第36話 はるか前線

 敵前線突破の報がもたらされたとき、鎧に乗ったレオンは戦線のはるか後方にいた。


 その視界には、羊のように群れる補給艦が行き交う長閑な光景が。


 レオンの操縦席では、まるで夜中に聞くラジオのように司令部からの戦況報告が響く。


「おお、なんだかめっちゃ優勢みたいですね」


 レオンと同じ操縦席に乗るベルがそう呟く。


「ああ。レブリア公の艦隊が破ったみたいだな」

「やっぱり、帝国一の権力者なだけありますねぇ」


 宰相ともなれば、強力な艦や鎧をたくさん所有している。数だけで言えば、三百隻の戦艦と三千の鎧がレブリア公の私兵である。


 その圧倒的な戦力は敵の前線を打ち破っただけでなく、味方である帝国諸侯をもあっと言わせただろう。


 誰が一番帝国で力を持っているのか……レブリア公はそれを見せつけたかったのだ。


 ベルが呟く。


「まあ、良かったんじゃないですかね。このまま、本当に何も起こりそうもないし」

「ベル、確認するが本当に魔物に動きはないのか?」

「あれじゃ、本当に何もできませんよ。ギャンブルも無理でしょ。私だって、この鎧に乗るのに、三回ぐらい検査受けているんですから」

「そうか……リベルタスという組織も最近活発化していると聞いたから」

「うーん。リベルタスは大異形軍とは組まないと思いますよ」

「あくまで、人と魔物の同権を目指しているわけだもんな」


 大異形軍は、人間のいない世界を望んでいる。リベルタスとは考えがそもそも合わない。


「かといって過激派も何もしてこないだろうし」

「ええ。ですから、やらかすとしたら人間でしょうね」

「ああ……」


 人間、それも上級の貴族が何かをしでかすとしたら、止めようがないというのが正直なところだ。


 そうなっても良いように、今回は前線の後方にいる予備部隊が多く配置されているらしい。レブリア公は渋ったが、エレナの言葉もあり予備部隊が多く割り振られた。


「しかし、レオン様もこんな服着ちゃって。可愛いお尻の形が見え見えですね」

「皆真面目に着てるんだから、言うなよ……」


 ぴっちりとしたパイロットスーツ。レオンも正直なところ着るのは恥じらいがあった。


「このほうが上手く鎧を動かせるんだから仕方ないだろ」

「動かす必要もないほど、暇ですけどね。なんだか羊みたいな補給艦を見てたら眠くなってきました」


 スライムは寝る必要ないだろうと言いたくなるが、確かにレオンも眠気を覚えるほどの退屈さだった。


「……このまま終わってくれるのが一番だよ」

「確かにそうですね。これでお金ももらえるんですし。そういえば、レオン様。決闘以来、フェリア様とはお会いに?」

「姿は見たけど、あまり話してないな……そもそもまともに話したこと、ヴェルシアを出てから一度もない」

「ありゃりゃ。せめて挨拶でもすればいいのに。実はですね、私少しお話する機会があったんですよ」


 レオンは突然のベルの言葉に驚愕する。


「な、なんだって? どこで?」

「意外な場所でしたが、街中、でした。まあ、向こうは私が分からなかったみたいですけど。ともかく、色々頑張ってるみたいですねー」

「そ、そりゃそうだろうけど……」


 自分を差し置いて喋るなんてとレオンは落胆する。


「ありゃりゃ。まあ、レオン様はそろそろ自分の幸せを見つけたほうがいいですよ。最近、エレナ様となんだか仲いいじゃないですか?」

「え、エレナは別に……」

「逆玉ってやつだし、いいじゃないですか! レオン様好みの見た目だし!」

「エレナはそんな気ないよ……単に俺をおちょくってるだけだ」

「じゃあ、やっぱりフェリア様なんですか?」

「……フェリアもそんなんじゃ。というか、戦場の真っただ中なんだ……真面目にやるぞ」

「あらら照れちゃって」


 レオンは再び気を引き締めて、航路の警戒を行うのだった。


~~~~~


 一方そのころ、敵前線を突破したレブリア公の旗艦ペルディカスの艦橋では、歓声が沸き起こっていた。


 艦橋の外に映るのは、大異形軍の雑多な形の兵器を次々と沈めていく、帝国の華美な鎧と艦だった。


「我らの後続部隊、戦線を維持しています! 敵の分断に成功しました!」

「よし! よし! よしっ! 見たか、ごみ屑ども!!」


 艦橋中央の豪華な椅子に座るレブリア公は、ひじ掛けをバンバンと叩き喜びを露にする。


「こんなにあっさり突破できるとは……素晴らしい! 見たか!? これが力だ! これが帝国宰相たる私の力なのだ!! ははははは!!」


 艦橋にいる自派閥の貴族たちは、かつてないことだとレブリア公を称賛する。


 これほどの速さの突破は、ノトス宙道で今まで起きた戦役では見られなかったことだった。


 そんな中、隣で控える第四軍団長がレブリア公に頭を下げて言った。


「鮮やかな攻撃でした。されば敵をこのまま挟み込むべきかと」

「いや! それは後詰の軍を呼んで任せよう! もはや予備は不要!」

「まさか! まだ勝敗は決しておりません!」

「いいや、もはや勝利だ! 包囲は予備に任せ、我らレブリア艦隊はこのまま前進! がら空きとなったノトス宙道の要塞を占拠する! さすれば、敵は撤退が不可能となり、殲滅できる! 歴史に残る偉業となろう!」

「畏れながら閣下……敗戦の将として史書に記されませんよう、まずは確実に勝利を掴むべきかと。此度の敵の動き、少し妙です」

「妙、だと?」


 喜色満面だったレブリア公は、突如機嫌の悪そうな顔になる。


 第四軍団長は怖気づくことなく答える。


「率直に申し上げるなら、あまりにも突破が上手くいきすぎている。本来であれば作戦通り、敵後方に回り込む、あるいは閣下の言う通り要塞群の占領が望ましいでしょう。ですが、これは先鋒を誘い出すための罠かと思います」

「そんなものに私の騎士たちは屈っしはしない! 何が来ようと、粉砕するのみだ!」

「ならば、せめて作戦通り敵後方へ回り込むべきかと。要塞にはそれなりの備えがあるでしょう。落とせないとは申しませんが、時間がかかります。また、必ず後詰の予備は残しておくべきです。形勢逆転された場合のことを考慮すべきです」

「……おもちゃの艦や鎧しか動かしたことのない平民風情が」


 レブリア公はちっと舌打ちする。


「我らはな、お前たちの命がいくつあっても買えない本物の武器で戦っているんだ、分かるか? お前たちはいわば、税金泥棒だ。国境も守れず、ただ我ら貴族に寄生するゴミムシ」

「お言葉ですが閣下。閣下たちの突撃のため、命を懸けて敵を前線で釘づけにしているのは、我ら軍団です」

「給料分、働かせてやっているだけだ。予備にもそうさせるだけ。せいぜい、おもちゃを走らせて場ぐらい賑やかしてくれよ」


 レブリア公はそのまま通信士へ言う。


「全軍へ伝えよ! もう我らは勝利を手にしている! このまま押すのみだ! これより、旗艦ペルディカスを先頭に我が艦隊は敵要塞群へと突撃する!」


 その言葉に、レブリア艦隊と後続の艦隊は勢いづく。


 第四軍団長ももう何も言わなかった。


 帝国軍の強みは貴族の力だ。一機で十機も二十機も沈めてしまう彼らによって、戦況はいかようにも変わる。確かに、多少の待ち伏せは粉砕してしまうだろう。


 たいして自分のような下級貴族や平民の軍団兵は、よくて盾のような存在に過ぎない。レブリア公の言う通り、貴族のものと比べれば艦も鎧もおもちゃのようなものだ。


 士気を挫くようなことは言うべきではないし、言ったところで何も変わらない。帝国は、貴族の国なのだから。


 だが、第四軍団はこのノトス宙道周辺で何世紀にも渡り大異形軍と戦ってきた。その軍団長たる自分の勘が、今回はおかしいと告げている。


 ──かといって、敵も戦力が豊富なわけではない。いや、戦力がないからこそ前線は簡単に開かせた。


 突出してきた先鋒を挟んで叩く、ということは想像できる。しかしそれだけでは、帝国軍を打ち破れるとは思えない。


 自分が大異形軍だとして、残る手は戦の常道である裏手を突くことか。だが、今回の戦いは特に敵の別動隊には目を光らせている。帝国軍の前線を突破した部隊は一つもない。


 ──奪還した星系にも異変はない。転移阻止装置の護衛も抜かりない。考えすぎか……いや、本当に万全か?


 第四軍団長は、最近、新兵から没収したゴシップ誌で読んだ記事を思い出す。


 帝都士官学校では、最近不可解な事件が起きている。学生や教師の豹変……もし、転移阻止装置の護衛の学生が同じように問題を起こしたら──


 装置はそれぞれ五人ほどの士官学校の生徒と、五人の軍団兵が守っている。もし一人二人の生徒が装置を壊そうとしても、止めることはできる。


 だが、一人二人ではなかったとしたら。そもそも士官学校の生徒は貴族だから、魔力の多い者はそれこそ軍団兵五人程度、打ち負かしてしまう可能性もある。


 ──しかし、もしそうだとして、平民の軍団長には今更どうすることもできない。士官学校の生徒の配属先は、レブリア公と学校の学長が決めたものだ。自分は対処できる範囲で対処するしかない。


 第四軍団長は艦橋の隅で、敵前線と戦闘中の第四軍団の旗艦に連絡を入れる。


「軍団長から旗艦艦長へ……フルバスよ、命令は聞いたな?」

「はっ。我が軍団の予備戦力も前面へと進ませようと。今、貴族の尻を追うように命令しようとしていたところです」

「いや、予備の半分は後方に残せ。敵別動隊の可能性がある者を追跡中と」


 老練の軍団長の声に、軍団旗艦の艦長は一瞬言葉に詰まる。


「……まさか、後方から敵が来ると?」

「万全を期したいだけだ。なにより、我が軍団の予備が半分追おうが追うまいが、功を焦る貴族のケツには追い付けんよ」

「……承知しました。では、魔動艦五十隻、魔動鎧五千機。ロヴェニア艦隊を後方へ残します」

「ロヴェニアの部隊……古参部隊をか?」


 第四軍団でも、六十を迎える退役間近の兵が配属される部隊だ。

 体力的には難があるが戦闘経験が豊富なため、普段は教導任務、戦闘時には後方に配属されることが多い。


「軍団長が仰るのです。ここは、軍団長と同じご老公方を残しておきましょう。もしバレても、この戦で退役する軍団長の恩給が取り消しになるだけだ」

「勝っても負けても変わらぬ恩給がな……ともかく、頼むぞ」

「かしこまりました。第十一軍団にも一応、伝えておきます。軍団長も引き続き閣下の子守り頑張って」

「こんなところとは早くおさらばして、孫の世話をしたいものだよ」


 艦長の笑いが聞こえると、軍団長は旗艦との連絡を切った。


 かくして帝国軍全軍は大攻勢へと移るのだった。

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