第16話 まだ救いはあるさ


 しかし、ぐ山へ向かった訳ではない。

 なにしろ昨日の今日だ。出発の前には、もう少し準備が必要である。


(私もそこまで、考え無しじゃないもんね♪)


 つまり、なにが言いたいのかというと――街での買い物――である。

 勿論もちろん、私が街に入る事を兄は反対した。


(わふんっ! それは想定内だよ、お兄ちゃん!)


「お兄ちゃん、お願いだよ!――危険なのは分かってる……でも最後に、この国の人々の様子を見ておきたいの!」


 ピコピコピコ――耳を動かし、懇願こんがんする私。


(もう一押し……かな?)


なにかあっても、お兄ちゃんが守ってくれるよね! 頼りにしているからね♥」


 瞳をうるませ、ジッと兄を見詰める。


(そして、お兄ちゃんの意思が揺らいだ瞬間を狙って――今だ!)


「お兄ちゃん、ありがとう! 大好き♥」


 抱き着いて、頭をスリスリ――そして、上目遣うわめづかい。

 この時、獣耳をちょっとれさせるのがコツだ。


(わおんっ! 効果は抜群だ!)


 そんな感じで、私の見事な交渉こうしょう術により、街での買い物が可能となる。


 ――久しぶりの買い物だ!


 ワクワクする私。目をかがやかせて、朝の市場をのぞくと、


「わぁ~……思っていたより、残念な感じだね――お兄ちゃん」


 私はしょんぼりする。王都だというのに活気がない。


(あれあれ? 思ったより、人が少ないよ……)


 今までの旅の経験上、朝の市場は活気にあふれている。

 街の規模きぼから見ても――期待出来る――と思った。


 普通だったら、市場に来る客を目当てに、旅の商人などが集まるはずだ。

 多くの行商人が露店を開いていても可笑おかしくはない。


(そういえば、商品も少ないような……)


 不思議そうに周囲を見回している私の考えを理解したのだろうか。

 兄は――昔はもう少し、活気があったけどな――と告げる。


 山々に囲まれ、外敵の侵入を防ぐ事で、この国は平和を維持してきた。

 しかし、戦乱の世が明け、大国が安定してくると状況は変わる。


 人々の交流はさかんになり、物の流れが出来て、経済がうるおう。

 すると産業が発展し、様々な文化が開花した。


 ――でも、この国は違う。


「そうか、外から人が来ないんだね……」


 この国に入るには、山を越えて来るしかない。

 しかし、道は整備されてはいなかった。


 そんなけわしい山道を態々わざわざ、商人が苦労して、更に危険をかえりみず、やって来るとは到底思えない。


 ここでしか手に入らない珍しい特産品や工芸品があるのならだしも、技術的にも文化的にも、魅力があるとは言いがたい。


「あんな事件があったからかな?」


 私の疑問に、


「それだけじゃないさ――」


 と兄は話してくれる。以前の国王――つまり私の父――は【石碑せきひ】を調査する事で、様々な知識を得ようとしていた。


 また、【石碑せきひ】と合わせて、地質や動植物についても調査を行っていたそうだ。

 改革の一旦として、山にトンネルを造るつもりだったらしい。


 兄達のような優秀な魔術師が居れば――それほど、難しい作業ではない――と考えていたようだ。


 なにより、人の流れを作り、物流を強化しようとしていたのだろう。

 また、山から鉱石などが発掘出来る事を期待していたのかも知れない。


 そのため、知識と技術をもたらしてくれる魔術師は歓迎された。

 特に師匠さんの存在は、教会などよりも重宝ちょうほうされたという。


「別に教会の考え方が悪い訳ではない――自然との調和や環境の保護――その観点は取り入れるべきだ」


 ただ、この国の教会は、いつしか【石碑せきひ】の力を独占していた。

 閉ざされた、この国の状況がそうさせたのだろう。


 彼らは祭事さいじを仕切り、産業の発展や知識を停滞させる事に注力ちゅうりょくした。

 自分達へ、国中の富を集中させるために――


「神や信仰が悪い訳じゃない――ただ、教会のしたの連中も盲信するだけで、考える事を止めてしまっていた」


 その兄の言葉に、嫌な考えが私の脳裏のうりよぎる。


(もしかして、この国をこんな状況にしてしまったのは……)


 ――考える事を止めてしまった国民達かも知れない。



 †   †   †



「お兄ちゃん……なんだか私、怖くなっちゃった」


 商会やギルドが開くには、まだ時間が早い。

 私は丁度、木陰になっている低い石垣を見付け、腰を掛けていた。


「大丈夫だ」


 そう言って、兄は私の頭を優しくでてくれる。


「孤児院の子供達を見ただろう――彼らは学ぶ事を必要としていた。互いに助け合い、足りないモノをおぎない合って生きている」


(そうだった――大切な私の家族だ……)


 ――私はあの子達に『あきらめて』なんて言えない!


 私の瞳に力が戻ったのを、兄は確認したのか、


「子供達が未来をあきらめていないのなら――まだ救いはあるさ」


 そう言って、はげましてくれる。


「うんっ、そうだね!」


 兄の言葉に私はうなずく。


(お兄ちゃんの言葉は、いつも私に勇気をくれる!)


 ――きゅーっ!


 私のお腹が鳴った。同時に顔がになる。


(わふんっ、こんな時にずかしいよ……)


 兄は笑うと、


「そこに屋台がある。なにかお腹に入れよう」


 そう言って、私の手を引いてくれた。

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