オオカミ令嬢と月の魔術師

神霊刃シン

オオカミ令嬢と月の魔術師

序 章

第1話 王都炎上(1)


 夜の王都が炎に包まれている。原因は巨大な黒い竜だ。

 その巨体も事乍ことながら、鎌首をもたげ、炎の息をいている。


 大きな翼を動かす度、突風で炎が街へと広がった。

 人々に対抗する手段がある筈もない。


 本来、結界により守られているはずの王都。

 そこに何故なぜ、魔物である黒い竜が現れたのかは分からない。


(そもそも、何処どこから現れた?)


「落ち着けよ――リオル・ルーグ」


 俺は自分の名前を声に出す。


 ――誰かが召喚したに決まっているだろ!


 薄々は感づいていたはずだ。

 兄弟子であるベガートの様子が可笑おかしい事に……。


 だが俺は、それを師匠に報告しなかった。

 信じたくは無かったのだ。


 家族を失い、行く場所のない俺に手を差し伸べてくれたのは彼である。

 魔術師としての修行の旅。


 決して楽ではなかったが――笑い合い、はげまし合い、一緒に頑張ってきたのだ。


(それが……なんでなんだ?)


 覚えたての風の魔法を使い、燃え広がる炎をけつつ、建物の屋根づたいに回り込むように城へと近づく。


 風の魔法は――空を飛ぶ――という便利なモノではなく、風をまとい、身軽に動けるようになる程度の魔法だ。


 普段より幾分いくぶん身軽に動けるというだけで、子供の自分の足では城に辿たどり着くまで、時間が掛かり過ぎる。


(冷静になれ! リオル・ルーグ――お前は魔術師だろ!)


 そう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる。

 師匠にも言われている事だ。


 ――冷静さこそ、魔術師の武器である。


 何故なぜ、師匠はいない?


 ――それは城に呼ばれたからだ。


 何故なぜ、呼ばれた。


 ――うらないで、今日、国王の子供が生まれると出たからだ。


 何故なぜ、俺はここに居る。


 ――なにか良くない事が起こると、それも占いで出ていたからだ。


 城には来るな!――と言われている。


(師匠はこうなる事態を予想していたのか?)


「ならば……」


 今、城には高名な魔術師である師匠が居る。生まれたばかりの赤ん坊や出産直後の王妃に呪いが掛からないように、呪術などから守るためだ。


 その他にも、高位神官や吉報を待っている家臣達も城に居るはずだ。

 逆に言えば、国の重役達が集まっている状況だ。


 ベガートはそのすべてを焼き払うつもりなのかも知れない。

 彼は笑顔の裏で、いつも復讐を考えていたのだろうか?


 元貴族だ――と話してくれた事がある。

 この国に来てから、何処どこか落ち着かない様子だった。


 勿論もちろん、彼一人でこんな事が出来るはずもない。以前より、国家転覆てんぷくを狙った組織があり――今日、実行に移した――と考えるべきだ。


 恐らく、ベガートは情報を売っただけだろう。

 怪しい連中と話している姿を何度か見掛けた。


(俺があの時、彼に声を掛けていれば……)


 今更くやんでも仕方のない話だが、後悔せずにはいられなかった。


(今の俺に出来る事はなんだろう?)


 師匠の元へと駆け付ける事?


 ――違う。


 逃げ惑う、街の住民達を助ける事?


 ――これも違う。


 城に行けば竜との戦闘になる。

 街の住民は衛兵達が何とかするだろう。


 ――ならばどうする?


 師匠なら、きっと王妃とその子供達を逃がすだろう。

 でも、生まれて間もない赤ん坊に出産直後の女性をどうやって?


 ――師匠一人では無理だ。


 まずは信用出来る者達を連れ、何人かで護衛をしつつ、城にある隠し通路で脱出するはずだ。


 ――合流するのなら、そこしかない!


(でも、何処どこに?)


 肝心の隠し通路の出口が分からない。


 ――いや、ヒントはあるはずだ……思い出せ!


(そう言えば、師匠は最初にこの国の歴史を教えてくれた)


 このフェンリエル王国は山々に囲まれていて、自然豊かな土地にも恵まれている。

 理由の一つは、竜が住まうという山のふもとにある大きな湖だ。


 これにより、水に困る事はない。

 建国神話によると――山の神である巨大な狼と契約を交わした――となっていた。


 満月の夜、その大きな湖にて、巫女を生贄いけにえささげたという。

 それになぞらえて、毎年建国祭が行われている。


 国に選ばれた女性が巫女として、舞を収め、山の神に感謝するのだ。


 ――つまり、湖か。


(王族だからこそ、山の神に祈るのかも知れない……)


 確証はないが、行ってみる価値はあるだろう。あまりにも火の手が上がる勢いが早い。水の在る場所に逃げるのは必然とも言える。


 ――目的地は決まった。

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