第6話 そうだ! 魔法をかけてあげるよ


「ねぇ、お兄ちゃん! 終わった?」


 石ばかりではなく、そろそろ私の事もかまって欲しい。

 私が声を掛けると、


「ああ、すまない」


 とお兄ちゃん。口ではそう言っているが、あまり申し訳なさそうな表情はしていなかった。どちらかと言えば、悩んでいる表情だ。


 それでも、ぐに戻ってきてくれる事は素直に嬉しい。

 パタパタパタ――尻尾が勝手に動いてしまう。


 なにやら、地図に書き込んでいた。

 私が声を掛けてしまった所為せいで、作業を中断したのだろうか?


(まだ、なにか気になる事があるのかな?)


「もう、いいの?」


 悪い事をしてしまったのかも知れない。気になったので確認すると、


「すべてが終わったら、連盟の方に報告するさ」


 あっさりと答える。

 どうやら、地図には【石碑せきひ】の場所を記入していただけのようだ。


 しかし、それにしては浮かない表情をしている。


「それよりも、すまない……」


 再び謝られたので、私は首をかしげる。


「お前のその姿について、この地の【石碑】なら――なにか分かるはずだ――と思ったんだけどな……」


 お兄ちゃんは残念そうに答えてくれた。


(そうか、それであんなに真剣に調べていたのか……)


 私はちょっと嬉しくなる。

 再び、尻尾が――パタパタ――と動くのでバレバレだ。


「気にしないで、お兄ちゃん」


 と私。立ち上がるとスカートを払い、冷静さをよそおう。


(本当は、今ぐにでも駆け寄って、抱きつきたいのだけれど……)


 私はゆっくりと兄に近づくと、


あせらなくてもいいよ」


 そう言って微笑んだ。すると突然、お兄ちゃんに抱き締められる。


「わふっ!?」


 いつもは断ってから私に触れるのに、こんな事は初めてだ。

 どうしていいのか分からず、私は顔を真っ赤にして混乱する。


「絶対、見付けてみせる」


 となにか決意を秘めた兄の言葉で、私は冷静さを取り戻した。

 ふーっ――と溜息をくと、


「だから、大丈夫だって……」


 強く抱き締めてくれる兄に対し、私は少し身をよじる。

 そして、出来た隙間すきまからなんとか腕を抜くと、その頭をでた。


 いつも兄がしてくれるように、上手じょうずに出来ているのかは分からない。それでも、


「よしよし」


(お兄ちゃんにも、怖い事があったんだね……)


 当然と言えば当然なのだが、私は少しおどろく。

 今でこそ大きいけど、お兄ちゃんだって、最初は子供だったはずだ。


 きっと、私と一緒だったから、ずっと演じて来たのだろう。


 ――頼りになる優しい兄を。


 恐らく、それは兄自身が無意識の内に探し求めていた存在だと思う。

 時折、兄の昔話に出て来る人物が居た。


 ベガート――彼の話をすると、兄は決まって黙り込んでしまう。

 一人でなにかを思い出しているようだった。


 そばに居ない――という事は、もう会えないのかも知れない。

 当たり前だった存在が、急に喪失そうしつしてしまう感覚。


 想像する事くらいは、私にだって出来るのだ。

 お兄ちゃんも良く言っている。


 魔術師にとって――想像力こそ、力の源だ――と。


「私は居なくならないよ」


「すまない……」


「謝らないで」


 私は首を横に振る。


「そうだ! 魔法をかけてあげるよ」


 そう言って、私は兄をかがませると、


「大好き♥」


 そう言って、額に優しくキスをした。

 ちょっと子供っぽいかも知れないが、今はこれが私に出来る精一杯だ。


「いつも、私のために――ありがとう――だよ」


 パタパタパタ――私の尻尾が揺れる。



 †   †   †



「これが師匠さんの家?」


 私は見上げる。木の上に家が建っていた。


 ――いや、同化しているのかな?


いくつかある『隠れ家』のようだな」


 兄は律儀りちぎに訂正した。

 師匠さんの手記に書かれていた場所らしい。


 最初は兄に手を引かれ、魔術による結界をくぐった。

 するとそこは、森であって森ではなかったのだ。


 開けた場所に小川が流れ、鳥達の鳴き声も聞こえる。

 外から見た景色と、結界の中からの景色がこうも違うとはおどろきだ。


「危険はなさそうだが、一応、気を付けよう」


 お兄ちゃんはそう言うと、再び私の手を引く。

 わぉん!――と思わずえてしまいそうになる。


(女の子として、それはいけないよね?)


 ちなみに身体能力は私の方が上だ。

 しかし、それでも兄は私を抱えると風の魔術で川を飛びえた。


 昔はこれが好きで、良くせがんだモノだ。

 今となっては、合法的に兄にしがみ付ける。


 やはり良いモノである――という事を再確認した。


「どうやら、魔術の効果が残っているようだな」


 手をつないでくれるのは此処ここまでらしい。

 木の上の家には、螺旋状らせんじょうの階段でのぼるようだ。


 兄は、私に待つように合図をする。

 そして、安全である事を確かめると、一歩ずつ確認するようにのぼり始めた。


(相変わらず、慎重だな……)


 私は苦笑する。

 だが、その性格のお陰で――今まで無事に旅が出来た――とも言える。


 しばらくして、合図が来る。問題無かったようだ。

 私も兄の真似まねをして、ゆっくりと階段をがった。


(それにしても、魔術ってすごいなぁ……)


 私は感心する。最低でも十年はっているはずだ。

 それなのに、まったくちてはいない。


(不思議だ!)


 階段を上がると、お兄ちゃんが家のドアの前でなにかをしていた。

 光りかがやちょうのようなモノが舞っている。


(精霊かな?)


 姿形は違うが、何度なんどか似たような光景を見た事がある。

 こちらに敵意がない事を教えているらしい。


 一見、お兄ちゃんは立って居るだけだ。

 しかし、その周りをゆっくりと複数の精霊が舞っている。


 その姿は、本当に話をしているようだった。

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