第一章 孤児院での暮らし

第3話 お帰りなさい


 私は孤児である。名前はクタル。

 月の綺麗な夜に生まれた――と兄は言っていた。


 今年で十四になる。

 幼い頃は兄と二人で住む場所を転々と変え、各地を放浪していた。


 だが突然、なにを思ったのだろうか?

 兄が――故郷に帰る――と言い出した。


 今の今まで、そんな話はしてこなかったのでおどろきだ。

 むしろ、両親の話を聞くと兄は不機嫌になった。


 なので私はなるべく、その話をしないようにしていた。

 それが今になって、この状況である。


なにかあるわね!)


「女の勘――いいえ、オオカミ少女の勘が告げているわ☆」


 お世話になっている孤児院で食器を洗いながら、私は言った。

 ビクンッ――と私の隣で一緒に洗い物をしていたイストルが反応する。


 彼は私と同い年だが、この孤児院では最年長の少年だ。

 しっかりしているので、頼りにもなる。


なんだよ、突然……」


 彼は私にいぶかしむような視線を向ける。


「イストル君、簡単な推理だよ」


 私が言うと――また始まった――と視線をらし、嫌そうな顔をした。


「ちょっと、もう少し興味持ってよ」


だよ――どうせ、リオル兄ちゃんの話だろ……長いもん」


 そう言うと、少年は自分の分の洗い物は終わったとばかりに、逃げ出してしまった。


(もうっ、これだから男の子は……)


「それに比べてお兄ちゃんは、優しくて頭も良くて、強くていい匂いがして、私の頭をでる手付きが最高なのよ! 尻尾だってちゃんといてくれるんだから……いい男はやはりトリミングが上手くないとね♥」


 などと独り言をつぶやいたつもりだったのだが、


「フフフッ、楽しそうだね」


 とイストルの妹分ともいえるディオネが戻って来ていた。


「あら、お帰り……洗濯は終わったの?」


 私の質問に――うん――と素直に答える。


(やっぱり、弟より妹だよね!)


 ――男の子はダメだ。


「ゴメンね。私が外に出られるといいのだけれど……」


「気にしないで……リオル兄が居ないから、クー姉は気を付けないとね」


「ありがとう」


 そう言って、私はディオネを抱き締める。

 お日様のいい匂いがした。


 私が外に出られないのには訳がある。

 この獣のようなとがった耳、フサフサの尻尾。


 牙や爪だってある。

 そう――私はオオカミ少女なのだ。


 お兄ちゃんは――可愛い――と言ってくれる。

 だけど、私は普通の女の子に生まれたかった。


(じゃなければ、お兄ちゃんだって苦労をしなかったはずだ)


「元気出して」


 とディオネに言われる。


「うん、大丈夫……でも、私ってそんなに分かりやすい?」


 その質問に、


「耳と尻尾でね」


 彼女は苦笑しながら答えた。


 ――なるほど!


 知ってはいたが、どうやら私は感情を隠すのが苦手らしい。

 ピキュン!――耳と尻尾が立つ。


「帰って来たんだね」


 とディオネ。


「うん、お兄ちゃんだよ!」

 

 私は彼女に説明すると、素早く頭巾フードかぶり、尻尾をスカートの中へとしまう。これで普通の女の子だよ。


(ちょっと、モコモコしているけどね……)


「ちゃんと、隠れているかな?」


 私はその場でクルリと回ると、


「大丈夫だよ」


 ディオネが教えてくれる。


「じゃ、行ってくるね!」


「行ってらっしゃい」


 と見送られ、私は孤児院を飛び出した。

 頭巾フード所為せいで、耳は聞こえ難いけど、鼻は利く。


 クンクン――と匂いを辿たどると、少し離れた丘の上にお兄ちゃんを発見する。

 院長のナタリヤさんと一緒だ。


 どうやら、荷物を持って上げているらしい。私は一目散に駆け出した。お兄ちゃんは気が付いたようで、一旦荷物を下に置くと、私を受け止める体勢を取る。


 オオカミ少女は急には止まれないのだ。


 ――ドンッ!


 と勢い良くつかる。いい加減――危ないから止めろ――とは言われているのだが、小さい頃からのくせなのだ。


 お兄ちゃんに抱き締めてもらえると安心する。

 でも、流石さすがに私も成長した。


 お兄ちゃんは私の勢いを受けめきれず、そのまま後ろに倒れてしまった。


つつ……」


「くぅーん……ゴメンね、お兄ちゃん」


 そう言って、私が目を開けると、目の前にお兄ちゃんの顔があった。

 私が押し倒す形になっているので当然だ。


 問題はお兄ちゃん――いえ、彼から目を離す事が出来ない事だ。


 両親の居ない私は、一緒に寝たり、お風呂に入ったり、着替えだって手伝ってもらった。むしろ、それは当たり前の事だったはずなのに――


(お兄ちゃん、大好き♥)


 いつからなのだろう――胸のドキドキが止まらない。

 お兄ちゃんと目と目が合う。互いに少しでも動けば、触れ合ってしまう距離だ。


(お兄ちゃんだったらいいよね!)


 私は目をつむる。


「クタル……いつまでそうしているつもりだ?」


「わぉんっ!」


 私は慌ててお兄ちゃんか離れると、後ろを向いて正座をする。

 ナタリヤさんのそばに、いつの間にか孤児院の小さな子供達も集まってきていた。


(私……もしかして、キスしようとしてた?)


 ずかしさで、顔が真っ赤になるのが分かる。

 いつもは鬱陶うっとうしいと思っている頭巾フードも、今は顔が隠れるのでありがたい。


「ほら、立てるか?」


 とお兄ちゃん。いつの間に立ち上がったのだろう。

 荷物を片手に持ちつつ、私に手を差し伸べてくれる。


「うんっ!」


 その手を取ると、私も立ち上がる。

 パタパタパタ――スカートの中で尻尾が勝手に動く。


 子供達が不思議そうに、その動きを見詰めていた。


「お兄ちゃん!」


なんだ?」


「お帰りなさい」


「ああ、ただいま」


 フェンリエル王国の山間にある小さな孤児院が、今の私達の家である。

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