第22話 お兄ちゃんが私の運命だよ


(皆、動きに迷いがないみたいね……)


 恐らく――以前より逃走する計画を立てていた――と考えるべきだろう。

 小男は簡単な指示を出しただけで、後は地図を広げ、真剣な顔をしている。


(別々に逃げるみたいだから、ルートの確認かな?)


「本当に高価な商品は置いて行くんだ……」


 思わずつぶやいた私の一言に、


「高価な物はさばく時、足も付きやすいんでさあ」


 と小男。お兄ちゃんが、


何処どこに持って行っても、さばきやすい商品だけを選んでいるようだな」


 と補足してくれた。


(どうやら、真面目にやり直す気はあるみたいね……)


 ――感心感心!


 準備はおどろくほど、早く終わる。

 小男たちは三台の馬車に別れて乗り込むようだ。


 命が掛かっているため、私達への挨拶あいさつもそこそこに、急いで出発する。

 念のため、この街を出る際は――それぞれ違う方向を目指す――と言っていた。


(あの人数じゃ、目立つからね……)


 分散ぶんさんして逃げた方が、追手おってきやすいのだろう。


 ――さて、私達が彼らにしてあげられるのは、ここまでのようね!


 次は私達が逃げ出さなければいけない。

 でも、その前に――


「わふんっ! 街の人達を避難ひなんさせないと!」


 気合を入れるため、声に出した私に対し、


「そう、張り切らなくても大丈夫だ」


 お兄ちゃんが私の頭をでてくれた。

 しかし、頭巾フードしなのが、やや不満である。


「ここに【神罰しんばつ】は落ちて来ない」


(お兄ちゃんがそう言うのなら、大丈夫だろうけど……)


 ――でも、どうして?


「お前が居るからな」


 とお兄ちゃん。私を指差す。


(そうね、私が居るから大丈夫ね!)


 ――なんで⁉ わふん?


「正確には――この王都が、お前とブランシュの領域だからだ」


 詳しい事は教会で管理している【石碑せきひ】を調べる必要がある――と兄は補足する。


「どういう事?」「キュイ?」


 私の真似まねをして、眷属けんぞくの子も首をかしげた。


「お前達は――神と契約するために選ばれた【巫女】だ――というのが俺の見解だ」


「えっと……」


「つまり、神々も――お前達と契約が出来なければ困る――と考えているはずだ」


 急にそんな事を言われても、複雑な心境だ。

 教会が私の事を生贄いけにえと言っているのも、あながち間違いではない気がする。


(街に【神罰しんばつ】が落ちないのは良かったけど……)


「じゃあ、彼らを逃がしたのは?」


 私の問いに、


勿論もちろん――アイツらを信じた――というのもある……」


 だが、もう一つの理由はおとりだ――と兄は答える。


しばらくは教会も、アイツらの捜索に手を回すだろう」


 確かに、処分するはずだった人間が逃げてしまったのだ。

 しかも、烙印らくいんによる殺害が出来ない。


 教会としては原因を調べる必要もあるだろうが、まずは口封じを考えるだろう。


「本来は――アイツらが俺達に対する追手おってになっていた――と考えると、教会と合わせて、これで追手おっての数を二つつぶした事になる」


 なるほど――私達を捕まえれば、命を助けてやる――と教会が言えば、彼らはしたがうだろう。その可能性を労せず回避した事になる。


「策士だね!」


(まったく、悪いお兄ちゃんだよ……)


 ――でも、そんなところもカッコイイ!


「ただ、うそは良くないんじゃ……」


 私の言葉に、


「俺は『消えるかもな』と言っただけで、断言はしていない」


(つまり――うそいていない――という事だろうか……)


 ――わふん! 屁理屈へりくつだよ。


 あきれる私。しかし、


「上手く、その気になってくれて助かった」


 と兄は淡々たんたんと語る。


(まぁ、彼らの命を助けたのは事実だし……おとり役はその代金だと思えばいいか)


 ――うん、深く考えないようにしよう!


「お兄ちゃんは、なんでもお見通しだね!」「キュイ!」


 私の言葉に、眷属けんぞくの子も相槌あいづちを打つ。

 兄は苦笑すると、


なんでもは言い過ぎだな――本当に知りたい事には、中々辿たどり着けない」


 そう言って、私の頬に触れた。


「昔から油断をすると、お前はいつも突拍子もない事をする」


 ――ひゃんっ! くすぐったいよ!


「だが結果的に、不思議と良い方に向かう……」


 お兄ちゃんに触られるのは好きだ。

 けど最近、なんだか変な気持ちになる。


「今回、お前が突然『街を見たい』と言い出したのも、こんな結果になった」


 兄に見詰められると猶更なおさらだ。

 身体の奥が熱くなって、溶けてしまいそうな気がする。


「だから、お前が『山に行く』と言ったのも、なにか意味がある事だと思っている」


「違うよ、お兄ちゃん」


 私は一度、兄から離れた。

 このままでは話に集中出来ず、可笑おかしくなりそうだ。


「私はきっと……今も、くらな世界にいるんだよ」


 と告げる。


「そう、くらな世界……きっと、私一人だと迷子になる」


 この耳と尻尾の所為せいで、他人ひとは私に畏怖いふの念を抱く。

 教会には追われてしまう。


 私は決して強い存在でない。居場所も限られている。

 誰かに守ってもらわなければ、生きてはいけない存在なのだ。


「いつも、お兄ちゃんが私の行く道を照らしてくれたよ」


(私の手を引いて、私を抱き締めて、安心をくれる存在なんだよ……)


 それはどんな魔法よりもすごい事だ。

 くら闇夜やみよのような私の人生。


「お兄ちゃんは私にとっての光――私の人生を照らしてくる『月』のような存在」


 ――そう……お兄ちゃんは私にとっての『月の魔術師』だ!


 私は言葉と同時に、無意識に手を差し出す。

 すると兄はひざまずき、その手にそっと口づけをする。


「やっぱり、お兄ちゃんが私の運命だよ」


 そう言って、私は笑顔を浮かべた。

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