二章
第47話 自由
今回、レオン視点ではありません。
初登場キャラですが、混乱させたらごめんなさい……!
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魔動鎧のスーツに身を包んだ長身の娘は、神妙な面持ちで呟いた。
「ついにこの日がやってきってしまったな……」
娘の名はレリア。
長い金髪を後ろで結わいた、明るい表情が魅力的な十八歳の娘だった。
そんなレリアを囲むようにして、十代前半の子供たちが十人以上泣きじゃくっている。
レリアと子供たちは、オリーブ色のスーツに身を包んでいた。
そのスーツの腕部には、壊れた拘束具と太陽に手を伸ばす人間が描かれたワッペンが縫い付けられている。宇宙連合軍の圧政者懲罰隊を示す部隊章だ。
今日は、レリアがその懲罰隊を“卒業”する日であった。
十八歳を迎えた今日、レリアは懲罰隊の後輩と別れらなければならない。少なくとも後輩たちが“卒業”の日を迎えるまで
「皆……私はついに、自由を手にすることができる。皆もどうか、自由のために戦い、自由を勝ち取ってほしい……それだけが、圧政者の子である私たちの生きる道だ」
後輩たちは皆、誰もが泣きながらその声に頷く。
そんな中、離れた場所で一人無表情の少女がいた。
長い緑の髪を伸ばした華奢な少女。年はまだ十二、三といったところか。人形のような端正な顔立ちは、髪色も相まってどこか神々しさを感じさせる。
少女もまた、軍服に懲罰隊の部隊章をつけていた。
しかし、その少女は他の者たちと二つの点で異なっていた。一つはピンと横に伸びた長い耳を持っていること、もう一つは尋常でない魔力を有していることだ。
少女を見た懲罰隊の子供が声を上げる。
「おい、イブ! レリア先輩の“卒業”の日なんだぞ! なんでそんな顔をしてられるんだ!?」
「別に……」
イブと呼ばれた少女はそっけなく答えた。
「お前……っ!」
他の子供たちはそんなイブに苛立ちを見せる。
しかし、レリアが快活な声を響かせた。
「なんだ~、イブ? もしかして照れているのか?」
レリアはイブを自分に抱き寄せると、その頭をわしゃわしゃと撫でた。
「このこのー! 本当に素直じゃないんだから、イブは」
「れ、レリア先輩、でもこいつは」
子供の一人が何かを言いかけると、レリアは首を横に振る。
「イブはいつもこうじゃないか。他の先輩の“卒業”のときもそうだっただろ?」
その言葉に子供たちは不満そうな顔をしながらも口を噤む。
「皆。帝国では、イブはおかしいと思われるかもしれない……でも、宇宙連合では違う。皆が自由で平等なんだ。見た目が違うことを言うのは止めろ。私たちが求めている自由は、そういう世界なんだ」
レリアは皆の顔を一人ずつ見ると、こう口にする。
「約束してくれるか? イブと仲良くしてくれると……私からの……お前たちの隊長からの最後のお願いだ」
「レリア先輩……」
「お姉ちゃん……」
子供たちは涙を堪えながら、うんと深く頷いた。
それを見て、レリアは満面の笑みを見せた。
「皆、ありがとうな……あっ」
レリアは、扉の横に立つ白衣の男に気が付く。
厚底の眼鏡をかけた肥満体型の若い男だ。怪訝そうな顔をして、しきりに貧乏ゆすりをしている。早くしろと言わんばかりの態度だった。
「時間のようだ……皆、本当にありがとう。そして、ここにいる全員が無事に“卒業”できることを祈っている。また、いつか、どこかで」
レリアは名残惜しそうな顔でそう言い残すと、白衣の男と共に部屋を出ていくのだった。
皆が泣いてそれを見送る。
レリアはこの二年、皆のよき隊長であった。家族と会えない皆にとって、母や姉のような存在だった。最後の最後まで皆に涙を見せない、強い女性であり続けた。
だからこそ、皆レリアと別れるのが寂しかった。
しかし、イブだけは泣かなかった。
レリアが嫌いなわけではない。むしろレリアと会ってから、イブの口数は劇的に増えた。返事をするようになったし、意図していないが皆を笑わせるようなことを言うこともあった。
単にイブは感情表現が乏しいのである。
それ以上に、イブには皆何故泣くのかが理解できなかった。
──自由になれる……自由はいいものなのに。
いいことがあったときは笑っていい。嫌なことがあったら泣いていい。
そういうふうに、イブはレリアから教わった。
しかしやがて、子供たちはなんとか涙を拭い自室に戻り始める。明日の魔動鎧の訓練に備えるためだ。
皆、レリアのように自由になろうと、頷き合っていた。
そんな中、一人残されたイブは自分の頭にある物に気が付く。
「これ……」
それはレリアがいつも自分の髪を後ろで結わくときに使っていたヘアゴムだった。ただのゴムではなく、可愛らしい熊の顔の飾りが付いている。
今出て行ったレリアの頭には、簡単なヘアゴムが付けられていた。
つまりレリアは、イブに自分の愛用していたヘアゴムをプレゼントしたわけである。
部隊の中で孤立しやすいイブを思っての贈り物だった。
しかしイブは、そうは解さなかった。
「返さないと。これはイブの。人の物を盗っては駄目」
そう言うとイブは、レリアと若い男が出て行った扉に手をかざす。
強力な施錠魔法の仕掛けられた扉。
しかしイブの魔法によって、簡単に開いてしまう。
イブは、見たこともない長い廊下に出た。
無機質な光沢のある白い壁と床の廊下の左右を確認すると、イブは迷わず左へ体を向ける。左のほうに、レリアと男の魔力の反応が見えたからだ。
「あっち」
イブはそのまま二人をとことこと追い始めた。
いくつかの曲がり角を曲がり、やがて視界でも遠くのほうに歩く二人がいることを確認するイブ。
男の怒鳴り声が響く。
「おら、急げ! この雌豚!」
「は、はい!」
レリアは男に尻をぱんぱん叩かれたり、馴れ馴れしく体を触られながら歩いていた。
「あ、あの……まず、親に会わせてもらえるんでしたよね?」
「ああ、すぐに会わせてやるさ……その前にやることをやってからな」
男は自分より背の高いレリアの体を舐めるように見て言った。
それから男とレリアはエレベーターに乗り、上階へと上がっていった。
「上」
イブにはどこに行ったか丸わかりだ。すぐに横にある階段を上がっていく。
階数にして十階の高さを、イブは息一つ切らさず上がっていった。
一方のレリアはベッドや医療器具の置かれた部屋に連れ込まれていた。
「こ、ここは」
レリアが訊ねるが、男はニヤニヤとした顔を向けて言った。
「いやあ、ようやくだ。ここに就職するのが夢だったんだよな~。めっちゃ就活頑張った甲斐あったわぁ~」
「な、何のことでしょう?」
「処置の前に味見ができるってことだ」
男はそう言って、レリアのポニーテールを掴む。
「すげえ、すげえ! めっちゃさらさらしてる……しかもこの顔、このスタイル……俺とは遺伝子レベルが違え……ひひっ」
「や、やめてください!」
レリアはそう言うが、男は鼻息を荒くしてべたべたとレリアの顔や体を撫でまわしていく。
「さすがは帝国の貴族様を掛け合わせて作られた雌豚だけあるぜ……まあ、魔力値的にはDとか微妙だけど。いや、魔力値的に微妙なら俺のが混じっても、ふひひ──っ!?」
レリアは男の腕を掴み、自分から引き離す。
男は不機嫌そうな顔をして舌打ちした。
「お前……職員に逆らうことがどういうことか分かっているのか?」
「わ、私は懲罰隊を“卒業”しました。自由を得られるのではないですか? 親と会わせてもらえるのでは?」
「ああ? まだそんな言葉を……いや、軍役からは自由にしたろ。それに、親ともちゃんと会わせてやる……ほら」
男は部屋の壁にあった大きなモニターのスイッチを点ける。
そのモニターに映し出されていたのは、長細い円筒がいくつも並べられた空間だった。
それぞれの円筒には無数の管が天井まで伸びており、どれもガラスが付けられていた。
「えっと……そうだ、このいけすかねえ雄豚」
モニターの画面が動く。やがて一つの円筒のガラスを覗き込む映像が映し出された。
レリアはそれを見て、唖然とする。
円筒の中には、目を瞑る若い男が裸でいた。
その男は、二年前“卒業”した自分の先輩で、自分の前の隊長だったのだ。
「ガルス、先輩……?」
「見覚えあるだろ? ほら、こっちの豚も」
画面は次々と動き、レリアも知っている“卒業”した先輩が映る。
皆、目を瞑っていたが、女性に関しては腹が皆膨れていた。
レリアはがたがたと肩を震わせる。
「え、え……え……なんで……なんで、みんなが」
「ひひっ。絶望した顔も絵になるな~。ああ、ちなみに、これがお前の両親。母親の方はまだまだ綺麗な顔してんな! ここの工場のは、家畜のくせによく手入れされてやがる。普通はどこも、手足を切り落とすんだぜ?」
男は、レリアと面識のない女性の顔を画面に映した。だがレリアは自分の親であることを察する。自分と瓜二つの顔をしていたからだ。
次に男は父親も映して、下衆びた笑い声を響かせる。
「ひひひ! 馬鹿な親を持って可哀そうになぁ! こいつらはな、猪みたいに突っ込んできたところを袋叩きにされて捕まったらしい! 見てくれも良いし、何不自由ない生活していたのになあ! 本当、馬鹿なやつら!」
レリアは映し出される先輩と両親に、嘔吐してしまった。
「うわ、汚ねぇっ! おいおい、今からその口を使うんだから勘弁してくれよ~。お前はこれから数日、俺のおもちゃになるんだからよ」
男は放心状態のレリアの腕を無理やり掴む。
「しっかし、初めての女がこんな上玉なんてなぁ~。学校じゃどんなブスも相手にしてもらえなかった俺が……おら、さっさとスーツを脱げ! いや、まずは着たままも悪くねえか! ゆっくりじっくり味わって……ひひ」
レリアの首筋に、男はレロレロと舌を伸ばす。
「レリアぁ……”卒業”おめでとう……凛とした女兵士が、今日から立派な雌豚だ。いただきまっ──!?
しかし、シュっと部屋の自動扉が開く音を聞いて、男は体をびくんと震わせる。
男が恐る恐る目を向けた場所には、イブが立っていた。
「な、なんでお前がここに!? と、というか何で扉が!?」
「レリアにこれを返しにきた」
イブはレリアが残したヘアゴムを見せる。
レリアはそれを見た瞬間、ぼとぼとと涙を流してしまった。
「レリア。なんで泣いているの? “卒業”したのに。自由になったのに」
自由なんてものはなかった──それは、画面に映る光景が証明している。
宇宙連合は、あまり魔力を持たない帝国の庶民によって作られた国だ。
その子らもまた少ない魔力しか扱えなかった。
もちろん例外はいた。
しかしその例外だけでは、多量の魔力を扱える帝国の貴族に敵わなかった。
だから宇宙連合は、捕虜にした帝国貴族を利用することにしたのだ。彼らに子供を生ませ、多くの魔力を扱える強力な兵士を作るために。
イブは男に顔を向けて言う。
「レリアが痛がっている。放して」
「こいつは俺に逆らったんだ! だから体罰を加えているだけだ!」
職員に逆らってはいけない。逆らえば罰を受ける。それが懲罰隊の規則だ。
「お前はさっさと出ていけ! そんなゴミはどっか捨てとけばいい!」
男は怒鳴るが、イブはまったく動じない。
「二度は言わない。レリアから手を放して」
「ああ!? てめえ、俺が誰だか分かっているのか!?」
「Fクラス職員。私に命令をする権限はない」
「はぁっ!? Fクラス!? 家畜が……人間様を格付けしてんじゃねえぞ!?」
男はレリアを突き飛ばすと、腰から銃を取り出しイブに向ける。
「でてけ! でていかねえと撃つ!」
「Fクラス職員の研究所内での銃の携行は禁止。違反者は処罰」
「処罰!? ……ああっ、うぜえ! おめえも足撃って、おかし……くえっ?」
男は銃の引き金を引こうとした。
しかし男の目には、落ちていく銃と自分の右手が。
「っ!? ────いってぇええええええ! いてぇえよぉおお!」
男は悲痛な叫びを上げ、ばたばたと床でのたうち回った。
そんな男にイブは容赦なく手を向け、風の刃で残りの手を切り落とした。次に火を放ち、その傷口を塞いだ。
「あっちぃっ! あちぃいいっ!」
びくびくと体を震わせる男を見て、イブは静かに呟く。
「初等無力化処置を完了。レリア、怪我はない?」
イブの声に、レリアはただその場で愕然としていた。
そんな中、自動扉が開く。
部屋に入ってきたのは、五人の白衣の男女だ。
手を切り落とされた男が、真ん中に立つ老齢の男に言う。
「博士! こ、この家畜が俺の手を!」
博士と呼ばれた老齢の男は呆れ果てたような顔をしていた。
「この馬鹿者をさっさと研究所から叩き出せ!!」
その声に白衣の者たちが頷くと、部屋にキャタピラを付けたロボットが数台入ってくる。
ロボットたちは、そのまま男の足をワームで掴むと、部屋の外へ引きずり出す。
「な、なんでです!? こんな家畜に!」
「自分たちが何者だったのかを忘れたのか、この馬鹿者が……お主のやっていることは、帝国の圧政者と何も変わらん」
男は訴えてやると叫びながら、部屋の外へと運ばれていくのだった。
「いや、それはワシらも同じか……いいや、それ以上のことをワシらはしでかしているのかもな」
博士は遠くを見るような目で呟いた。
「博士。レリアが泣いている。これから自由になれるのに。何故?」
博士はイブのその問いかけに何も答えず、他の白衣の者と顔を見合わせた。
だがそんな中、レリアが白衣の者たちに飛び掛かる。
「……イブ、逃げろ! 逃げて自由になるんだ! こんな場所にいては──」
レリアは、白衣の者が吹きかけたスプレーに気を失う。
イブはそんなレリアを抱き抱えると、その頭を優しく撫でる。かつてレリアが自分にしてくれたように。
「……レリア、おやすみ。これで、自由になれるね」
博士はそれを止めず、ずっと見続けていた。
だがやがてイブが満足そうな顔で博士を見る。
「寂しいけど、お別れ。私だけずるい」
博士はイブの声に頷くと、白衣の者たちにレリアを運ぶよう指示する。
男と違い、レリアは丁寧にベッドの上に寝かされた。
イブがそのレリアの手にヘアゴムを握らせようとすると、博士が口を開く。
「イブ。それはレリアがお前にくれたものじゃ」
「私に?」
「うむ。自分で使うとよいじゃろう」
博士の声に、イブはレリアをじっと見つめた。
「わかった。なら私のものにする」
「うむ、それがよい」
イブはレリアを真似するように、ヘアゴムでポニーテールを作る。
「イブ、少し話がある。ワシの部屋で話そう」
そう言うと、博士は部屋を出ていく。
イブはそれに付いていった。
「レリア、変だった。自由になれるのに、泣いていた。皆、あの中に入れると自由になれるのに」
「そうじゃな……」
「夢を見ているときと同じなんでしょう?」
「そう。苦痛も感じない。何もかもが、自分の思い通りになる世界じゃ。ワシが開発した、幻覚魔法を応用した魔導具」
「よく分からないけど、レリアや皆が幸せになるならいい」
「……」
博士は黙り込んでしまう。
イブには真実を話しているにすぎない。
自身は、研究所の子らをなるべく苦痛のないようにさせている。本当の自由を、頭の中では体験させている。他の研究所や工場とは違う……そう言い聞かせているのだ。
とはいえ、博士も馬鹿ではない。どんなに理屈をこねようが、自分のやっていることが、どんなに非道なのかも理解している。
そんな中、イブがぽつりと呟く。
「それに、皆にはお母さんやお父さんがいるしね。羨ましい、っていうのかな?」
「自分にはいないからか」
「うん。死んでしまったんでしょう?」
「そうじゃ。お主を生んで、お主の母は亡くなってしまった……手は尽くしたが、お主を無事に生かすことで精いっぱいじゃった」
「お母さんは自由だったのかな」
「それは分からぬな。お主の母は特別じゃったから」
「私と同じ耳だから」
イブの声に、博士は「それもある」と頷いた。
それから博士は部屋に入ると、イブをソファに座らせる。
「イブ……早速だが、お主に任務がある」
「任務? 皆と一緒じゃない?」
「お主にしかできないことなのじゃ」
「どんな任務?」
「帝国……それも帝都への潜入じゃ。諜報部が、帝都の士官学校に異変があることを突き止めた。お主は、その士官学校で情報収集……指令があれば、破壊工作を行う」
「分かった」
イブは即答した。
いつもと変わらない様子のイブに、博士はこう続ける。
「そうか。じゃがな、イブ。今回の任務は、その耳を一度切らねばならん」
「耳を?」
「うむ。手術を受けてもらう。じゃが、帰ってきたときにはまた戻せるようにしておく。構わないかのう?」
イブは自分の長い耳をさわさわと触る。珍しく少し考え込んだが、やがてそっけなく言う。
「任務なら仕方ない」
博士はこくりと頷くと、机にあった写真を見つめる。自分と、今は亡き自分の娘が映っている写真を。
「必ず帰ってくるのじゃ。お主は我らの……いや、ワシの希望なのだから」
それから一週間後、帝国と宇宙連合を結ぶエウーロス宙道を、一隻の魔動船が進んでいくのだった。
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