第12話 私の大切な人なんだ!


 翌日、私はお兄ちゃんと一緒に湖へ来ていた。

 昔――お兄ちゃんに助けられた――という運命の場所でもある。


 『竜が住む』という山のふもとにあり、たまに強い風が吹き込んでくる。

 余程、高い山なのだろう。山頂の方には雲がかかっていて、良く見えない。


 空は晴れているのだが、空気は冷たく感じる。

 水辺のため、若干、涼しく感じる事はあるだろう。


 だけど、それだけではないようだ。


(多分、住んでいる精霊が違うのかも?)


 兄の話だと、とある人物と会う約束をしているらしい。

 本当は、私を連れて来るつもりは無かったようだ。


 罠の可能性もある――という事を指摘された。


(そんな危険な相手と、一人で会おうとしていたなんて……)


 秘密にされていた事に対するいきどおりよりも――もし、お兄ちゃんになにかあったら――そう考えてしまうと不安の方が大きくなる。


(きっと、昨夜の私の様子を見て、考え方を変えたんだよね……)


 例え命の危険があっても――私を連れて来た方がいい――と兄は判断したようだ。

 という事は、私にとって余程よほど、重要な人物なのかも知れない。


 かすかに、鈴の鳴るような音が聞こえる。

 どうやら、兄の張った結果に誰かが入って来たようだ。


 振り向くと、白い外套ローブに身を包んだ人物が一人で立っていた。

 頭まですっぽりとおおっているため、それが誰かはまったく分からない。


 ただ、身体の線が細い事と低い身長から、女性――私と同じくらいの少女――だという事が分かる。


「止まれ!」


 とは兄。杖を構え、辺りを警戒している。

 同時に、私をかばうように前へ出た。


 その様子から――相手が一人で来る――とは思っていなかったようだ。

 これは罠ではないだろうか――とうたがっている。


 でも――


「大丈夫だよ、お兄ちゃん……」


 私は兄の前へ出ると頭巾フードを取った。ピコピコと獣耳を動かす。

 やはり、こっちの方が良く聞こえる。


 兄は警戒を解く様子はない。

 けれど、相手の方がおどろいた様子で、口元を両手でおおう。


 私は、においでぐに相手の正体が分かってしまった。


「兄が失礼な態度を取ってゴメンなさい――貴女あなたも、それ、取ったら?」


 相手にも顔を見せるように、私はうながす。


「そうですね」


 彼女はそう言って、頭巾フードを下ろした。

 現れたのは、私とそっくりな顔の少女だ。


 ただ、獣耳や牙はなく、私と対象的な白銀の綺麗な髪と金色の瞳。

 また、日に焼けた私とは違い、色白の綺麗な肌をしている。


 その姿に、流石さすがの兄も警戒を解いた。

 私そっくりな姿の相手では、戦意を保つのも大変なのだろう。


 しかし、しっかりと杖はにぎっている。

 また――護衛だろうか?――結界の外に一人、待機しているようだ。


 こちらは双子の妹とは違い、何処どこか研ぎ澄まされた刃物のような、危険な感じがする。


 兄の張った結界も、それほど、強力なモノではない。

 そのため、無理に入って来ようと思えば、出来ない事もないだろう。


 ただ、それをしないという事は、姫である妹の身を案じているだけかも知れない。

 連れて来た護衛が一人だけという事は、余程よほど、その人物を信頼しているようだ。


「お姉様……初めまして――と言うのは変でしょうか? わたくしは――」


 カーテシーの動作の途中――彼女がすべてを言い終える前に――私は駆け出し、妹を抱き締めた。


 その姿を一目見た瞬間から、私は――理解した――といってもいい。


 ――彼女こそ、私の半身だ!


「ゴメンね、ゴメンね……」


 涙が止まらない。謝る必要などないのかも知れない。

 それでも、私は涙を流して謝った。


 ――いや、それは彼女も一緒のようだ。


「お姉様……怒ってはいないのですか?」


 そう言って、彼女がおどろいたのは一瞬だった。

 ぐに理解したのか、行き場を失っていた彼女の手が私の背中に回される。


「怒る訳ないよ……くすん」


 一人にしてゴメンね――私は謝る。


「いいえっ! わたくしの方こそ、辛い思いをさせてしまいました……ううっ」


 どうやら、お互い、相手の事を心配していただけのようだ。

 お兄ちゃんが警戒していたので、変に身構えてしまった。


(これからは、私がこのを守らなきゃいけないみたいだ……)



 †   †   †



「感動の再会に水を差して悪いが――先ずは落ち着いてくれ」


 と兄は魔術で植物を操作し、椅子イス円卓テーブルを用意してくれた。

 また、妹に対して――護衛に問題がない事を伝えるよう――うながした。


「そうですね……アーリが心配しています」


 妹はそう言って、一度、結界の外へと駆けて行った。

 その間に、兄は魔術で火や水を操り、お茶の準備をする。


 そして――


流石さすがに、お姫様の口には合わないだろうけどな……」


 と言って、クッキーの入った袋を差し出すと同時に、私を見て笑った。

 ここは――私もお姫様なんだけど?――と返すべきだろうか?


 いいや――


「私は、お兄ちゃんが気を遣ってくれるだけでも嬉しいよ」


 手を取って微笑む。兄はめずらしく顔を赤くした。


(可愛い♥)


 ただ、その様子を妹に見られていたのは誤算だった。


(いつもだったら、そばに誰か来た時点で気が付くのに……)


 どうやら、自分と近い存在は、無意識の内に除外してしまうらしい。


「仲がよろしいのですね……」


 妹は微笑んだ。


「うんっ! 私の大切な人なんだ!」


 私は兄を紹介する。

 お兄ちゃんは――参ったな――という表情を浮かべた。

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