第4話 ど、どういたしまして


「えっ!? 本当にいいの?」


 パタパタパタ――兄の言葉に、私は尻尾を揺らし、目を輝かせる。

 私の瞳は――蒼い宝石のようだ――とお兄ちゃんは良くめてくれた。


 そんな兄の瞳は、私とは違う薄い紫色。

 たまに、私には見えない別の世界が見えているのかな――と思う時もある。


「街での情報収集は大体終わったからな……」


 そう言ってお兄ちゃんは野菜のスープを口にした。

 今は夕食の時間だ。孤児院の皆も、きちんと席に着いている。


「良かったね」


 とディオネが喜んでくれたので――うんっ!――私はうなずく。

 しかし、兄のその目は違う様だ。


 これ以上、お前を放って置くと勝手に出掛けてしまいそうだ――とうったえていた。


(ううっ、なんだがペットを散歩させる飼い主の立場みたい……)


 素直に喜べない自分が居る。

 ちなみに、兄の提案は――一緒に森に行こう――というモノだった。


 ただでさえ、私の恰好は目立つので、街に出掛けるには不向きだ。

 なので――人気ひとけのない森なら大丈夫だろう――と考えたのかも知れない。


 孤児院での暮らしは悪くない。それでも、私としては、


(やっぱり、お兄ちゃんと一緒がいい!)


 思わず、尻尾が揺れる。一方で、


「リオル兄が街に行ってくれないと、食料が不安だな……」


 とはイストル。情報収集も兼ね、お兄ちゃんは簡単な商売を行っているらしい。

 そのお金で、いつも食材や日用品を買って来てくれるのだ。


「狩りをしてきてやるよ」


 とお兄ちゃん。


(わふんっ! それなら私も手伝える)


 むしろ、獲物を見付けたり、追い回すのは得意なのだ。


 ――ハッ! やっぱり、私……なんだが犬っぽいよ!?


「だったら、オレも連れてってくれ!」


 狩りの方法を教えて欲しいのだろう。イストルの言葉に、


「また、今度な……」


 お兄ちゃんはそう言って断った。

 イストルとしては少しでも――この孤児院の役に立ちたい――と考えての事だ。


(気持ちは分かるけど、狩りは一人じゃ危ないしね……)


 一方で、話を聞いていた子供達は――明日は肉だ!――と喜んでいた。


「フフフッ、無邪気だね」


 私の言葉に、


「クー姉もだよ」


 とディオネは笑った。



 †   †   †



「じゃ、行って来るね!」


 翌朝、パンと水、乾燥させた果物や干し肉を用意し、孤児院を出発する。

 院長達は――気を付けて――と送り出してくれた。


 だが、子供達は――肉だ、肉、肉!――と楽しみにしている様子だ。

 私も肉が食べたいので、


「任せておいて!」


 ドンッ――と胸を張る。手を振って、孤児院の子供達の姿が見えなくなる距離まで来ると、私は兄と手をつないだ。


「えへへっ♥」


 自然と頬が緩む私に、


なんだよ……」


 兄は困ったような、嬉しいような、複雑な表情を浮かべた。

 私にとっては至福の時間だったのだけれど、森へはぐに着いてしまう。


 兄と手を握れるのは、どうやらここまでのようだ。彼は周囲を警戒し、誰も居ない事を確認すると――少し下がっていろ――と杖を構えた。


 どうやら、魔法を使うようだ。生い茂っていた草木が動く。

 兄の魔法で、植物の方が勝手に避けてくれるのだ。


 ――いつ見ても面白い!


「さぁ、行くぞ」


 兄の言葉に――うんっ!――私はうなずくと、ピッタリとその後ろにくっ付いた。

 歩き難いのだろうが、兄は文句を言わない。


 それは恋人同士というより、私の衣服が傷付く事を気にしての優しさだ。

 この獣の耳とフサフサの尻尾は、何処どこに行っても目立つのだろう。


 バレてしまう事も多々あったが、魔術師の兄は隠蔽いんぺいの魔法も得意だった。

 今まで、なんとか騒ぎにならずに済んでいる。


 しばらく、森を歩くと開けた場所に出た。

 大丈夫か?――と兄が心配してくれたので、


「大丈夫だよ!」


 と私は元気に答える。

 そうか――と兄は笑うと私の頭巾フードに手を掛け、降ろしてくれた。


(風が気持ちいいし、音も良く聞こえる)


「クタル……」


 兄はそうつぶやいたまま、私を見詰める。


(あれ? これってまさか……)


「触れても、良いか?」


 その質問に対して、私の答えはイエスだ。


「い、良いに決まってるよ!」


 覚悟を決めて、私は目をつむる。


(やっぱり、お兄ちゃんも私の事……)


 心臓の鼓動が高鳴る。

 誰も居ない、二人きりの森で。


 フサッ――兄の両手が私の耳を触った。


(わふっ? 耳?)


「あ、あのお兄ちゃん?」


 私はくすぐったいのを我慢する。

 しばらくの間、兄は無心で触っていたのだが、


「済まないが、尻尾も……」


(はいはい、分かってましたよ……)


 私はスカートにある尻尾穴から、尻尾を取り出す。

 別にスカートをたくし上げてもいいのだが、それは怒られてしまうのでやらない。


 孤児院での暮らしは悪いモノではない。家族って感じだ。

 でも、子供達の手前――こうやって二人きりで触れ合う事も出来なかった。


 兄は私の尻尾を優しくでると――ありがとう――と恥ずかしそうに頬を赤らめつつ、冷静さをよそおった。


(結局、お兄ちゃんも触りたかったんだね……)


 私としては――もっと触ってくれてもいいのに――と思う反面、色々と期待してしまったため、過去の自分に対し、恥ずかしさで死にそうになった。


 そのため、


「ど、どういたしまして」


 と私は反射的に、顔を両手でおおった。

 互いに顔を赤くし、うつむく私達。こんな事に時間を使うのなら、


(もっとくっ付けば良かったよ)


 と私は後悔するのだった。

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