第46話 約束
──服は制服のままでオーケーっと……プレゼント交換用のプレゼントも持った。あとは着替えも大丈夫だな」
レオンは寮の自室の玄関で、姿見を見ながら最終確認をしていた。
戦役から帰ってきた日の翌日。
レオンはこれから、エレナ主催のパーティーへ向かう。
ベルはプレゼントを忘れたとか言って、急ぎギュリオー商会の百貨店に行った。レオンも昨晩、そこで交換用のプレゼントを買ったのだが、ベルは用事があると行かなかったのだ。
そんなベルからは、先に向かってくれというメッセージが携帯端末に送られてきていた。
「まったく……何やってるんだか」
レオンはベルに早く来るよう返信すると、プレゼントの入った紙袋を持って自室を出た。
パーティーの会場は、ギュリオー商会のホテルだ。
帝都の海岸沿いのリゾート地区にあって、プライベートビーチやプール付きの庭園、さらには温泉もある高級ホテルだった。
パーティーが終わった後も数日休養できるよう、エレナが取り計らってくれた。だからレオンは着替えも持っていく。
──温泉。ちょっと疲れていたし、ゆっくり羽根を伸ばそう。本当に色々なことがあったから……
馬車に乗ったレオンは、ぼうっと今までのことを思い返していた。
中世のようなヴェルシアで平和に暮らしていたレオン。フェリアと毎日、楽しく過ごしていた。
それが、この帝国の侵攻によって一変してしまった。フェリアを追って宇宙を渡り、帝都の士官学校に入り、戦ったりデブリを漁ったり、陰謀に巻き込まれたり……
全てはフェリアを守るため。その一心で今日まで頑張ってきた。
だがと、レオンは遠くを見ながら考える。
そのフェリアはもう、ほとんど自分の助けなんか必要としていない。戦役は、あれは結果として必要になったというだけだ。
──そもそもフェリアは今、何を考えているんだろう。
レオンやヴェルシアのことを心配して、守ろうとしてくれているのは分かる。
それを成し遂げるには、帝国での栄達が必要……だからフェリアは人脈を広げ、戦役で名を上げているのだろう。
──でも、あれだけの力を持つフェリアが、この帝国の現状に甘んじるかな?
フェリアは昔から曲がったことが大嫌いだった。いじめや暴力を見れば、それが人間でも魔物でも絶対に止めに入った。上下関係というものを嫌い、誰とでも壁を作らない性格だった。
そんなフェリアからすれば、この帝国はまるで地獄のような場所なのだ。
帝国を変えるやり方をフェリアなりに考えている気もする。レオンと同じようにエレナを支援したり、元老院で影響力を上げるなり、色々なやり方があるはずだ。
──フェリアがその気なら、俺も力になりたいが。
残念ながら、フェリアはそういったことは頼んでこない。
──って、気が付けばフェリアのことばかり考えているな、俺……
もともとフェリアのために帝都に来たこともあって、レオンの頭の中はフェリアのことでいっぱいだった。
そんなこんなで、馬車の車窓からは目的のホテルが見えてくる。
高層棟も備えた、宮殿風の建築。
かといって、金銀がふんだんに使われているような嫌味な感じではない。オレンジ色の屋根と大理石の壁が特徴の、落ち着いた雰囲気だ。
車寄せで馬車が停まる。ホテルマンが扉を開き、昇降用の階段を置いてくれた。
「ありがとうございます」
レオンが馬車から下りてそう言うと、ホテルマンの一人がレオンに会釈する。
「エレナ殿下ご招待の、レオン・フォン・リゼルマーク様、ですね。お荷物は、部屋のほうに運ばせていただきます」
その声にレオンはよろしくおねがいしますと、着替えの入ったトランクをホテルマンに渡した。
「では、ご案内いたします」
他のホテルマンの案内に従い、レオンはホテルの中へと入る。
噴水のある巨大なロビー。如何にも高級ホテルといった佇まい。
そのままどこかホールのような場所に案内されると思っていたレオン。
しかしホテルマンはロビーをそのまま通り抜け、外へと出る。
──海が見える野外会場か。せっかく海沿いのホテルなんだしな。
綺麗な花が見える庭園に、いくつかのテーブルやベンチ。ゆっくりと過ごせそうな場所だ。
きょろきょろとレオンが周囲を眺めていると、急にホテルマンは歩みを止めた。
「こちらです」
「あ。ありがとうございます……え?」
レオンは思わず唖然とした。
目の前には、食事のできるようなテーブルと椅子があった。そしてその椅子には、長いブロンドの髪の美少女が座っていたのだ。
その美少女も、レオンを見て目を丸くしている。
「ふぇ、フェリア……」
「レオン……」
椅子に座っていたのは、フェリアだった。
レオンは慌てて言う。
「ど、どうしてフェリア様が!?」
「わ、私はエレナ殿下にここのパーティーに呼ばれて」
「そ、そうでしたか。実は私もそうでして」
「な、なるほど。でも、殿下も他の人もいないわね」
「確かに……あの、エレナ殿下たちはまだなのでしょうか?」
ホテルマンはレオンの声に頷く。
「まだ、ご到着でないようです。どうやら、渋滞に巻き込まれてしまったようで」
「渋滞?」
レオンが来るまで、道はとても空いていた。輸送車両も多い地下都市はともかく、帝都の地上はそもそも渋滞することが稀だ。
とはいえ、途中で交通事故があって通行止めということもあり得る。
「分かりました……それでは、こちらで待たせていただきます」
ホテルマンはレオンの声に一礼すると、その場を去っていった。
──エレナはたしかに別の派閥からも人を呼ぶと言っていた。だからフェリアが来る可能性もあるとは思っていたが……
まさか二人きりになるとは思いもしなかった。
レオンは気まずさを感じて、ロビーに顔を向け立ち続けた。
そんなレオンに、フェリアが小さな声で言う。
「……座ればいいじゃん」
レオンは顔を向けないまま答える。
「こ、ここは他に席がないから、すぐ移動になるかもしれませんし」
「……嫌なの?」
レオンがその声に顔を向けると、フェリアは頬を赤らめていた。
──な、なんで、そんな恥ずかしそうなの?
レオンもフェリアの恥じらう様子を見て、なんだか胸がドクンと高鳴る。
「そ、そんなことは」
「じゃあ、座ればいいじゃん……」
「は、はい」
レオンは恐る恐る、フェリアの向かいの席にかけた。
顔を赤らめながら、どこか別の場所を見るフェリア。
レオンも、なんだか直視できないので、海を眺める。
ざざーんという波の音とカモメの鳴き声が響く中、二人は十分待った。
しかし待てど暮らせど、エレナたちはやってこない。
レオンは携帯端末を出して、エレナと連絡を取ろうとする。
すると端末には、事故で結構遅れそうというエレナのメッセージが来ていた。
「まじか……殿下たち、相当遅くなるみたいですね」
「そう、なんだ」
それからまた会話が途切れる。
──なんだよ、エレナのやつ……というか、ジャンや側近の貴族の子だけでも十人以上いたはずだ。その従者も来るなら、もっとたくさんになる。皆が皆、同じように遅れるものか?
レオンは不自然さを感じ、周囲を見渡そうとした。
だがそんな時、フェリアが口を開く。
「あ、あのさ、レオン」
「な、何でしょう、フェリア様?」
「え、えっと……背、伸びた?」
フェリアはこちら窺うように見てきた。
「そ、そんなことはないと思いますけど……フェリア様こそ……」
帝都に来てから、レオンはフェリアを間近で見ることはなかった。
──制服を着ているせいか、なんだか大人っぽく見える。いや、背も高くなったし、なんか色々と成長……
レオンはいかんいかんと首を横に振った。
「ふぇ、フェリア様も伸びましたよ」
「そ、そう」
それから再び、沈黙が流れる。
そんな中、口を開いたのはやはりフェリアだった。
「……ねえ、レオン」
「は、はい。フェリア様」
「ここの庭園見てるとさ、ヴェルシアのこと思い出さない?」
たしかにこのホテルの庭園は綺麗だ。
しかし、庭園はありふれている。形もヴェルシアの宮殿のものとは似ていなかったし、海は遠くに見えるぐらいだった。
とはいえ、色とりどりの花が咲いている、ということは共通している。
「そ、そうですね。綺麗な花ばかりで……ヴェルシアを思い出します……」
言われて花をじっと見つめれば、レオンの脳裏にもヴェルシアで過ごした日々が浮かんできた。
──そうか。懐かしく感じるのは、フェリアとこうして一緒だからだ……
あの時は、レオンもフェリアもただ毎日を楽しく過ごしていた。
──微笑ましくなるというよりは、悲しくなってくる。もうあんな日は訪れないんだ。
恐らくフェリアも同じ気持ち……レオンはフェリアに問う。
「フェリア様は……またヴェルシアに戻りたいですか?」
「当たり前のこと、聞かないでよ」
フェリアはすぐ、少し苛立つような声で答えた。
レオンにイラついているわけではない。自分の置かれた状況に苛立っているのだ。レオンにもそれは理解できた。
「ごめんなさい……そうですよね。俺だって、ヴェルシアに戻りたい」
「戻ればいいじゃない……というより、戻ってよ。やっぱり、レオンはこんなところにいないほうがいい」
悲痛な面持ちで言うフェリアに、レオンは首を横に振る。
「……戻りません。フェリア様が戻る日が来るまでは」
レオンが真剣な表情で言うと、フェリアは小さくあっと声を漏らした。
その目には涙が浮かんでいた。
「レオン……」
フェリアはすぐに涙を拭い、顔を真っ赤にして言う。
「っ──レオンの馬鹿! ……馬鹿っ馬鹿っ馬鹿っ! 毎日毎日、本当に気持ち悪い!」
「フェリア様? その、毎日とは?」
首を傾げるレオンに、フェリアはびくっと体を震わせる。
「毎日夜……そ、それはその……というか、何なのよ! あんな可愛い子ばっかり! 私に見せつけているの!?」
「し、心外です!」
「エレナ様といっつも放課後一緒だし、学校ではあのルアーナって子と仲良くしているみたいだし、しかもあんな綺麗なヒメナさんが従者になりたいとか……挙句の果てに、帝都で大人の女の人と歩いているの、知っているんだよ!」
「お、落ち着いてください! 皆、そういった関係じゃありません! しかも、最後にいたっては多分、ベルのことです! そ、そもそも俺とフェリア様は……」
「なんなのよ? 私はレオンの」
じいっと見てくるフェリアに、レオンは気圧される。
そもそもフェリアは、こういうふうに慌てるところをレオンに見せたことがなかった。
「フェリア様は……」
「……フェリア様は?」
「私の……」
「私の?」
レオンは何とか言葉をひねり出そうとする。
だが、そんなに難しいことではなかった。レオンにとってフェリアは……
「……フェリア様は、私の大切な人です」
その一心で、フェリアを追ってきたのだ。フェリアが大切だからこそ、こんな場所に来ている。
フェリアはそれを聞いてちょっと不満そうな顔をした。
だがすぐに、また涙を浮かべ、声を震わせる。
「……私も……レオンは大切な人……とっても、とっても大切な人」
レオンにもフェリアの気持ちが痛いほど伝わってきた。
フェリアはテーブルの上に置かれたレオンの手に自分の手を重ねると、深く呼吸する。
「私……頑張るから。もっと、レオンとヴェルシアのために頑張る」
ぎゅっとフェリアはレオンの手を握った。
フェリアはレオンに力を貸してくれとは言わなかった。ただ、頑張ると伝えた。
レオンはフェリアにはフェリアの考えがあると、そこは頷くことにした。
「フェリア様……私も頑張ります。いつか、フェリア様と一緒にヴェルシアに帰れるように」
「私も。絶対に、一緒に帰ろう」
二人は顔を見合わせ、互いの手を強く握った。しばらく、ずっとそうしていた。
やがて、フェリアが顔を真っ赤にして言う。
「あ、あのさ。お願いがあるんだけど……」
「な、なんでしょう?」
「昔みたいに……頭を撫でてくれない? お父様に怒られたとき、よく励ましてくれたみたいに」
「今、こ、ここでですか?」
「い、嫌ならいいわよ!」
レオンはフェリアが寂しがっていることに気が付く。
──まだ子供だもんな……
「わ、分かりました……」
そう言ってレオンは椅子を立ち上がる。
それから、目を瞑るフェリアのつやつやとしたブロンドの髪を撫でてあげる。
今までレオンは意識してこなかったが、フェリアは本当に綺麗な髪をしていた。顔も何もかも、本当に美しい。
レオンもまた顔を赤くしながら、しばらくそうしてあげるのだった。
やがて、近くの茂みがガサっと揺れる。
「だ、誰だ!?」
レオンとフェリアは庭園の茂みに顔を向ける。
意識を向けなかったので気が付けなかったが、そこにはうっすらと魔力が動くのが分かった。
「魔力隠蔽……まさか!」
レオンが声を上げると、茂みの者たちは観念したのか、姿を現す。
「あらら。やっぱりこの人数は限界がありましたか。エレナ様、前のめりすぎですよ」
ベルは、隣のエレナにそう言った。
「し、仕方ないじゃない! 後ろからアーネアが、興味深いとか言って押してきたんだから! ヒメナちゃんも鼻息荒いし」
「わ、私は別に!」
アーネアが必死に首を振っている横では、ヒメナが顔を真っ赤にして立っていた。
「れ、レオン様……本当にお優しいですわ!」
レオンとフェリアは、エレナたちが最初から自分たちを見ていたことに気が付く。ベルが魔力を隠す魔法を使っていたのだ。
フェリアは慌てて答える。
「い、言っておきますけど、私は迷惑しているんです! レオンはいっつもしつこく言い寄ってくるから! ……キモイ! あっちいって!」
「そ、そんな、フェリア様! それじゃあ、まるで俺が勝手に頭を撫でる変態みたいじゃないですか!?」
「変態よ、変態! エレナ殿下、はやくパーティー開いちゃってください!」
フェリアはそう言って、エレナの後ろに隠れた。
「まったく、素直じゃないな~。まあ、いいや。それじゃあ、私たちもパーティー始めましょう!」
エレナはにやにやとレオンを見て言った。
その後、帰還を祝うパーティーが始まった。
会場は、やはりホテルの別の場所だった。
海が見える巨大なホール。テーブルにはそれは豪勢な食事が並べられていた。
会場にいるのは、総勢百名ほど。
レオン、フェリア、ベル、ヒメナを除けば、皆エレナの派閥の者たちだ。生徒だけでなく、商人など街の人、魔物も少数いた。
少なくはないが、レブリア公が千人規模のパーティーを毎日のように開いているのと比べれば、やはりエレナの派閥はまだまだ小さい。
パーティーでは色々な催しが行われた。
ジャンは歌が上手かったり、アーネアは手品が上手かったりと、皆の意外な一面を知ることができた。
「お待たせしました、皆様。特注のケーキですよ」
途中、ギュリオンさんが直々に巨大なケーキを届けてくれたりと、本当に賑やかなパーティーとなった。
エレナもやはりどこか晴れない表情をしながらも、楽しそうな笑顔を見せていた。
──俺やフェリアを気遣って、二人っきりにしてくれたんだろうな。本当に優しい子だ。
レオンはエレナの心遣いに感謝する。
と同時に、やはりエレナが統治する帝国を見たいと思った。今後帝国が荒れるとしたら、その力になりたいとも。それが一番、ヴェルシアのためになる。
エレナの父である皇帝のこと、探し物をなんとかすることは、しばらくレオンの目標となるだろう。
ベルにも感謝しなけばいけない。ベルがいなければ、今ここに自分はいない。
──ヒメナは……本当に俺の騎士になるつもりだろうか。もしそうするなら、色々と自分のことも話さないといけない。
そんなこんなで、パーティーはお開きに近くなってきた。
途中エレナがレオンも良く知る王様ゲームのようなものをやろうと言ったが、大人もいるためそれは止められた。
最後は演説……などではなく、プレゼント交換で締めることとなった。お堅いのが嫌いなエレナらしい。
全員で輪になって、プレゼントをぐるぐると隣の者に渡していく。
「さて、誰のがもらえるかしら……よし、ストップ」
エレナは音楽が鳴り止むのを聞いて、プレゼントを回すのを止めた。
レオンの手に停まったのは、紙袋。
「俺のと同じ、ギュリオー商会の紙袋。これは……あれ?」
紙袋から出した小さな箱を見て、レオンは首を傾げる。
包装もギュリオー商会のもの。しかも大きさも形も、自分が昨日百貨店で買ったものと同じだった。
しかし、両隣を見ると、これは誰のだと声を上げている。
時計回りに回していたから、もし自分のが戻ってきたとすれば、両隣も自分たちのものになっていないとおかしい。
中身は違うかもと、レオンは包装を開けた。
箱のデザインも一緒。そして中身も……
「ヴェルシアのバラ……」
ドーム状のガラス容器に入った、一輪の青いバラ。ヴェルシアの商品をギュリオー商会が扱っていたため、レオンはこれを選んだのだ。
「俺と同じプレゼントを選んだ者がいたってことか……あ」
レオンは真向いで、同じ青いバラを持った者に気が付く。
持っていたのは、フェリアだった。
フェリアもまた、少し驚いたような顔をしたが、やがて真向いのレオンに気が付く。
レオンとフェリアは目が合うと、互いに微笑むのだった。
~~~~~~
ようやく一章完結です!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
二章からは、更新が不定期となります。とはいえ、時間に余裕が出ましたらまたどこかで集中的に毎日投稿する予定です。
どうか、今後とも読んでくださると嬉しいです。
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