第11話 もう少し、素直になったら


 夜空には月が煌々こうこうと輝いている。

 どんよりと雲がかかったような、今の私の気持ちとは正反対だ。


(はぁー、どうしよう……)


 孤児院とその周辺が良く見渡みわたせる丘の上で、私は一人すわり込んでいた。

 母はすでに亡くなっていて、王都の墓に眠っている。


 これはごく一部の人間しか知らない事実のようだ。

 どうやら、私は――この国のお姫様である――らしい。


 更に――双子の妹が居て、そのはお城で暮らしている。

 利用価値があるため、生かされている――とは兄の推測だ。


 今は国王の代わりに、国の旗印となっている。勿論もちろん、国王である父親は健在らしい。だが、あの事件以来、人が変わったようになってしまったと聞く。


 今では愚王ぐおうとされ、権威けんいを失っているそうだ。


 魔術で操られているのか、死体を操っているのか、もしくは偽者にせものなのか――詳細は不明である。


 国王に代わって、今は黒竜退治の英雄となった『ベガート』という魔術師が権力を握っているらしい。


 そして、その英雄は言った――このまわしい事件は、王が神々との契約を破り、民を無下にしいたげたためだ――と。


 更に――その証拠に、異形の娘が生まれた。探し出し、神への生贄いけにえとしてささげなくてならない――と。


(それって、私の事だよね?)


 どうりで、お兄ちゃんがいつも以上に神経質になる訳だ。

 その兄は――神を語る辺り、教会がグルだろうな――と苦笑する。


(お兄ちゃん、目が笑ってないよ……)


 ――でも、生贄いけにえは嫌だなぁ。


 私は何度目なんどめかの溜息をいた。

 実際、生贄いけにえささげる魔術もあるので、完全に嘘という訳ではないらしい。


 私の容姿からしても、神々とは少なからずつながりがあるのは明白だ。

 そして、私が戻らなければ、今度は妹が生贄いけにえになるだろう。


 さいわい、妹は国民からは人気があるため、それをのがれていた。


(つまり、政治の道具としても、子供を産む道具としても利用出来る……)


 ――って、事だよね!


 お兄ちゃんは言葉をにごしたが、そう推測していたようだった。

 どの道、今は無事である事をいのるしかない。


「そろそろ、戻らないか……夜風は身体からだに悪い」


 とはお兄ちゃん。心配して、ずっと近くに居てくれた事には気が付いていた。

 私は他人ひとよりも、夜目が利くし、鼻や耳もいい。


 フサフサの尻尾だってある。夜は平気だ。

 むしろ、普段はお兄ちゃん達に合わせて暮らしているところがある。


「お兄ちゃんが、私を助けてくれたんだね」


 でなければ、私はうの昔に生贄いけにえにされていただろう。

 妹は好きでもない相手と結婚させられていたはずだ。


 つまりは――クーデターは完成していた――という事になる。


(本当の英雄はお兄ちゃんだよ……)


 私の言葉に、兄は首を横に振ると、


「お姫様を誘拐ゆうかいした、悪い魔術師だけどな……」


 少しおどけた口調で、肩をすくめた。


「そんな事ないよ……」


 私はそう言って、隣に座るようにうながす。

 当然、兄は座ってくれる――だが、距離がある。


 私はそれを詰めるため――ぎゅーっ!――とくっ付いた。

 頭も兄の肩にり付ける。


「私をさらってくれたのが、お兄ちゃんで良かった……」


 ――妹じゃなくて、私で良かったよ!


 そんな風に思ってしまう自分は変なのかも知れない。


「すまないな――今まで、連れ回してしまって……」


 だが、この国に戻るのは危険だと思ったんだ――と言い訳をする。

 勿論もちろん、それは事実だろう。でも、


「もう少し、素直になったら――許してあげる」


 私の言葉に、兄は首をひねったが、


「本当は……お前とずっと一緒に居たくて、黙っていた。このまま、俺と一緒に逃げてくれないか?」


 そう言って、私の頭を優しくでてくれた。


(えへへ♥)


「仕方ないなぁ――そういう事なら、許してあげる……わおん!」


 パタパタパタ――と尻尾が勝手に動く。

 最初から怒ってなどいないし、うらんでもいない。


 もし、私の存在がこの国の人達にバレてしまったのなら――黒い竜の災厄さいやく――その元凶とされただろう。


 そして、真実を知らない国民からはうらまれたまま、ただの生贄いけにえとして処刑しょけいされてしまっていたはずだ。


(そこに、私という人格は必要ない……)


 ――ただただ、消えてゆく。


 他人と姿が異なる――という事は、そういう事だ。

 存在を知られただけでも、この国の誰もが、躍起やっきになって私を探すだろう。


 それほどまでに――この国の人々の心に――あの事件は傷跡きずあとを残してしまっている。


(お兄ちゃんが、私を孤児院から連れ出そうとする訳だよね……)


 今は私の事を家族のように、本当の姉のようにしたってくれている孤児院の子供達。

 でも、もう少し成長すれば、私をうらむようになるのかも知れない。


 自分達の不幸を私の所為せいにするのかも知れない。


 兄との旅で――人の心とは、そういうモノだ――という事を嫌というほど、私は思い知った。


 例え、それが真実ではなくても、どれほど荒唐無稽こうとうむけいであっても、自分達にとって都合のいい事しか、真実として受け入れない。


 人は自分と他人たにんを比べて、悪いと思う事は、誰かの所為せいにしなければ生きてはいけないのだ。


 私の知る人間の多くは、それほどまでに弱く、もろい存在である。


(それでも、私は彼らのように、誰かをうらんでまで生きたくはないよ……)


 ――私にとっての幸運は、お兄ちゃんが居てくれる事なんだ。


 彼と居る事が――お兄ちゃんと一緒に居る事が――幸せである。

 自分も弱い人間である事を忘れてはいけない――とは師匠さんの言葉らしい。


 魔術という異能いのうを使えるからといって――心まで異なる形に変える必要はない――という意味だと、兄は私に教えてくれた。


 だから私も、姿形すがたかたち他人ひとと違っていても、兄が一緒に居てくれる限りは――人間で居たい――と思う。

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