第17話 皆、頑張ったんだね!


 私は屋台のおじさんと向かい合っている。互いに余裕の表情だ。

 タルの上にひじを突き、ガッチリと相手の手をつかむ――腕相撲うでずもうである。


 おじさんの腕は私の腰よりも太そうだけど、なんとかなるだろう。

 兄が合図を出してくれたので――ドンッ!――私は瞬殺しゅんさつする。


「わーい、勝ったぁ!」


 無邪気をよそおい、喜ぶ私に対し、


「お、お嬢ちゃん……もう一回、もう一回だけ!」


 とおじさんが頼むので、


「いいよ!」


 私は快諾かいだくした。再び、タルの上にひじを突いて、互いに向かい合う。

 流石さすがに今回は、おじさんの表情に余裕はない。


 再び、兄の合図で試合が開始される。


「ぬおおおおっ!」「わふんっ!」


 結果は一緒だ。私は屋台のおじさんに腕相撲うでずもうで勝つ。

 勝つと『一杯サービスする』という事だったので、遠慮なく勝たせてもらった。


「お嬢ちゃん、強いな……」


 おじさんはそう言いつつも、私みたいな少女に負けた事が不思議なのか――納得いかない――という表情をしていた。


 『一杯サービスする』などという条件を出しているくらいだ。

 余程よほど、力に自信があったのだろう。


 私としては、目立つような事を許可してくれたお兄ちゃんの方が不思議だ。


(きっと、なにか考えがあるんだよね……)


 それはそうと、シチューの御替おかわりである。


「まあね!」


 私はそう答えつつ、笑顔でシチューを受け取った。


「お嬢ちゃん……この辺じゃ、見ない顔だね」


 おじさんの台詞セリフに、


「うんっ、美少女だって良く言われるよ」


 笑顔で返す。だが、おじさんは一瞬、沈黙する。


かりにも接客業だよね?)


 ――ちょっと、失礼じゃない?


 おじさんは――ガッハッハッハッハ――と突然、笑い出すと、


「違いねぇや!」


 やけに楽しそうな表情をした。私としては反応リアクションに困る。


「山の向こうから来たんだよ。お兄ちゃんと一緒に、色々な国を旅しているの!」


 と適当な方角を指差す。おじさんはあごに手を当て、


「へぇー、その年ですごいな――どうだい? この国は……」


 と聞いてきた。私は――うーん、そうだなぁ――と考えた後、


「思ったよりも活気がないけど、なにかあったの? お城や教会で事件?」


 知らないフリをして質問した。すると、


「昔はこうじゃなかったんだけどな――」


 おじさんは少し遠い目をした。


「あんな事件がなけりゃあな――まぁ、ベガートっていう魔術師が政策を行うようになってからは、大分だいぶ良くなった方よ」


 軽い感じで答えてくれる。

 妹のフランといい、ベガートという人物をあまり悪くは思っていないようだ。


(お兄ちゃんも、憎んでいるって感じじゃないもんね……)


 私は少し、興味がいた。


「十四年前に事件があった――って聞いているけど、本当だったんだね」


「ああ、あれはひどかったな――ここらも、辺り一面焼け野原さ」


「それがここまで復興したの?」


 見渡す分には、そんな被害があったようには思えない。


「すべてが元通り――って訳じゃねぇけどな……」


 おじさんはしみじみとする。


「皆、頑張がんばったんだね!」


 ご馳走様ちそうさま――と私は木皿スープボウルを返す。


「まぁ、この国の人間にとっては、あの事件の傷はえてねぇからな……あまり余所よそでは言わない事だ」


「分かったよ」


 私は素直に忠告を受け取る。

 同時に、気になっていた事を聞いてみる。


「ところで、おじさんは元軍人なの?」


「ああ、昔はな――」


 そう言って、おじさんは自慢の筋肉を披露ひろうする。

 いくつかポーズを取りつつ、


「足を怪我けがさえしなきゃ、今でも現役よ!」


 ニカッ――と笑った。



 †   †   †



 冬になる前に山越えをするむねを伝えると、屋台のおじさんからお店を紹介してもらった。短時間でいい商品を買うのなら、ギルドか商会へ行くのが一番だ。


 ただ、ギルドは国が、商会は教会が関与しているため、正規品は高くなるらしい。

 そこで闇市となる。


 当然、当たり外れはあるが、交渉次第ではいい品でも、安く手に入るようだ。

 普通には出回っていない商品も、取りあつかっているらしい。


「お嬢ちゃんくらい強けりゃ、問題ないだろ」


 と言っていたのは気になるところだ。

 しかし、私もお兄ちゃんも、そういうお店の方がれている。


 特に魔術関連の道具は胡散臭うさんくさいのが多い。

 教会に目を付けられているため、普通に商売するのは難しいのだろう。


 私達はなにも知らないおのぼりさんをよそおって、その場所まで行く。


 れしく声を掛けて来た男に道を聞くと――その店なら知ってるよ――案内役を買って出てくれた。


(うん、あやしいよね……)


 そんな事を思っていると、当然のように、路地裏へと案内される。

 同時に、前後両方から逃げ道をふさぐように男達が現れた。


(あーあ、やっぱりね……)


 ぐに囲まれてしまったが、相変わらず、お兄ちゃんは平然としている。

 逆に、私達を案内した男はなにが楽しいのか、ニタニタと笑みを浮かべていた。

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