第38話 激戦

 今、レオンは、敵の空母三隻と対峙している。

 その三隻の空母からは、さらに大量の艦と鎧が発進していた。


 一方、レオンの周囲にはもう誰もいない。レオンとベルが乗る鎧を尻目に去っていく補給艦がまだかろうじて視認できる程度だ。


「ベル……」

「なんでしょう?」

「やっぱり、補給艦隊が安全な位置にいったら逃げよう。敵前逃亡にはなるが、やはり命には代えられない」


 貴族の子が敵前逃亡したら──いくらでも事例はある。その際どのような処罰になるかは、結局は家柄だった。

 上級貴族の子は廃嫡、レオンの場合は騎士階級の子なので一家揃って平民への格下げが妥当なところだ。


 ベルは体を縦に振る。


「命に勝るものはありません。それにエレナ様に頼めばどうとでもなるかと……ですがどの道、五分は耐えないと補給艦隊は逃げきれませんね」

「五分、か……今まで生きてきた中で一番長い五分になりそうだ」


 すでに空母からは先遣隊と思しき一隻の魔動艦と百機ほどの鎧が、レオンに迫っている。


 先遣隊の鎧は銃を構え、レオンの周囲を囲うようにやってきた。


「銃口の魔力に動きが──攻撃来ます!」


 ベルの言葉に、レオンは迷わずライフルを撃った。


 さっそく大異形軍の人型の鎧を一機破壊する。

 しかし、大異形軍の光線が何十もレオンに迫っていた。


「転移阻止装置が壊れているなら──」


 すぐにレオンは鎧を先遣隊の後方に転移させた。


 先遣隊は周囲を見渡して捜索し、すぐにレオンに気が付く。


 だが、レオンのライフルからはすでに何発も光線が発射されていた。


「ベル、次行くぞ!」

「魔力は十分です!」


 光線を放った鎧数体を破壊できたか確認することもなく、レオンは次々と先遣隊の周囲に転移していく。


 先遣隊の左、次は上、再び後ろ……転移を繰り返し、光線を放った。同時に、ベルが円盤を先遣隊の周囲をぐるぐると移動させ、光線で撃墜していく。


 この戦法で、着実に先遣隊の鎧の数は減っていった。


「これで、二十! さすがレオン様! 上手くいってますよ!」

「いや、彼らも的じゃない」


 レオンの動きに、散開していた先遣隊は陣形を変える。

 停止した魔動艦を中心に、まるで球のように四方に展開する。外側の鎧は盾を構え、中の鎧はその盾に隠れて、光線を撃ってきた。


 レオンは光線を放つが、盾を壊せない。


「魔動艦が陣形の周囲に防御魔法を展開しているのか──ということは」


 空母へ顔を向けるレオン。


 先遣隊だけでは敵わぬと考え、他の部隊の増援を待とうとしているのだ。


「さすがに軍隊だな……」


 考えなしで剣を振り回す騎士とはわけが違う。


「レオン様。外から駄目なら」

「ああ……中にいくしかない。シールドディスクで周囲を頼む」


 ベルはシールドディスクを鎧の周囲に展開する。


 そのままレオンは銃を盾の裏に格納し、剣を抜くと、先遣隊の中心に転移した。それからすぐ、目の前に映る魔動艦の艦橋を剣で切り裂く。


 魔動艦が爆発すると、周囲の鎧はレオンに振り返った。突如現れたレオンにさすがに焦りが生じたのか、陣形が崩れる。周囲の鎧からは魔導具による声が響いた。


「内側に!? 転移阻止魔法は展開していただろ!?

「こいつ、ただ者じゃないぞ!」


 レオンは、大異形軍が帝国から逃げてきた魔物たちであることを思い出す。彼らも帝国語を話す者たちなのだ。


 鎧の中には、ベルと同じスライムだったり、人間と近い見た目のオークやゴブリンがいるのだろう。ヴェルシアでは人間と仲良く暮らしていた種族だ。


 そんなヴェルシアの者たちの顔を思い出すと、レオンは攻撃を躊躇しそうになる。


 ──でも、ここで手を緩めれば自分がやられる。


 レオンはそう言い聞かせ、先遣隊の内側から大異形軍の鎧を破壊していった。


 やがて、先遣隊は一目散に空母へ引き上げていくと、ベルが報告する。


「今の出三十! 敵全機、空母に戻る模様」

「三分の一近くやられてようやく、撤退か……」


 帝国軍では騎士は抜きとして、総戦力の十分の一もやられれば、撤退を開始する。それと比較すると、大異形軍の士気の高さが窺える。


 しかし先遣隊を退けただけだ。レオンに安堵する時間はない。


 すぐに空母からは、今までの三倍も四倍もの数の敵が迫っていた。彼らは横に広く展開し、波のようにレオンに押し寄せようとする。


「ベル、何分だ?」

「まだ、三分です……敵陣の後方にまた向かいますか?」

「いや、空母からはまだまだ敵が出てくる……行っても、波に呑まれるだけだ」


 先遣隊はまだ手玉にできる規模だった。しかし、今度は大海に石を投げ込むようなものだ。とても止められるような規模じゃない。


「こういうとき、もっと広範囲に攻撃できる兵器が欲しいですね。魔力にはレオン様も私も全然余裕がありますから」

「防御に特化しすぎたかもな……」

「攻撃は最大の防御、ってやつですね。今後の改造に活かしましょう!」

「今後があればいいが……ともかく、敵陣の中に入るのはやめだ。敵の前面から光線を放ち、徐々に後退しよう。防御を頼む」

「ほいさ」


 レオンは再びライフルに持ち替える。盾を構えながら射撃し、後退する。


 しかし、大異形軍はそんなレオンを数百機で囲んだ。もはや後退どころではない。


 四方八方からレオンは光線を放たれる。転移して避けるも、すぐにそこにも太陽光と見紛うような数の光線が迫ってくる。


 レオンも攻撃して何機も堕としていくが、大異形軍は全く侵攻を止めない。まるで荒波の中でもがいているような錯覚を覚えた。


 とはいえ、少し気を抜けばレオンは簡単にやられてしまう。転移を繰り返すしかない。


 そんな極限状態の中、レオンの鎧に通信が入る。


<レオン……レオン>


 微かな声が聞こえた。上手く通信できていない。


 大異形軍が通信妨害の魔導具を使っているのだ。だから、レオンは味方との通信が上手くいかなかった。


 しかし、レオンには声の主がとてつもない魔力の持ち主であることが分かった。

 少し離れた場所、大異形軍の左翼側で絶え間なく爆発が起きているのだ。そんな中、膨大な魔力が次々と場所を変えていく。


 こんなことができるのは……


 エレナもできるかもしれない。

 しかし、先ほど聞こえた小さな声は、フェリアが昔レオンを心配そうに呼び掛ける口調だった。


 フェリアが、来てくれた……


 ここからでは豆のようにしか見えないが、フェリアも近くで戦っている──レオンは背中が押される思いがした。


「ベル! できるかぎり、雷装艦を狙ってみる!」

「ほい? 了解です!」


 余裕のない状況だが、少しでも敵の戦力を削ろうと、レオンはライフルで高威力の雷装艦を狙っていく。


 そんな激戦がしばらく続いていたが、再びまた通信が入った。


<レオン様!! 助太刀に参りました! この黒騎士……>

「へ?」


 通信が途中で途切れたと思うと、一気に十機ほどの大異形軍の鎧が撃墜された。


 やったのは、刀を持った黒い鎧だった。黒騎士とまで言いかけていたが、魔動鎧は西洋甲冑ではなく日本の武士の鎧兜を思わせるものだった。


 貴族ならば必ず鎧に刻むであろう紋章は見えず、その点はまさに黒騎士といった感じだ。


 そんな黒騎士はまるでレオンを守るかのように、周囲の鎧を刀で切り捨てていく。転移はできないようだが、それを補って余りある速さで敵陣の中を掻い潜っていった。


 黒騎士はフェリアではない。鎧が違うし、まだ左翼側では爆発が起きている。なにより、先程のフェリアの声とは違った。


 だが、何故自分の名を知っているのだろうか。エレナもレオン様とは呼ばない。


 すぐにレオンは誰かと訊ねた。


 しかしやはり通信妨害のせいか、鎧とは通信が取れない。じかに声を発するも、転移を繰り返す中では、文字通り話にならなかった。


 ──いずれにせよ、心強い仲間がまたやってきた。


 レオンは更に奮い立つ。


「ベル! あの鎧もシールドディスクで守ってやってくれ!」

「承知しました!」


 レオンと黒騎士はしばらく、大異形軍の大軍の中、戦い続けた。


 レオンは雷装艦を、黒騎士はそんなレオンに迫る鎧を刀で破壊していく。


「すごい。私が守る必要もないですよ。それにほぼ一撃。刀がめっちゃ攻撃力高いんでしょうね」


 ベルが興奮するように言った。


「ああ。すごい操縦手だな……うん、あれは?」


 補給艦の逃げたほうから、多くの艦影が見えてきた。


 それは紛れもなく帝国軍の艦艇だった。どの船体にも、四を示す数字が刻まれている。


「第四軍団の艦隊……来てくれたのか!」


 レオンは思わず声を上げた。


 すぐに第四軍団の艦艇から、数百の鎧がこちらに向かってくる。そのまま、彼ら軍団兵は大異形軍と戦闘を始めた。


「第四軍団の老兵の意地、ここで見せるぞ! 必ず、敵をここで抑えるのじゃ!」


 隊長らしき鎧からは、そんな威勢のいい声が響いた。


 軍団兵はそれにおうと応えると、大異形軍に果敢に挑んだ。


 数では到底、この場にいる大異形軍には敵わない。だが、熟練の老兵ばかりなのか、敵の侵攻が目に見えて遅くなった。


 レオンからすればはるかにいい状況になった。


「よし! ベル、敵の雷装艦を落とすぞ!」

「はい!」


 レオンは今が好機と攻勢に転じるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る