第20話 人間って、酷い事するのね


「山に作ったアジトです!――アジトごと、仲間も全員……消えちまったんです!」


 案の定、小男は絶句し、私が抱き締めていた眷属の子に視線を向ける。

 この子が原因だ――という事に心当たりがあるようだ。


「次は――ここが消えるかもな……」


 とはお兄ちゃん。なにが起こるのかを知っている素振りだ。

 いや、私にも予想は付く。考えられる事は一つだろう。


(どうやら、この子を探して、山から神様が降りて来たらしい……)


「問題はこの動物が――どの神の眷属か――という事だな」


 そうつぶやいた兄は冷静を装ってはいたけれど、私には少し苛立いらだっているように見えた。


(お兄ちゃんが怒るなんて、珍しい……)


「大丈夫? お兄ちゃん……」


 私が心配して声を掛けると、


「ああ、すまない……」


 そう言って、無理に微笑んだ。


(私には、そんな気を遣わなくてもいいのに……)


「恐らく、教会に命令されて――この動物を捕まえた――というところだろう」


 兄はそう言って、今度は小男をにらんだ。

 彼はその視線にひるみ、身体が――ビクンッ――とねた。


 だが同時に、正気には戻ったようだ。

 報告に来た男は黙っていたが、ボスのピンチと思ったのか戦闘態勢を取る。


 しかし、小男はそれを手で制すと、


「へ、へぇ……烙印の事もありやして、教会には逆らえなくて――」


 嫌な予感はしていたんでさぁ――と言い訳をした後、


「コイツは『ヴィーヴル山』で捕まえやした」


 兄はその答えを聞くと同時に、額に手をあてた。

 内心では、頭を抱えたいところだろう。


 『ヴィーヴル山』――別名『竜のむ山』。

 つまり、私達がこれから向かう山である。


「え~と……それってかなり不味いんじゃ――」


 と私。このままだと、ここに竜が来る事になる。

 もしかして、十四年前の出来事も、今回のような事が原因ではないだろうか。


 私が兄を見詰めると、


「いや、十四年前の出来事とは別だ」


 今回のは、教会でいうところの【神罰】だろう――と説明してくれた。

 【神罰】――聞いた事がある。


(確か、神官達が神の力を借りて行う攻撃魔法だよね……)


「本来は、神に祈りを捧げる事で習得し、使えるようになるモノだが――今回の様に神を直接怒らせる事で、行使する場合もある」


(嫌な使い方ね……)


「そのために――神の眷属であるこの子を山からさらって来たの?」


 それも小男達を殺すために、彼ら自身にやらせたのだ。

 性質たちが悪い――おどろく私。兄は、


「そうなるな……」


 とつぶやく。


「人間って、ひどい事するのね」


 私が言うと――確かに――と兄は同意する。そして、


「魔術師が行う召喚魔法に近いモノだが――いったい、信仰とはなんなのか?――うたがいたくなるな」


 と言って苦笑した。

 一方、小男の方は――笑い事ではない――という顔をしている。


「恐らく、邪魔じゃまになったから消されたのだろう」


 教会の連中は、決して認めないだろうが――と兄は補足した。

 小男の方も、薄々は気付いていたようだ。特に反論はしない。


「山小屋の方で待機しているように、命令されていたんじゃないのか?」


 兄の質問に小男は、


「はい……全員、そちらの方に待機しているように命令がありやした」


 でも、珍しい動物だったもんで、高く売れると思ったんでさぁ――と付け加える。


(欲が出て、命拾いした訳ね……)


 あきれたモノだ。


「こういうのは、悪運が強いって言うのかな?」


 私はあごに指を当て、首をかしげる。一方、兄の表情は晴れない。

 そこで、話題を変えようと、


「そうだ! この子が居れば、山に登る必要ないよね!」


 名案を思い付いたように、私は言ってみたのだが、


「いや、竜が直接、ここにやって来るとは限らない――上空からブレスをかれる可能性もある」


 と兄。どうやら、【神罰】は神の気分次第ランダムのようだ。


「じゃあ、私達もここに居ると危ないのね」


(街にも被害が出るかも知れない……)


 ――早く逃げなくちゃ!


「あっ! 街の人達にも、避難をするように言わないと……」


 そうだな――とつぶやき、兄は早々に荷物を詰め込んだ。


(そうか! そんな事をすると目立ってしまう……)


 ――お兄ちゃんはそこまで考えていたのね!


 それは私自身が危険になるという事だ。

 どうやら、兄が先程から苛立いらだっていた理由が分かった。


 一方、小男の方は諦めたように座り込んでいた。

 報告に来た男も元気がない。


「逃げないの?」


 と私。小男は首を左右に振ると、


「無駄さ……」


 そう言って、腕の烙印を見せる。


「それって、偽物じゃないの?」


 私の問いに答えたのは、小男ではなく、お兄ちゃんだった。


「確かに偽物だが……教会が『いつでも始末出来るように』と付けた首輪でもある」


 その烙印がある限り、山の向こうへは行く事も出来ない――と教えてくれる。


「どういう事?」


 私が首をかしげると、


「本物の烙印の逆だと考えればいい――王都にある【石碑せきひ】から、一定の距離をとると苦痛が襲う仕組みだ」


 また、【石碑せきひ】を一時的に結界でおおえば、何処どこに居ても殺せる――と兄。


 つまり、この偽物の烙印がある限り――教会は好きな時に彼らを殺せる――という事らしい。


ひどい話ね……)


「ただ、そう便利なモノではない――【石碑せきひ】に結界を張ると、全員に効果が出る」


(なるほど――特定の誰かだけを殺す――という使い方は出来ない訳か……)


「死ぬ時は、皆一緒か……」


 小男はそうつぶやいた。どうやら、完全にあきらめているようだ。

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