第9話 お兄ちゃんは妹に甘いよ!


 あの日からほぼ毎日、兄は森を探索している。

 私も兄に付き合い、森へ入る事が増えた。


 だが、そういう時は決まって師匠さんの『隠れ家』でお留守番だ。

 兄が調査で出掛けている間に、私は家の掃除を済ませ、料理を作る。


 お陰で精霊達とも仲良くなった。因みに、兄が『隠れ家』に居る時は、食事の時か師匠さんが残してくれた資料に目を通す時だけだった。


(ちょっと、退屈だよ……)


 たまに尻尾をフリフリ――私はちょっかいを出す。

 すると兄は私を無言で抱き寄せ――ゴメンな――と言って頭をでてくれた。


(嬉しいんだけど、なにか違うんだよね……)


 また、この場所が安全である事が分かると、家具や調理器具など――必要な物はあるか?――と聞いてきた。


 どうやら、兄は孤児院を出て、こちらに移り住むつもりのようだ。

 確かに、【石碑せきひ】の調査などには、ここに住む方が便利なのだろう。


(以前の私なら、素直にお兄ちゃんの言う事に従ったのだけれど……)


 それをさっした私は、兄が話を切り出す前に、話を断った。

 勿論もちろん、兄との二人だけの静かな生活にも憧れてはいる。


 だけど、家族というモノにも、私は憧れていたようだ。


 ――私は孤児院での暮らしを選んだ。


 当然、兄は納得しなかった。だけど――


なにかあれば、ぐに『隠れ家』に逃げるから」


 そう約束する事で、渋々しぶしぶ折れてくれた。

 私が言うのもなんだけど――お兄ちゃんは妹に甘いよ!――少し心配になる。


 また同時に、兄の様子が可笑おかしい事にも気が付く。


(まるでなにかに追い立てられるように……)


 ――そう、かされているみたいだ!


 日々の何気なにげない暮らしとは別に、私の中で、得体の知れない不安のようなモノが大きくなって行く。


「クー姉?」


 キャンッ!――と私。

 おどろいて、尻尾をっ立てる。


「ひゃっ!」


 とはディオネ。ここは孤児院。

 いつものように洗い物をしている最中だった。


「もうっ、ビックリしたよ」


 私がそう言うと――いやいや、それはこっちの台詞だから――とディオネは笑う。 

 どうやら、洗い物をしながら――ボーッ――としていたようだ。


「ああ、ゴメン」


 私が謝ると、


「リオル兄とケンカでもしたの?」


 ディオネが聞いてくる。

 こういうところは――流石さすが女の子――というところか。


 ――勘が鋭いよ。


(別にケンカじゃないけどね……)


「へ? なんでお兄ちゃんが……」


 私はとぼけてみるも――他になにがあるの?――とディオネは不思議そうな顔をした。


「ないです――でも、ケンカじゃないの……」


 これ以上、誤魔化すのは得策ではないと判断した私は、素直に認める。

 ただ、説明するのも難しい。


 彼女は追及する事はせず――これじゃ、イストルも大変だね――と言って苦笑した。


何故なぜ、ここでイストルの名前が?)


 彼は今、兄と一緒に外で戦闘訓練を行っているはずだ。

 最初は教えるのをしぶっていた兄だが、どういう風の吹き回しだろうか?


 狩りの仕方――という話だったが、見た限り完全に戦い方を教えていた。


「その顔は――分かっていない――って顔だよね」


 ディオネはそう言って溜息をいた後――分かってはいたけど、これは報われない恋だね――とつぶやいた。


 なんの事か分からず、私は頭をひねる。


(そう言えば、ディオネにも魔術を教えていたような……)


 ――やっぱり、お兄ちゃんの様子はなにか変だ!


「ねぇ、ディオネ! お兄ちゃんから、なにを教わったの?」


 私の問いに、


「お裁縫と……魔術だよ」


 アハハ――と視線をらし、乾いた笑いを浮かべる。

 どうやら、上手く行っていないようだ。


「裁縫……苦手だったっけ?」


 私の素朴な疑問に、ディオネは首を横に振ると、


「うんん、リオル兄が上手なだけだよ……」


 心当たりはある。耳と尻尾があるため、私用の衣服は特殊だ。

 お兄ちゃんは器用なので、昔から、いつも仕立て直してくれている。


何事なにごとも、そつなくこなしてしまうところは流石さすがよね!)


 ――じゃなかった!


 どうやら、その事がディオネの自信、もしくはやる気をいでしまったらしい。

 気の所為せいか、うつろな目をしている。


(フォローしなければ……)


「でも、魔術が使えるなんてすごいよ!」


 落ち込んでいるディオネは見たくない。私は純粋な気持ちでめた。

 私は魔術が使えないし、イストルも同様だろう。


 魔術を覚えるには【石碑せきひ】、もしくはその欠片かけらに触れる必要がある。

 覚えられる魔術は【石碑せきひ】によって決まっていた。


 だから、多くの魔術師は旅をする。

 お兄ちゃんが複数の魔術を使えるのも、多くの【石碑せきひ】に触れてきたからだろう。


 確か、この間――兄の持ち歩いている【石碑せきひ】の欠片かけら――その一部を見せてもらっていたはずだ。


「ディオネは、どんな魔術が使えるの?」


 本来、魔術師には聞いてはいけない質問だし、答えてはくれないだろう。

 しかし、彼女は魔術師ではない。ただ、兄には隠すように注意されていたようだ。


 あのね――とディオネ。私は頭をかたむけ、耳を近づける。

 すると彼女は、口元に両手を当ててささやく。


 ――なるほど!


 ディオネには風の魔術の適性があるらしい。


「洗濯物が乾くのが早いよ」


 と教えてくれた後――すごく疲れるけどね――と付け加える。

 どうやら思ったよりも、便利ではなかったようだ。


(まぁ、魔術ってそんなモノだよね……)

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