第2話 王都炎上(2)


 息が上がる。こんなに走ったのは生まれて初めてかも知れない。

 それでも――ギリギリ間に合った――というところだろうか。


 森の中だというのに、剣戟けんげきの音が響いている。魔術を使い、その状況を覗き見ると、黒尽くろずくめの男達に囲まれ、数人の騎士が戦っていた。


 騎士達の後ろには女性が二人居て、二人共、赤ん坊を抱えている。


 ――二人?


 俺は首をかしげる。薄着の女性は王妃で、もう一人は侍女だろう。

 師匠の姿がない。


 ――やはり、王都であの黒い竜と戦っているのか!


(お人好しめ……)


 つくづく、あの人らしいと思った。

 どうにも一番厄介やっかいな事を引き受けたがる性分のようだ。


 なら、弟子である俺のやる事は決まっている。


(あの赤ん坊を助けないとな――)


 二人居るという事は、双子だったのだろう。

 俺は魔法で夜の闇と同化し、姿を消した。


 黒尽くろずくめの連中は中々良い装備をしていた。

 これは騎士達も苦戦するはずだ。


 一見、やとわれの傭兵のようだが、どうにも連携が取れている。

 対人――つまり、殺しを得意としている可能性が高い。


(傭兵をよそおった暗殺ギルドの連中かも知れないな……)


 森での戦いは不慣ふなれなのか、騎士達は不利な状況にある様子だ。 

 また、守りながらでは上手く立ち回るのが難しいらしい。


 しかし、相手はなにかを狙っているようだ。

 恐らく、赤ん坊を無傷でとらえたいのだろう。


 準備が良い割に、派手な攻撃がないのはそれが理由と考えて良さそうだ。

 そのお陰で、騎士達もなんとか戦えている。


 俺はまず、指揮官もしくは連絡役と思しき相手を探した。

 少し離れた場所に二人。


 ――見付けた!


 腕は立つのだろう。子供の自分では太刀打ち出来ない。

 まずはギリギリまで近づき、眠りの魔法を使う。


 一人は倒れたが、もう一人はひざき、こらえている。

 突然の状況だが、相手はぐに理解した様子だ。


 ひざいた男は自分の足にナイフを突き立てた。

 痛みで眠気を押さえる。


冗談じょうだんじゃない……)


 こいつらは、ただのやとわれではない。完全にプロの集団だ。

 訓練されている。


 恐らく、魔法をしのいだのはリーダーだろう。

 俺はすでに近距離まで近づいていたため、麻痺の魔法を背後からお見舞いした。


 気絶させる事には成功したが、合図の笛を吹かれてしまう。

 騎士をおそっていた連中の動きが変わる。


警戒けいかいされてしまったか……)


 こうなってしまえば、時間との勝負だ。

 生憎あいにくと、俺は師匠程の正義感を持ち合わせていない。


 しかし、赤ん坊を見捨てられる程、落ちぶれてもいなかった。侍女へとおそい掛かり、赤ん坊をうばい取った黒尽くろずくめから、俺は再び赤ん坊をうばい返す。


 姿を魔法で消していたため、ここまではなんとかなった。突然の出来事に狼狽うろたえる黒尽くろずくめに、俺は杖の先から炎弾の魔法をお見舞いする。


 一旦、残りの黒尽くろずくめ達は距離を取ったようだ。

 正直、魔法を使う魔力がもうない。


 だが、相手が警戒けいかいしてくれたため、杖を向けるだけで時間がかせげる。


「ロフタルが弟子――リオルです!」


 敵を牽制けんせいしつつ、そう声を掛ける。

 助けに現れたのが子供では、なんとも頼りないだろう。


 しかし――


「お願いです。その子を連れて逃げてください」


 と王妃。もう一人の赤ん坊をしっかりと抱き締めている。俺は――それでいいのか?――と問おうとしたが、自分ではこの状況をくつがえす事は出来ない。


 赤ん坊二人を助けるのは無理だと判断する。

 むしろ逃げるには、警戒けいかいされている今がチャンスだろう。


(一人だけなら、確実に助けられる!)


「名前は?」


「エレノアです」


 それだけ聞くと、俺は赤ん坊を抱いて走り出した。

 何人なんにんかは追って来たが、夜の森で魔術師と追いかけっことは度胸がある。


 余程自信があるのか、子供だと思ってめているのかは分からないが、隠蔽いんぺいの魔法で遣り過ごす。


 魔法で植物の根や枝を動かすと、簡単に転ばす事が出来た。

 強力な魔法は使えないが、これなら逃げられそうだ。


「良い子だから、大人しくしていてくれよ……」


 赤ん坊にそう言い聞かせると、突如、狼にた遠吠えが聞こえる。

 それに共鳴するかのように、大人しかった赤ん坊が突然泣き出す。


不味まずいな……居場所いばしょがバレる)


 そう思ったのだが、次の瞬間には空を飛んでいた。

 魔法ではない。巨大な狼にくわえられている。


なんて事だ……」


 フハハハッ――普段は不愛想ぶあいそうだと言われていたが、これには笑わずにはいられなかった。


 その巨大な狼は山中へと俺達を運ぶ。

 しばらくすると、再び遠吠とおぼえが聞こえ、何処どこかへ姿を消してしまった。


(こんな魔物が、もう一匹居るのか?)


 ――いや、神獣かも知れない。


 だとすれば、王妃の方も無事――とは考え難い。

 暗がりだったが、相当具合が悪そうだった。


 産後に無理をしたため、命を落としている可能性も捨てきれない。

 俺はこの場で少し待ってみたが、狼が戻る気配はなかった。


「行ってしまったか……」


 魔術師としてのさがだろうか、命拾いした事よりも、不思議な経験をした事に感動している。


 月明かりの中、すでに泣き疲れていたのだろう。

 呼吸をしているのか不安になる程、静かに眠る赤ん坊に、


「お前が助けてくれたのか?」


 そう言って、新ためて姿を確認し――俺はおどろく。

 なんとその赤ん坊には、獣の耳が生えていたからだ。


 耳だけではない。フサフサの尻尾まで生えているではないか。

 これでは伝承にある獣人だ。


 おどろきよりも、俺はこの先、この赤ん坊をどうすればいいのか――夜遠し歩きながら考える破目になるのだった。

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