第50話 止めて! 聞きたくない!


 ここは一体、何処どこなのだろう?

 気が付くと、私はなにもない、真っ暗な空間に居た。


 果てしなく、続く暗闇。


(どちらが上で、どちらが下かも、分からなくりそう……)


 ――いや、違った!


 真っ暗だった世界に、キラキラと光のつぶが現れる。

 それはまるで、夜空に浮かぶ星のように、無数にまたたいていた。


(まるで、星の夜空を散歩しているみたい……)


 だが、今の私に感動している余裕はない。

 一緒に居たはずのフランの姿がないのだ。


「おーいっ! フランっ!」


 ――わおーん!


 無駄な気もするけど、私は声を上げる。そして、耳をます。

 だけど、返答は一切なかった。


 さえぎるモノがない所為せいか、私の声が反響する様子もない。

 吸い込まれるように音が消えて行く。


「わふん……」


 私が途方に暮れ、項垂うなだれていると、


「呼びましたか?」


 と少女の声がした。


「フランっ!」


 私は急いで、声のした方を振り向くのだが――そこに居たのは小柄な少女だった。

 何故なぜか軍服に身を包んでいる。


 私があからさまに落ち込んだ顔をしたのがいけなかったのだろう。


「人を呼び付けておいて、その態度は頂けませんね……」


 少女は少し、ほほふくらませる。

 切りそろえられた整った髪に、りんとした立ち居振舞い。


 そこから、彼女の性格の片鱗をうかがう事が出来た。


「ゴメンなさい……」


 で、貴女あなたは誰?――私は素直に謝ると、少女を誰何すいかする。


「フーラですが?」


 少女はそう答え――呼んだのは貴女あなたですよ――と不思議そうな表情をした。


(呼んだのはフランなのだけれど……)


 夜空のような藍色の髪に、冷たい紫の瞳。綺麗な顔をしている。

 私は深く考えるのをめた。


「えっと、私はクタル! 見ての通りのオオカミ少女よ!」


 わふん!――と挨拶をする。

 だけどフーラは――オオカミ?――再び、首をかしげた。そして、


「どう見ても、【楽園】アヴァロンの方とお見受けしますが……」


 と申し訳なさそうに言葉をつむぐ。


 ――わふ? 【楽園】アヴァロン


(どうやら、私と彼女の間には、知識にへだたりがあるようね……)


「えっと、ゴメンね――詳しく説明してもらっても……いいかな?」


 私は視線を合わせるためにかがむと、


「構いませんが、ワタシは子供ではありません」


 フーラと名乗った少女は、少し――ムッ――とした態度を取る。


(小柄な姿に劣等感コンプレックスがあるようね……)


 どうやら、悪い事をしたようだ。私は姿勢を正し、普通に接する事にする。

 するとフーラは、


「いえ、ワタシも久し振りの【起動ブート】でしたので、失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません」


 そう言って――ペコリ――と頭を下げた。それよりも、


 ――【起動ブート】?


 また、分からない単語が出て来る。

 フーラも私の態度に疑問が生じているのだろう。


 なにやらあごに手を当て、考え始めた。

 私は待つ事にする――というか、他になにも出来ない。


(旅をして、沢山の夜空を見てきたけど……)


 この空間は、私の知っている空とは違うようだ。


「ここは宇宙――正確には、精神アストラル体となって、過去の記憶を見ているに過ぎません」


 そう言って、フーラは姿勢を正すと、


「失礼しました――状況から推測しますと、【楽園】アヴァロンをご存じないようですね」


 明らかに、ガッカリした態度を取る。

 幼く見えるため、申し訳なく思い、私はつい――ゴメンね――と謝ってしまう。


 一方――いいえ――とフーラは首を左右に振ると、


「そういう事も考慮して、我々は肉体を捨てています」


 問題ありませんノープロブレム――と答える。私はまたも、首をかしげた。


(はて?――肉体を捨てた――とはどういう事だろう……)


「どうやら、身体的特徴だけで……記憶は引きがれなかったようですね」


 それでも、同胞は歓迎です――とフーラ。

 彼女は少し残念そうにしていたが、ぐに笑顔を浮かべる。そして、


「クタル――貴女あなたのような存在に真実を告げるのも、ワタシの仕事です」


 と続けた。同時に、


「しかし、本来は赤ん坊の時に……」


 とつぶやく。

 どうやら、本来ならば、私はもっと昔に彼女と接触していたらしい。


「事件があって、ここに来れなかったの……」


 と私。そうですか――と彼女は納得する。しかし、


「邪魔でもされましたかね――【不死】ノスフェラトゥ辺りの仕業ですか……」


 困ったものです――フーラはつぶやく。


【守護者】ガーディアンのお陰で助かったようですね」


【守護者】ガーディアン?」


 フーラの言葉を思わず反復する。


「おや? 生まれた時からそばに居て、守ってくれる存在の事です」


 周囲の者よりも、能力が高い存在です――とフーラ。


(お兄ちゃんの事だろうか?)


「可哀想な存在でもありますが――」


「どういう事?」


 私が聞き返すと、


「こちらに好意を抱くように作られ、大抵の命令は聞いてくれます……よね?」


 逆に聞き返してくる。


「ん?」


 首をかしげる私に対し――なにか?――とフーラも疑問符を浮かべる。


(どういう事だろう……)


 心臓が早鐘のように鳴った。


 ――いや、今は精神アストラル体だから、大丈夫なのかな?


 理解したくないからだろうか、頭が混乱する。


「ですから、クタルのような存在を守るため、生まれた際に【守護者】ガーディアンとなる者が誕生するよう、この世界には仕組まれているのですよ」


 ――止めて! 聞きたくない!


「つまり、クタルを守る人形ですね」


 ――私のお兄ちゃんは、そんなのじゃない!


「心当たりはありませんか? その存在意義すべてをクタルのために使う――それをいとわない者が――きっと、そばに居たはずですよ」


 ――止めて……知りたくないよ。お兄ちゃんは違うの!


「クタルの命令を聞く、都合のいい存在です」

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