第37話 敵空母襲来!

「おーい! ボール、取ってくれ!」


 そんな呑気な声が、レオンの鎧の後方から響いた。それからすぐに鎧の脇を球体が通り過ぎる。


「あいつら、何遊んでるんだ……」


 レオンは呆れながらも直径二メートルほどの球体を掴むと、それを呼び掛けてきた生徒の鎧のほうへ投げた。


 あまりの暇さに、周囲にいる生徒たちは宇宙サッカーという球技を始めていたのだ。


 サッカーとは言うが、ボールを蹴るだけでなく、投げたりして、叩いたりしてもいい。大事なのは、ゴールポストへ入れることだ。


 ベルが欠伸をしながら呟く。


「まだまだ子供ですね~」

「まあ、大勢は決しているって話だし」


 レオンの耳にも、レブリア公の総攻撃命令のことは伝わっていた。


 分断された敵はじりじりと押され始め、レブリア公は更なる戦果をあげるために、敵の更に後方、ノトス宙道の入り口に展開する要塞群へ麾下の艦隊と共に向かっている。


 先ほどから操縦席に流れる戦況報告は、ある部隊が敵陣を突破したとか敵が撤退とか、こちらの優勢を伝えるものばかりだ。


 そんな中、ベルが呟く。


「そういえば、レオン様。魔動艦のデザインとかって決まってます?」

「いや、決まってないけど。まあ、地味な感じでいいんじゃないかな」

「見た目は決まってないってことですね! じゃあ、円盤型はどうです?」

「それはつまり、ベルが艦長やってくれるってことか?」

「はい。レオン様は、もう鎧の扱いに私の助けがいらないでしょうから」

「そんなことはないけど」


 ただ、訓練の甲斐あってか、シールドディスクをさらに多く、しかも自在に操れるようになってきている。


「まあでも、ベルが艦長を務めてくれるなら心強いよ。冒険部でも、船を動かしてくれてるからな。形は、円盤形でも俺は構わないけど……」

「ああそっか。周囲から大異形軍の船だと思われちゃいますね」

「でも、帝国でもスライムが動かす輸送船は、円盤みたいだからな」

「うーん……軍艦なんですから、やっぱり周囲と形は合わせたほうがいいでしょう。やっぱ浮くでしょうから」

「それもそうだな。形は考えとくよ……名前はやっぱり、大和がいいかな? いや、円盤だったらエンタープライズに」


 そんなことを話していると、突如はっきりとした通信が響く。


 戦況報告ではなく、レオンたちの所属する後方司令部からの通信だ。


<あー……えっと、たった今、転移阻止装置の一つが襲撃を受けたという連絡が入った。今、哨戒隊を派遣している。各員は、引き続きそれぞれの持ち場を離れぬよう。繰り返す>


 気怠そうな通信士の声が響いた。その裏では、誤報だろとかいう声も漏れてくる。


 しかし、レオンは再び不安に駆られる。


「転移阻止装置がですか。壊されたら、敵がワープしてくるかもしれませんね」

「ああ。だが、魔動船が転移してからしばらくは動けない。一か所二か所破壊した程度じゃ、そんなに大量には転移できないだろうし……いや、やっぱり不安だ」


 レオンはすぐさま、エレナとの通信を開いた。


「エレナ様、今の通信を聞きました?」

<通信士に問題の座標を聞いたところよ。今、私の部隊が向かっているわ。何か分かれば、すぐ連絡する>


 さすがにエレナの対応は早かった。一刻も早く、襲撃されたという場所に向かうようだ。


 だが、周囲の反応は相変わらずだ。


 補給艦はゆっくりと進み、周囲では学生が宇宙サッカーをしている。


 自分もエレナと共に、襲撃地点に向かいたいが、別の場所でも同じことがあるかもしれない。それに、勝手に持ち場を離れるわけにはいかない。ここにいることにした。


 ベルがぽつりと言う。


「ふむ。誤報と信じたいですが、最近の学校のことを考えると」

「ああ、誰かがまた豹変したとしたら……うん?」


 レオンは後方で、大きな魔力の動きを感じた。


「……なんだ?」

「どうしました、レオン様? あっ……」


 ベルも後方から何かを感じ取ったらしい。

 明らかに魔力の流れが変わった。


 周囲の光景は何も変わらないが、レオンはすぐさま司令部へ通信を入れる。


「司令部! 司令部へ! こちら第八護衛隊所属リゼルマーク! 後方から、強力な魔力の反応を探知!! 至急、対応を求む!」

<魔力の動き? 何を言っている?>

「おそらく、何かが転移してきたのだと思います! すぐさま、哨戒隊を回してください」

<そんな不確かな状況じゃ……うん? 待て>


 通信士の近くでは、興奮した口調で「メーデー!」という声が響く。

 すぐに同じように、救難を要請する機械音がひっきりなしに上がる。


 そこからレオンが理解したのは、補給艦や護衛部隊が続々と襲われているということだった。


 通信士は、とにかく持ち場を守れという声を残すと、他の通信の対応に戻った。


 入れ替わるように、ベルが呟く。


「れ、レオン様、あちらを」


 ベルの視線の先、魔力のうねりが感じられた後方に巨大な円盤が突如現れた。


「あれは……空母」


 魔動艦でも一際巨大な艦だ。鎧や他の小型の魔動艦を積載し、運用することに特化した艦。それが、三隻も見える。


 ちょっとした衛星ぐらいの大きさはあり、まるで要塞のようだ。


 周囲の生徒たちも宇宙サッカーを止め、突然現れた艦に言葉を失っている。


 ベルがレオンに問いかける。


「まさか、さっき話した、帝国の補給船じゃありませんよね?」

「あんな大きな補給船は見たことがない」


 レオンは講義で学んだことを思い出す。あの形は間違いなく、スライムが運用しているタイプだった。積載されている魔動艦は百隻、鎧は千機と言われている。また、充填に時間が掛かるが、一度に数百機の鎧を焼き払うような光線砲も積んでいる。


 すぐにレオンは、周囲の補給艦に前線側へ急行するよう伝える。自分はその後ろを守るように配置に就いた。


「この数は、援軍でもこないと防げない……」


 レオンは司令部に通信しても間に合わないと判断し、広域通信で援軍を要請することにした。敵空母が三隻。奇襲部隊で間違いないと。


 少しでも時間を稼がなければ、自分はもちろん、帝国軍全軍がやられてしまう。


 だが、流れてくる前線の戦況報告では、別の問題が起こっていた。突出したレブリア公の艦隊が包囲され、前線の部隊に救援を要請しているというのだ。危機的状況ではないが、侵攻が止まっているからという話だ。


 すでに後方でのことも耳に入っているはず。それなのにこうということは、まだレブリア公は事の重大さに気が付いていないということだ。


「援軍はしばらく来ないかもな……おい、皆! おい!」


 周囲の生徒はたちはレオンの声に答えず、むしろ現れた空母艦隊へ向かっていた。


「はっ! 図体だけでかい、棺桶が現れたぞ! 転移してきたのかもしれないが、残念だったな!」


 伯爵の息子の一人はそう言って、艦へ突撃していく。


 転移後はしばらく動けないと考えてのことか。


 周囲の生徒三十名も、鎧で先駆けの生徒を追う。ここにいる生徒たちは上流の貴族が多いせいか、ろくに講義を受けてないのだろう。空母だと理解していないようだ。


「待て! あれは空母だ! 艦が動けなくても、中から敵が出てくる! 数百機に囲まれることになるぞ!」

「臆病者はおいていけ! 早い者勝ちだ!」


 貴族たちはやがて競うようにして、空母艦隊へ突撃していった。


「こいつらをやれば、勲章間違いなしだ!」

「いいや、領地だってもらえる! 止まった的を落とすだけで!」


 たしかに空母は転移して間もないのですぐは動けない。だが、艦自体がすぐ動けなくても、艦載の部隊は違う。


 すぐに空母の各所からハッチが開き、鎧が射出される。すぐに、二十隻ほどの艦と、二百機以上の鎧が空母周辺に展開された。


 鎧は円盤だけではなく、オークやゴブリンが使うような人型も見える。円盤は光線だけで戦うのだろうが、他は帝国軍の鎧と同様に剣や盾、銃を装備していた。


 数の多さに、生徒たちは一瞬動きを止めた。


 しかし、一人が声を上げる。


「お、臆するな! 俺たちにも、名誉を上げる機会がやってきたんだ!! 魔物など、敵ではない!」


 その叫びを聞いて皆、剣や槍を掲げ鎧を突撃させた。


 上級の貴族の子供たちだ。自分たちの性能のいい鎧や艦なら、大異形軍など敵ではないと思っている。


「無謀だ!」


 レオンの声には誰も耳を傾けなかった。


 やがて空母周辺で接敵すると、生徒たちは瞬く間に囲まれてしまう。


 生徒たちはすぐに持っている武器で攻撃を開始した。

 しかし、光線も剣も全く当たらない。


「こ、このっ! 魔物のくせに!」

「あ、当たらねえ! なんで当たらねえんだ!?」


 いくら装備が良くても、実戦の経験は皆無だ。

 大異形軍の鎧は、生徒たちの攻撃を簡単に避けていく。


 しばらくすると、生徒たちは一斉に大異形軍の鎧や艦から攻撃を受ける。避けるのも、満足に盾で防ぐこともできなかった。


「や、やめろ!! 助けてくれ!!」

「死にたくない!! 嫌だあぁああ!」


 中途半端に鎧が堅いせいか、なかなか壊されない。まるで先ほど自分たちがしていた宇宙サッカーの球体のように、生徒たちの鎧は転がされていくのだった。


 生徒たちの断末魔はやがて聞こえなくなった。鎧よりも先に、中で死んだり気絶する者のほうが多かったのだろう。


 そうして動けなくなった鎧は、後方の空母へと運ばれていく。


 ベルが言う。


「……レオン様。こんなこと言うのは失礼ですが、絶対にあの数は勝てませんって」

「じゃあ、降伏するか? それもいいだろう。お前だけでも助かる」

「毎晩、夢にレオン様が出てきてうなされそうなのでそれは遠慮します……そうじゃなくて、逃げましょう。レオン様と私なら、振り切れるはずです」


 確かにベルの言う通りだ。

 しかし、それでは前線へ逃げていく補給艦がやられてしまう。補給艦の者たちは平民だ。戦いたくて死んだ貴族とは違う。


「駄目だ……とても見捨てられない」

「レオン様らしいですね……いいですよ。ここで暴れましょう! 絶対に、鎧へは攻撃させません」


 ベルはそう言って、周囲にシールドディスクを展開した。


 レオンもまたライフルと盾を構える。


 そんなレオンに、大異形軍の数百の鎧と艦が迫るのだった。

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