第7話 最近、運動不足だったしね!


 私がお兄ちゃんの姿に見入っていると、いつの間にか、私の元にも光の蝶が集まってきていた。


 それはいくつかのグループに別れて、固まって飛んでいたのだが、やがて一つになる。なんと、子犬のような姿になってしまった。


 その数は三匹。まるで本物の子犬のように尻尾を振っている。

 キャンキャン――と今にも鳴き声が聞こえて来そうだ。


 そして、何故なぜか嬉しそうに、私の足元をグルグルと駆け回った。


「ちょ、ちょっと!」


 声を上げて、慌てる私が面白かったのだろう。

 お兄ちゃんは私の様子を見ながら、口元を片手で隠すと笑った。


(ううっ、恥ずかしい……)


 精霊達は気が済んだのだろう。

 再び蝶の姿に戻ると、何処どこかへ飛び去ってしまった。


(いいように揶揄からかわれただけのような気がする)


「もうっ! なんだったのよ……」


 悪態あくたいく私に、


「どうやら、気に入られたようだな」


 とお兄ちゃん。


(そりゃ、嫌われるよりはいいでしょうけど……)


 ――なんだか、納得いかない!


 私は頬をふくらます。


(私ではなく、孤児院の子供達なら、喜んだのだろうけど……)


 兄も満足したのか、


「ちょっと、中の様子を見てくるよ」


 そう言って扉を開ける。家の中を覗いた後、ゆっくりと入って行った。

 しかし、ぐに戻って来る。


 ――どうにも、ほこりっぽかったらしい。


 外套ローブと杖を私に預け、鼻と口元を布でおおうと、再び家の中へと入る。

 換気を行っているのだろう。次々に窓が開いて行く。


 一方、私の立っていた場所までほこりが来たので、少し距離を取った。


(あまり鼻が利かなくなるのは困るのよね……)


 お兄ちゃんは家から出て来ると、


「掃除はまた、次の機会だな……」


 そう言って、手には何冊なんさつか本を持っていた。

 私から杖だけを受け取ると、日当たりの良い幹の方へと移動する。


 そして、杖をかざすと、ゆっくりと幹が成長した。

 より太く、しっかりとしたモノへと変わる。


(これなら、人が乗っても大丈夫そうだ)


 私はその幹の上に立つと、景色を見渡した。

 森を一望――とまでは行かないが、それなりに良い景色だ。


(ちょっとしたテラス……いいえ、バルコニーね)


 更に兄はお得意の魔術で、枝葉を動かす。

 手慣れたモノで、簡易な椅子イス食卓テーブルが出来上がった。


「少し早いが、昼食にしよう」


 兄は本を食卓テーブルの上に置くと、再び杖をかざす。

 すると大小様々な複数の水球が空中に出現した。


 私はれているので、タオルをその水でらすと兄に渡す。


「ありがとう」


 兄はそう言って受け取ると、汗やほこりで汚れた手や顔を拭く。

 私も同様に真似まねをした。


(ふぅー、サッパリ)


 また、小さな水球をカップに集め、飲み水とする。


(本当は、森で木の実や動物を捕まえようと思っていたのだけれど……)


 ――今日はいいか。


 持って来たパンや干し肉、乾燥した果物で昼食をとる事にした。



 †   †   †



 昼食をとった後、私は少しお昼寝をする。

 今日は日差しも暖かく、風が気持ちいい。


 その間、兄は見付けた本に目を通していたようだ。

 教会と仲の悪い魔術師は、このような拠点をいくつか用意しているらしい。


 ただ、使われている痕跡こんせきはなかった。

 その事から、師匠さんを見付ける手掛かりはなさそうだ。


 戸締とじまりをして、再び結界の外に出る。

 兄は――もう一つの【石碑せきひ】に向かう――と言った。


(私のために調査する必要がある――というのなら、断れないよ……)


 私は兄に付いて行く。

 見付けた【石碑せきひ】は午前中に見付けたモノと同様、くずれてしまっていた。


 兄が調査している間、私はする事がない。


(どうせ、後は帰るだけだよね……)


 行きは荷物になるので遠慮したが、私は木の実や山菜を探す事にした。

 また、帰りにりょうをするつもりだったので、丁度いい。


(最近、運動不足だったしね!)


 人里では目立って仕方のないこの身体だけど、森では十分に能力を発揮はっきする。

 私は薄着になると、深く息を吸い込む。


(問題ないみたい)


 この耳で音を聞き分け、この鼻でにおいを嗅ぎ分ける。

 見付けるのは簡単だ。ただ、採るのが面倒だ。


 トゲがあったり、高い位置に生っていたりする。

 採取した木の実や山菜を袋へと入れる。


 ただし、採り過ぎるのはいけない。少しだけ残しておく。

 また、野兎を見付ける事が出来た。短時間で二匹も捕まえた。


 草叢くさむらから――ピョコン――とたまに耳を立てているので、気付かれないように、上から飛び掛かるのがコツだ。


 その一回で捕まえないと、逃げられてしまう。

 ただの駆けっこなら負けないのだが、巣穴に逃げられると面倒だ。


 また、栗鼠りすも見付けた。その気になれば捕まえられるのだが、身体が汚れそうなので止める。罠を仕掛けた方が、効率がいいだろう。


(次はちゃんと準備をして、森に来よう!)

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