第21話 もう少し、空気読もうね


「腕を引き千切ちぎるとか、刃物で烙印らくいんえぐり取るとか――出来ないのかな?」


 お兄ちゃんに聞いてみる。

 姉御あねごは怖い事を言いやすねぇ――と小男。


(私もそう思うけど、今は時間がないからなぁ……)


「魔術的なモノだからな――無理だろう」


 とお兄ちゃんは答える。

 手に持っているのは、この店の顧客名簿だろうか?


(私の耳や尻尾を切り落としても、普通の人間になれる訳じゃないもんね……)


「確かに――それが可能だったら、罪人はとっくにやってるよね……」


 私がなやむ中――これはもらって行くぞ――と兄。

 顧客名簿を小男に見せる。


「へぇ――どうぞ、お好きに……」


 彼はそう返した後、


姉御あねごも好きな物を持って行ってくだせぇ」


 と気前の良い事を言う。

 有難ありがたい話だが、盗品の可能性があるため、素直に受け取る訳にもいかない。


遠慮えんりょしておくわ」


 勿体もったいない気もするが、私は断る事にした。


「そうですかい」


 小男は苦笑する。そんな彼に対し兄は、


「もう二度と悪事を働かない事、俺達の事は黙っている事――この二つが約束出来るのなら、烙印らくいんを調整してやってもいい」


 と告げる。小男は一瞬、なんの事か分からない様子だった。

 しかし、意味を理解したのだろう。


 突然、目を見開き、かがやかせる。


「ほ、本当ですかい? 旦那だんな!」


 ヒャッホーイ!――と小男は飛び上がった。

 彼の変わり身の早さは、ある意味、尊敬そんけいあたいする。


「約束出来るのか?」


 兄が再度、確認すると、


「出来ます! します、させてください! 旦那だんなは神様です!」


 などと小男は言い始めた。

 この状況で神様は止めてくれ――と兄は嫌そうな顔をする。


「じゃあ、早く仲間を連れて来い……」


「分かりやした!」


 と報告に来た男を連れて、小男は急いで部屋を出て行く。

 私は――良かったの?――とお兄ちゃんに確認する。


 確かに可哀想かわいそうだとは思うけど、相手は犯罪者だ。


(約束を守るとは、到底とうてい思えないのだけれど……)


「良くはないが――人が人を信じる事で、開ける未来もあるさ」


 そう言って、兄は私を抱き締めると、


「少なくとも、俺がお前の兄であるために必要な事だ」


 そう教えてくれた。それって――


(私が居るから――幻滅げんめつされるような事はしたくない――という事なのかな?)


 パタパタパタ――スカートの中で、尻尾が勝手に動く。


(ズルいよ! お兄ちゃん……)


 ――私はいつだって、お兄ちゃんを信じているんだから!


 私には、それ以外の選択肢はない。

 瞳を閉じて、唇を差し出す。身長差があるので、足は爪先立ちだ。


「キュー!」


 私が抱き締めていた眷属けんぞくの子が鳴いた。

 苦しかった―――という訳ではないだろう。


 それでも、確認しない訳にはいかない。


(わふんっ! いいところだったのに……)


 ――元気になったのは良かったけど。


きみ……もう少し、空気読もうね」


 私は――キュイキュイ――と鳴きながら、とぼけた表情をする眷属けんぞくの子に忠告した。一方、兄は苦笑すると私から離れる。


(もう離れちゃうの? 残念……)


 だが同時に、足音が聞こえた。

 どうやら、小男が仲間を連れて戻って来たようだ。


 兄は再度、約束を確認すると、彼らの烙印らくいんに杖を向ける。

 なにやら、魔術で結界のようなモノをほどこしているようだ。


「これで山をえるくらいの時間は持つだろう」


 と兄。続けて、


「魔術の効果も絶対ではない――出来れば明日には国境をえ、別の【石碑せきひ】がある国へ行く事を勧める……そうすれば――」


 烙印らくいんが受ける影響は、その国の【石碑せきひ】に上書きされる――と付け加えた。

 つまり――この国にはもう戻って来られない――という事だ。


(まぁ最初から、そのつもりなんだろうけど……)


 ――なんだか、邪魔者を追い出すみたいで気が引けるなぁ。


 だが、これで彼らが、この国で悪さをする事は無くなるだろう。

 兄の台詞セリフに一同は――へへえっ!――とかしこまる。


(わふんっ! もっと感謝するように!)


 私は腰に手を当て、胸を張った。

 眷属けんぞくの子は、今は私の肩に乗り、襟巻マフラーのようになっている。


「お前には商才があるようだ――犯罪に手を染めなくても、皆をまとめて上手くやっていけるだろう」


 そんな兄の言葉に、小男は目に涙を浮かべ、


「へいっ、この御恩ごおんは一生忘れやせん!」


 などと大袈裟おおげさに言う。

 これからは、心を入れ替えて頑張りますです、はい!――と小男は付け加えた。


(私としては、そういうところが信用出来ないのだけれど……)


 彼らはぐに逃げる準備に取り掛かる。

 どうやら、商品の多くは置いて行くようだ。


(馬車が一杯になるから、持っていけないのかな?)


 不思議そうにしている私に、


時期じきに教会の奴らも来るだろう」


 と兄。続けて、


「高価な品物を持っていると、教会の連中が執拗しつように追い掛けてくる可能性がある」


 と教えてくれる。


 ――なるほど! 流石さすが、お兄ちゃんだ!


 続けて、


「高価な品物を残して置けば――先に回収を優先するはずだ」


 と少し呆れたように言う。

 どうやら、教会の連中は相当、欲の皮が突っ張っているらしい。


「逃げるための時間稼ぎになる!――って訳だね☆」


 私は納得する。

 小男達は金品よりも、無事に逃げ切る事を優先したようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る