


(これは、お兄ちゃんが喜びそうね……)


 ついつい、夢中になる兄の姿を想像してしまった。思わず、笑みがこぼれる。


(ちょっと、不謹慎ふきんしんだったかな……?)


「周囲の様子はどうだ?」


 とはアーリだ。なんだかつらそうな表情をしている。


(それも、そのはずよね……)


 巨大な【石碑せきひ】からは、絶え間なく、黒い【魔力マナ】が流れ出ていた。

 【魔力マナ】が潤沢じゅんたくである状況は、普通の国でなら、喜ぶべき事象だ。


 しかし――


(これが……【よどみ】なのかな?)


 ――私の【魔力マナ】と同じ色なんて……嫌な感じ。


 地上で暮らす人々の負の感情を集めた場所。

 グリムニルの言う通り、平気な私とフランは特別な存在のようだ。


「大丈夫ですか? アーリ……」


 とフランが心配して、彼をささえる。どうやら、かなりつらいようだ。


(無理もないか……)


 私が意識して【魔力マナ】の流れを見ると、周囲には黒い【魔力マナ】が霧のように立ち込めていた。


 兄やベガートならだしも、魔術師としては未熟なアーリでは、キツイのだろう。


 私は彼に代わって、周囲の様子を確認する。耳を使って、音を聞き取った。

 しかし、人の気配を感じる事はない。


(それもそうか……)


 ――こんな場所に、普通の人間がひそんでいられる訳がない。


「誰も居ないようね!」


 そんな私の言葉に――分かった――とアーリ。続けて、


「じゃ、早いところ頼む。オレはこの場に居るだけでつらい」


 とフランから離れ、ひざを突いた。

 やはり、特別な【魔力マナ】を持つ者しか近づけない場所なのだろうか?


(いや、違うようね……)


 ――明らかに、黒い【魔力マナ】となってあふれている【よどみ】が原因だ!


 私は不安そうなフランの肩に手を乗せると、


「早く、【魔力マナ】の流れを正さないとね!」


 そうすれば、アーリは大丈夫だよ!――と彼女に教えて上げる。

 フランは躊躇ちゅうちょしたが――自分に出来る事はない――と判断したのだろう。


「行ってきます……」


 静かにアーリから離れた。その言葉に、


「ああ、早いところ頼む」


 とアーリ。強がっているのは明白で、ひたいからは汗を流し、顔色も良くなさそうだ。それでも、彼は落ちていた小石を拾うと、【石碑せきひ】に向かい投げた。


 すると、まるで空中に壁でもあるかのように、見えないなにかにつかり、小石がはじかれる。


「結界?」


 首をかしげる私に、


「そのようだな……」


 とアーリ。彼はそう答えた後、


「どの道、オレは結界の中には入れない――ここで待っている」


 そう言って、フランを見詰めた。そして、


「アリスタウスだ」


 とつぶやく。私は首をかしげたが、フランには、ぐに意味が通じたようだ。

 彼女の瞳に光が宿るのを見た。


「オレの名前だ……」


 とアーリ。私にとっては今更だが、フランにとっては違うようだ。

 彼女は意を決したのか、立ち上がると外套ローブを外す。


 私も見習い、修道服イノセント・ドレスを脱ぎ捨て、耳と尻尾を出した。同時に――ザワザワ――と毛が逆立つ。尻尾が敏感に【魔力マナ】の流れを感じ取ったのだろう。


(嫌な感じがするよ……)


 今度はフランが、私の手を引いて歩いてくれる。

 そして、【石碑せきひ】へと近づいた時だった。


 ――わふ?


(今、なにかを通り抜けたような気がしたけれど……)


 どうやら無事、結界を通り抜ける事に成功したようだ。

 フランも不思議そうに振り向く。


「お姉様……今のが?」


「そうだね――きっと、結界だよ……」


 私は彼女の問いに答える。

 疑っていた訳ではないけれど、どうやら、私達は本当に【巫女みこ】のようだ。


 私はフランと並んで歩く。アーリから勇気をもらった彼女だったが、【石碑せきひ】を前に、かすかにふるえていた。


(無理もないよね……)


 【石碑せきひ】からあふれるように、流れ出ている黒い【魔力マナ】が、まるでどろのように見える。


(近づくだけでも、勇気がるよ……)


 それでも、フランが頑張っているのは、アーリが居るからだろう。

 素直に――うらやましい――と思う。


(お兄ちゃんはどうしているのかな?)


 つい、そんな事を考えてしまった。

 本来、神聖なモノとされる【石碑せきひ】だが、この状況では禍々まがまがしく映る。


ずは、私から行くね……」


 そう言って、【石碑せきひ】へと手を伸ばすと、


「待ってください! お姉様……」


 フランに止められる。目と目が合い、


「一緒に……」


 と言われ、私の手にフランが手を重ねる。

 私達は互いにうなずくと、今度こそ、【石碑せきひ】へと手を伸ばした。


 どろのような黒い【魔力マナ】の流れの中に手を入れる。そして、【石碑せきひ】へと触れた。【魔力マナ】が流れている所為せいか、冷たくは感じない。


 また同時に、私とフランが触れた事で、【石碑せきひ】自体が光り出す。

 信者の一人でも居て、この光景を見ていたのなら、なんと言うのだろうか?


 ぐ隣に居るはずのフランの顔でさえ、見えなくなる。

 そんな、まばゆい【魔力マナ】の輝き。


 光に包まれて、私の意識はそこで途絶とだえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る