第39話 迫る魔の手

 増援が来たことで、レオンには余裕ができた。

 自分の身を守るために転移する必要がなくなり、ベルもシールディスクを攻撃に回せるようになったからだ。


「一気に形勢逆転といきたいところだが……」


 とはいえ、第四軍団の鎧は騎士の鎧のように強力ではない。大異形軍の鎧をレオンたちのように一撃では倒せず、どうにか侵攻を食い止めているに過ぎない。


 また、第四軍団の艦艇は、雷装艦の一撃で撃沈されてしまうはずだ。


 だからレオンは優先的に雷装艦を攻撃していた。


 黒騎士もその意図を察してか、近くの雷装艦の護衛を自分へ惹きつけた。


「雷装艦右舷側、がら空きになりました!」


 ベルの言葉に従い、レオンは雷装艦の右舷側に転移しライフルから光線を放った。


 光線を受けた場所から閃光が瞬く間に広がると、雷装艦は爆散する。


 レオンの光線というよりは、雷装艦の積んだ魚雷が高威力なのだ。爆発に巻き込まれないように、レオンはすぐに転移する。


「こんなのが、あと何隻も……」


 見えるだけで、数十隻もいる。一刻も早く、次の雷装艦を破壊しなければ……。


 再び雷装艦を目指し敵を墜としていく中、レオンは白い鎧が近くで転移しながら戦っていることに気が付く。フェリアの鎧だ。


 一切の迷いもなく黙々と、大異形軍の鎧や艦を沈めていくフェリア。


 やらなければやられる。ここでは当たり前のことだ……


 そう言い聞かすも、蚊も殺せなかったあのフェリアがとレオンはやはり暗い気持ちになる。


 そんな気持ちだからか、雷装艦の近くへの転移を失敗し、敵の鎧がいるほうへ出てしまう。


 しかし、雷装艦はフェリアによって破壊されていた。


 通信が悪く意思疎通できないことあって、レオンは本当に不気味な気持ちになる。


「おお、すごい! さすがフェリア様ですね……ん?」


 ベルは第四軍団の艦艇の攻撃が止まっていることに気が付く。


 それは、射線を遮るように士官学校の生徒の魔動艦が複数いたからだ。艦は、どれも中破してしまっていた。


 単に、士官学校の生徒たちはすぐにでも第四軍団の艦艇に退避したい──レオンだけでなく、誰もが思っただろう。

 とはいえ、射線を遮るなんて非常識も良いところだ。第四軍団は早く射線から離したいのか、艦隊を士官学校の生徒たちの艦を迎えるように進ませた。


 ベルがげんなりした顔で呟く。


「非常識極まりないですね。あれごと撃っちゃえばいいのに」


 ベルの言う通り、普通の軍隊なら、射線に平気で居座るようなものは排除されても文句は言えない。


 しかし、階級社会の帝国では違う。

 士官学校には上級の貴族の子たちが所属する。平民と下級貴族で構成される第四軍団は強気には出れない。


 こういうのを見れば、宇宙連合に出ていった人間がいるのも頷ける。第四軍団の者たちも、きっと複雑な思いをしているはずだ。


──いや、何かがおかしい。


 傲慢な貴族が多いとはいえ、ここまでのことをやるだろうか。そもそも、この敵の数の前では第四軍団の艦に逃げたところで、安全とはいえない。

 逃げたいなら第四軍団を盾にするように、その後方へ逃げればいい。


 そもそも彼らは、ここから離れた転移阻止装置付近を守っていたはず。どうしてここに来たんだ? 少なくとも、第四軍団の艦艇が現れるまで周辺にはいなかった。


 貴族の子が、中破した程度で艦を捨て逃げるというのもおかしい。鎧があるなら、鎧で戦うはずだ。それに逃げるなら、こんな敵の多い場所に逃げてくる必要はないのだ。


「ベル……様子が変だ。一度、第四軍団の艦隊に向かう!」

「へい? 了解です!」

「フェリア様、黒騎士! しばらく、離れます!」


 レオンがそう言うも、聞こえていないのかいるか分からないが、フェリアはただ戦い続けるだけだった。


 黒騎士はしばらくして剣を掲げ反応を示した。行けということだろう。


 鎧の首を頷かせ、レオンは急ぎ第四軍団の艦艇に転移して向かった。


「そこの士官学校の艦は様子がおかしい! 艦隊に合流させるな! 艦隊をすぐに散開させるんだ!!」


 レオンは転移しながら、何度もその通信を繰り返す。艦隊が通信を拾えるようになるまで何度も。


 ようやく、艦隊から返信が返ってくる。艦隊のいるほうでは通信妨害がなされていないのか、映像付きの通信が開けた。

 映像に映ったのは、通信士ではなく艦長らしき帽子の男だ。


<こちら、旗艦ネアポリス。どういうことだ?>

「様子がおかしい! ここに空母が現れたのも士官学校の生徒のせいかもしれない! 前にいる艦も様子が変だ!」

<怪しい動きはこちらも承知している。通信を開いても、助けにきてとしか言わない。それどころか、絶滅などという意味不明な声も聞こえる>


 レオンは艦長の話を聞いて、確信する。トルチョ子爵もレブリア公の前で同じようなことを叫んで死んだ。


「異常が分かっているなら、せめて離れてください!」

<……しかし、あの艦にはレブリア公の親族はじめ、多くの貴族の子も乗っている。我らにはどうすることもできない>


 何と言われようと、自分たちは貴族を救難するしかないということか。


 レオンはかつてエリドゥを救難したことを思い出す。ここで第四軍団が貴族を撃っては、自分たちの家族に危害が及ぶのだ。


 かと言って、自分が撃てば……


 家族はもちろん、フェリアやヴェルシアがどうなるか分からない。


 通信が切れる中、ベルが呟く。


「あらら。本当に見てられませんね。レオン様、ちょっと魔力を分けてもらいます。それと、一枚だけお許しください」

「え?」


 ベルは盾から、シールドディスクをひっそりと一枚射出する。昔、レオンに見せた魔力を隠す魔法をシールディスクにかけ、生徒の艦に近づけさせた。


 そしてそのシールドディスクを経由して、周囲へ通信を発した。


「ふはははは!! 愚かな人間どもよ! 我は大異形軍のスライム、ラグナル! やがて魔王となる偉大な戦士だ!」


 そう言ってベルは、シールドディスクの光線で士官学校の生徒の艦を撃ち抜く。


 貴族の艦だ。一撃で沈むような艦ではない。


 しかし、ライフルを受けた場所からは、青く眩い閃光が漏れる。


 レオンはすぐに、鎧を遠くへ転移させた。


 光はそのまま艦全体を包み、やがて周囲の生徒の艦を巻き込んでいった。


 普通の爆発ではなかった。雷装艦の積んでいる魚雷の何倍もの爆発だったのだ。魔法核と呼ばれる強力な戦略兵器だ。


 あれが第四軍団の艦隊の中心で爆発したとしたら……文字通りの全滅となっていただろう。


 そもそも魔法核は司令部が指示をして積ませる兵器。後方の生徒が持っていいような兵器ではない。つまり、あの艦はやはり……


 ベルはレオン様と小声で言う。


 レオンはその意図を解し、ライフルでベルの操るシールドディスクを撃墜した。


 すぐに姿勢を正しレオンは、ネアポリスと通信を開く。


「敵機を撃墜した! 艦隊に被害はないか!?」


 映像から見えるネアポリスの艦橋の者たちは、皆爆発を見て顔を青くしていた。このまま接近していれば間違いなく死んでいただろうと。


 艦橋の中央の艦長らしき男がレオンに答える。


<……こちらに被害はない。だが、士官学校の生徒が乗った艦は悲しいことに沈んでしまったようだ。君が倒した“敵の円盤”によってな。もう少し、気づくのが早ければ……残念だ>


 艦長は淡々と言った。なんとなくベルの小細工に気付いたのだろう。しかし、敵の円盤、ということにしてくれたのだ。


<ともかく、応援感謝する。引き続き、健闘を祈る……どうにも、ここだけではなく全体的に帝国側の旗色が悪い。気を付けろ>

「はい!」


 レオンはすぐさま、敵空母のほうへ戻る。


 だがその時、フェリアから通信が入った。


<レオン! 敵が……>


 通信はすぐに途絶してしまった。


「フェリア!?」


 やられたわけではなく、やはり空母側が通信妨害装置の影響下にあって通信が不安定なだけのようだ。


 しかし、わざわざ自分に呼びかけてきたのだ。それはレオンに何かをすぐ伝えたかったことに他ならない。


 レオンはすぐさま、フェリアが最後に示した座標に向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る