第5話 私の事もかまって欲しい


「やっぱりね……」


(こうなるとは思っていたのよ――)


 私は倒木の上に腰掛け、兄の様子をながめていた。

 お兄ちゃんは一生懸命、崩れた【石碑せきひ】を調べている。


 空は晴れていて、木々の隙間から差し込む陽光は暖かい。

 山菜やら木の実でも、探しに行こうかな――と思ってしまう。


(でも、真剣なお兄ちゃんもカッコいいよネ♥)


 この世界における魔法は、【石碑】より発見される事が多い。

 そのため、多くの魔術師は【石碑】を調べている。


(お兄ちゃんの師匠さんも、その一人なんだよね!)


 本来はこの地に、まだ発見されていない【石碑】を探すために訪れたそうだ。

 なにも【石碑】は、こんな森の奥にばかりある訳ではない。


 世界各地に点在し、人々の生活とも密接に関わっている。


 多くの魔術師が――【石碑】が存在する場所には、魔物は生息しない――という結論を出していた。


(でも、詳しい事は分かっていないんだよね……)


 その理由は不明のままである。

 お兄ちゃんの師匠さんも、その説を信じていたようだ。


 よって、私自身も――【石碑】により、魔物の発生がおさえられている――という説を信じている。


 また、お兄ちゃんと旅をしていた事も影響していた。

 主要な都市、町や村もそうだけど、その中央には【石碑】がまつられている。


(ただ、ほとんどの【石碑】は聖石教会が管理しているのよねぇ……)


 聖石教会の規模がどの程度なのか、私には分からない。しかし、非常に多くの信者が存在していて――かなりの影響力がある――という事は知っている。


 【石碑】に近づけるのは、高位の神官ぐらいで、一介の魔術師が近づいて調べる事など出来るはずもなかった。


(お金を渡せば、調べさせてくれるのかも知れないけど……)


 神と同様に【石碑】を信仰している教会にとって――【石碑】が在る事で魔物を寄せ付けない――という事実に関しては、魔術師達と同意見だ。


 だが――【石碑】の真実を知る――という行為は――神を否定する――という行為にも等しく、忌み嫌われていた。


 結果、【石碑】の調査は、絶対に認めさせる訳にはいかない行為であった。


(そんな因縁があるからな?)


 魔術師と神官は――あまり仲が良くない――というのが定説だ。魔術師達は今の兄の様に――こっそりと【石碑】を調べて回る――しか方法がない。


 また、魔術師連盟への【石碑】の調査報告は兄の副業でもあった。

 私としても、なんとか協力したいところだ。


 だが実際に、完璧な形で残っている【石碑】はほとんどない。大抵の場合、こうやって野晒のざらしになっているのだから、当然といえば当然だ。


 【石碑】の研究といっても、ちている【石碑】を調べたり、欠片かけらを持ち帰ったり、【石碑】同士の関係性を調べたり、あまり成果は期待出来そうになかった。


欠片かけらを売るだけでも、お金にはなるんだけど……)


 少し勿体もったいないかな――と私は落ちている【石碑】の欠片かけらながめた。

 これを魔術師連盟の支部などに持って行くと、買い取ってくれるのだ。


 子供の小遣こづかかせぎには丁度良く、昔は良く持ち込んでいた。


(私は魔法よりも、音や絵の方に興味があるかな……)


 【石碑】の欠片かけらからは、たまに音楽が聞こえる事がある。

 また、本物の風景を切り取ったような、鮮明な絵が現れる場合もあった。


 そういうモノは魔術師よりも、商人の方が高く買い取ってくれるのだ。


(お兄ちゃんが言うには、昔、石碑文明というモノがあったらしいけど……)


 そこでは、私のような獣人も普通に暮らしていたらしい。


 小さい頃はその話を信じていたが、最近では兄が――私のためにいた嘘だったのだろうな――と思っている。


 彼らは【石碑】などを媒体ばいたいにして――音楽や映像を記録していた――と如何いかにも私が喜びそうな話ばかり聞かせてくれたのだ。


 最初の内は興味津々で――それでそれで――と私もかすように話を聞いていた。


なつかしいなぁ……)


 だが、『【石碑】同士によるネットワーク』だの、『この星におけるマナの流れを管理するための装置』だの、『【石碑】は月にある石で出来ている』だの――次第にスケールが大きくなり、私は話についていけなくなった。


 何時いつしか、話をせがむのをめてしまったのだ。


(でも、ロマンチストなお兄ちゃんもカワイイ♥)


 結局、今でもその話は理解出来ないが、お兄ちゃんが楽しそうだったので――それでいい――と思う事にしている。


 きっと、師匠さんや仲間達と旅をしていた時は、そうやって毎日、語り明かしていたのだろう。


「ねぇ、お兄ちゃん! 終わった?」


 石ばかりではなく、そろそろ、私の事もかまって欲しい。私は声を掛けた。

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