第10話 私も一緒に居たいよ


 夕飯の準備が終わった頃――ただいま――とお兄ちゃんとイストルが戻ってくる。

 私とディオネが――お帰りなさい――と笑顔で迎えた。私は同時に近寄ると、


「二人共、お疲れ様」


 そう言って、兄のタオルを受け取る。それに対し、


「俺は大丈夫だが……」


 兄はイストルの方へ視線を向け答えた。

 どうやら、彼はヘトヘトの様子だ。


(ありゃりゃ……)


 なにをそんなに一生懸命やっているのか理解出来ない。


(無理はいけないよ……)


「大丈夫?」


 私はイストルに問い掛ける。

 良く見ると、かすり傷が多い。この様子だと、服の下には打撲もあるだろう。


(お兄ちゃん……)


 ――なにをそんなにあせっているのか分からないけど、これはぎだよ!


 私は目で兄にうったえる。しかし、


「問題ねぇよ」


 と強がるイストル。


(本当……男の子は良く分からないところで意地を張るのね)


 バシンッ!――私が彼の背中を叩くと、


いてえっ!」


 と声を上げる。強がるからだ。


「向こうで手当てをして上げるから、服を脱いで座って――」


 私はイストルを奥へと追いやる。

 そして、兄には夕飯の準備が出来たので、子供達を呼んでくるようにお願いした。


「まったく、男の子って手が掛かるよね」


 そんな私の言葉に、


「クー姉、お母さんみたいだよ」


 とディオネは笑った。



 †   †   †



 夕食の後、休憩きゅうけいをとるとお兄ちゃんは子供達に勉強を教える。

 簡単な文字の読み書きや計算だけだが、皆それなりに楽しそうだ。


 たまに院長のナタリヤさんも教えているのだが、何分なにぶん人手が足りない。

 小さい子は手が掛かるし、人数が多いので洗濯だけでも大変なのだ。


 街の治安が良くなった――といっても、食料を調達するのは一苦労だろう。

 ようやく、イストルとディオネの手が掛からなくなった――というところだ。


 しかし、この二人も、いつまでも孤児院を手伝える訳ではない。

 街へ働きに出ても可笑おかしくない年齢だ。


 兄は魔術で明かりをともすと、それぞれに合った問題を出していく。

 最初の内は言うことを聞かない子もいたが、今はそれもない。


(お兄ちゃんって、あんまり怒らないよね……)


 私だったら、言うことを聞かない子には――ウガーッ!――となりそうになる。

 どうやら、子供達のやる気や興味を引き出して、上手く誘導ゆうどうしているみたいだ。


 なやんでいる子に私は――教えて上げようか?――と聞いた。

 だが――いいっ!――と返されてしまう。


 そして、その後、兄の元へと質問しに行ってしまった。


なんだか、納得いかない!)


「クー姉は教えるの下手だからね……」


 とディオネ。その可哀想かわいそうな人を見るような目は止めて欲しい。


「ディオネはなにをやっているの?」


 私の質問に、


「もうぐ、建国祭だからね。皆の衣装を作っているの」


 と教えてくれた。

 お兄ちゃんの話では、その頃には、私達はこの国にいない予定だ。


「手伝おうか?」


 私が聞くと、ディオネは首を横に振った。


「ありがと――でも、大した数でもないし、大丈夫だよ」


 その様子は――遠慮えんりょしている――という訳ではなく、少しさびしそうに見える。


「あのね……」


 私が言い掛けると、


「クー姉には他に『やること』があるもんね……」


 彼女はそう言って笑った。無理をしているのが分かる。


「リオル兄とクー姉が来てくれたお陰で、今年は安心して冬が越せそうだよ」


 いつもは院長ママが苦労していたけど――ディオネはわざと明るく振舞ふるまったので、私は思わず抱きめた。


「クー姉……うんん、お姉ちゃん――本当はもっと一緒に居て欲しいよぉ」


「私も一緒に居たいよ」


 そう言って、私達は二人で泣き出してしまったため、皆は心配し――何事なにごとか――と騒動そうどうになってしまった。



 †   †   †



 その日の夜の事だ。院長のナタリヤさんが子供達を寝かし付け、戻って来る。

 私は兄に言われ、いつも皆と食事をするテーブルで待っていた。


 当然、いくつか疑問に思う事はある。

 だが、質問出来る雰囲気ではない気がしたので、私は大人しく待っていた。


「お待たせしました」


 とナタリヤさん。

 最初にこの孤児院をおとずれた時と比べると、顔色はすっかり良くなっている。


 院長ではあるが、この孤児院を切盛りしているのが彼女一人しかいないため、敬称けいしょうみたいなモノだ。


 子供達からは『ママ』と呼ばれている。ナタリヤさんが席に着くと、


「さて、何処どこからお話しいたしましょうか……」


 とみょうあらたまった口調で話し始めた。


「いや、俺から話します」


 お兄ちゃんはそう言って、目を閉じてから、一呼吸置く。

 その後、目を開くと、私をジッと見詰めた。


「ナタリヤさんはかつて、この国の王妃様につかえていた侍女だ」


 あまり聞きたくない話のようだ。でも、聞かなければならない。

 私は覚悟を決める。出来るだけ平静を装うと、


「そんな人が、どうして孤児院を? どうして、お兄ちゃんと知り合いなの?」


 と質問する。少し声が震えていたのかも知れない。

 だけど、思ったよりもハッキリと話す事が出来た。


「孤児院をやっているのは、罪滅ぼしです」


 とナタリヤさん。彼女が言うには十年以上も前に起きた災害が原因らしい。


 黒い竜による事件、その所為せいで王妃と双子の赤ん坊の内、一人が行方不明になってしまった。


 当然、彼女一人で城に戻る訳にも行かず、この地で孤児院の院長として、とどまる事を選んだそうだ。先代の王と王妃にも、世話になったという。


「そして、俺の知り合いというよりは――クタル、お前の知り合いでもある」


 兄のその言葉で、予感は確信に変わった。

 ナタリヤさんはゆっくりと口を開く。


「クタル様――いえ、エレノア様……貴女あなた様こそ、この国の姫なのです」

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