第35話 戦闘開始

 レオンたち士官学校の生徒は、任務前の作戦を確認していた。


「しかるに、精鋭部隊による中央突破! これこそが我が戦術の要だ!」


 映画館のような作戦室。そこに映る映像の脇から、レブリア公爵の声が響いた。


 帝国軍は現在、もう少しでノトス宙道というところまで迫っている。


 大異形軍もノトス宙道にほど近い宙域で展開しており、一両日中には戦闘が起きてもおかしくない状況にあった。


 とはいえ、大異形軍は守っていればいい。

 攻撃して大異形軍を退けなければいけないのは帝国軍だ。前の戦役のせいで失ったノトス宙道とその周辺にある帝国領の星系を取り返さなけばいけない。


 ──そのために我が宰相レブリア公爵閣下が立案した作戦は、強力な魔動艦と魔動鎧による、敵陣中央一点突破! 


 つまりは、精鋭部隊に突撃させるのだ。


 考えなしに聞こえるが、しっかりと狙いがある。


 こちらが包囲を目指そうと陣形を広げれば、数で劣る敵は狭いすぐにノトス宙道に引き籠る。そうなればこちらは包囲が難しくなるから、前面から平押しするしかなくなる。敵は狭い正面を守ればよくなるので、結果として戦いが長引き、損害が大きくなってしまうわけだ。


 だからそうなる前に敵陣中央に突撃して風穴をあけ、そのまま浸透、敵を分断する。その後は、精鋭部隊の後続と共に分断された敵を包囲し、各個撃破! ……というのが狙いだ。


 対して大異形軍は、足の遅い重武装の魔動艦を展開させるなどして、防御に重点を置いている。

 大異形軍が最初からノトス宙道に引き籠らないのは、やはりノトス宙道周辺にある帝国領の星系を占領しているからで、向こうも最初から負けるつもりはないわけだ。


 ちなみに、魔動船を動かすように転移魔法を使って敵後方を取れないのは、魔瘴海の魔力を原料とした転移封じの魔道具が存在するからだ。

 百メートルほどの柱のような形で、護衛の兵士が必須の装置だ。後方では、主に士官学校の生徒が担当することが多い。


 戦場が近くづくにつれ、艦隊はこの魔動具を特に後方をはじめ周辺宙域に展開する。自分たちも転移できなくなるが、もちろん相手も転移できなくなる。帝国も大異形軍も、これは必ず展開していく。


 隣に座るエレナが呟く。


「どう思う、レオン」

「帝国の強みは優秀な魔力の使い手の多さです。精鋭部隊を軸に作戦が展開されるのは当然でしょう」


 現に映像に映るレブリア公の作戦室では、誰も異議を唱えない。貴族だけでなく歴戦の軍人たる軍団長たちもいるわけだから、やはり荒唐無稽な作戦ではないのだ。


 やがて周囲からは拍手が巻き起こった。レオンのいる士官学校の生徒が集まる作戦室でも拍手の音がパチパチと鳴り、レブリア公を称賛する声が上がる。賞賛の音は映像が切られても、なお鳴り止まなかった。


 ──士官学校の志願兵だけでも、五千人いるって話だ。さすがに多い。


 帝都外の士官学校の生徒も、ここでは参加している。


 皆、帝国を守るために泣く泣くここへ……という顔ではなかった。


 かつて白黒映像で目にした兵士のような勇ましい顔という感じでもない。まるで運動会が始まるような、そんな軽い空気に作戦室は支配されていた。


 活躍してやるとか、必ず敵を落とすとか、そんな声が響く。つまりは皆、武功を立てたいのだ。


 直近の戦役でフェリアやエレナたちが領地を授かっていることもあってか、領地が欲しいと堂々と口する者までいた。


 それを見たエレナがぽつりと言う。


「いい気なものね。そもそも、後方にいる限りそんな機会は訪れないのに」


 士官学校の生徒が戦うような事態。それは劣勢だったり、後方を取られたことを意味する。負け戦で活躍するというのは、容易ではない。


「さてと。それぞれの配属先が決まったわね」


 エレナが言うと、レオンの端末がぶるぶる震える。覗き込む端末の画面には、配属先の文字があった。


「俺は……補給艦と移送船の航路の護衛のようですね。エレナ様は、どちらに?」

「私はないわ。あえて言うなら遊撃隊ね。ジャンや私の部下や従者で一部隊よ」

「まさか……前線に?」

「行ったり行かなかったりよ。今回はないでしょうから、私も後方にいるわ」


 レオンはほっと息を吐く。

 エレナが心配のいるような人物でないことは分かっているが、なるべく戦闘なんかにでないで欲しいという気持ちもあったからだ。


「なになに、私のこと心配してくれてたの?」

「ま、まさか……俺は自分のことで手いっぱいですから」

「フェリアちゃんは気にならないの?」

「気になりますよ、それは」


 真顔で即答するレオンに、エレナは少し驚く。


「……正直でよろしい。フェリアちゃんは私と同じ遊撃隊ね。彼女も何かない限りは前線には出ないから安心して」


 再びレオンはほっと息を吐いた。


「……なんかさ、私の時より安心してない?」

「そ、そんなことは! 本当に気を付けてくださいね、エレナ様」

「いつだって気を付けているわよ」


 不満そうにエレナは顔を背けた。


 ──怒らせちゃった……確かに気持ちだけ、息が大きかったかもしれないけど。


 そんな中、レオンはある不安そうな顔の人物に気が付く。


「あれは……ルアーナ?」


 レオンが視線を向けると、ルアーナも気が付いたのかにっと笑って手を振り返す。その表情はどこか不安そうな、悲し気なものだった。


 エレナがじいっとルアーナを見る。


「あれ、ヒュルカニア公の娘さんじゃない。レオン、呼び捨てする仲なの……?」

「ち、違います。ルアーナは皆に呼び捨てさせているんです。明るい子で、学校では下級貴族の子からすごい人気があるんですよ」

「へえ。まあ、綺麗だしね」


 エレナの柔らかそうな白い頬が、また少しだけ膨らんだ気がした。


「お、怒らないでくださいよ。でも、妙だな……」

「何が?」

「以前、上級生のアルギノス先輩が俺たちの講堂に来たんです。新入生は全員、戦役に志願するようにって」

「シークリッド公の長男。頭が固いって有名な生徒ね。強面の」

「ええ。皆、誰も言い返せませんでした。でも、ルアーナだけは皆に強要するなって言い返したんです」

「へえ、まあ親が仲良くないからかしらね?」


 アルギノスの親はシークリッド公という、レブリア公の従弟だ。対して、ルアーナはレブリア公によって失脚させられたヒュルカニア公の娘。たしかに仲は良くないだろう。


「てっきり、戦いたくないと思っていたんですが……ってこっち来るみたいですね」


 ルアーナはとことことレオンのもとにやってくる。


「レオン、やっぱ来てたんだね」

「あ、ああ。アルギノス先輩に約束したからね。だけど、なんでルアーナは」

「私は嫌だったんだけどね。父が失態した手前、私も少しでも汚名返上しないといけないから」


 この戦いは、いわばヒュルカニア公の敗北が原因となって奪われた領地を取り戻すための戦いだ。

 当然、ヒュルカニア公の艦隊も今回参加している。娘であるルアーナも戦いに参加しないわけにはいかないのだ。


「なるほど……俺も嫌だけど頑張るよ。ルアーナも気を付けて」

「うん! でも、レオン君こそ気を付けてよ。決闘の時とかもそうだけど、なんか巻き込まれやすいから」

「はは……そうだね」

「笑い事じゃないよ? 戦争は本当にどうなるか分からないんだから。絶対に勝ちだと思った戦いがひっくり返ることもある」


 心配そうなルアーナの言葉にレオンは尤もです、と真剣な顔で頭を下げた。


「……私、レオン君のこともっと色々知りたいからさ。こんな場所で死んじゃ駄目だよ? じゃあね」

「ああ。気を付けるよ」


 ルアーナは笑顔でレオンに手を振ると、次にエレナに深く一礼する。


 エレナもにこりと笑って手を振り返すと、ルアーナは去っていった。


 すぐにエレナが微妙そうな顔で棒読みっぽく喋る。


「……私っ、レオン君のこともっと色々知りたいからさ、だって」

「ほ、本当にルアーナは皆にあんな感じなんですよ」

「みたいね……昔あったときは、高慢ちきでいじめが好きな高圧的な子だと思ったけど。他人の物を簡単に奪ったり、玩具の銃で撃ったりね」

「大人になったってことですよ。父親の領地が減ったから、きっと苦労しているんでしょう」

「ま、私がその領地をもらっちゃったからね。なんというか、あの子、笑っているようで笑ってなかったわ」

「別にエレナ様のことは恨んでないと思いますよ。本当はやっぱり戦いに参加したくないんでしょう……ああ、やっぱり俺も不安になってきた。うん?」


 レオンは、作戦室でそれは綺麗な長い黒髪を靡かせる子に気が付く。

 一瞬、見覚えがある気がした。しかし、きょろきょろと周囲を見るその子がそちらに振り返ると、すらっとした手足のまるでモデルのような体型の美少女だった。もちろん見覚えなどないし、知り合いでもない。


 すぐにエレナが顔を覗かせる。


レオン・・・~。実はあなたとっても女好きね?」

「そ、そんなことは! ただ見覚えがあるなって」

「ベルから聞いたわよ。放心状態だったときも、帝都の美女だけはしっかり目で追っていたって! 自分の人間の姿は、そこから割り出したデータで作ったんだって」

「そ、それは……し、仕方ないじゃないですか!」


 人間だもの……なんというか周囲が軽い気持ちだなんて言ったけど、馬鹿にはできないな。

 心の底では、帝国が負けるわけないと思っているんだ。ここにいる者とまた全員再会できると。

 

 誰もそんなこと、保証したわけじゃないのに──


 レオンはエレナにほっぺを指で優しく突かれながら、前のほうの席に座るフェリアの後ろ姿を見つめる。


 いつも同級生と楽しそうに会話するフェリアはそこにはいない。何度も何度も、端末で作戦の概要を読み込んでいるようだ。以前の負け戦での戦闘を経験しているからこそ、真剣なのだ。


 ──気を引き締めないと。ルアーナの言うように、何が起きるか分からない。


 それを見たレオンは、エレナに言う。


「エレナ様……必ず、生きて帰りましょうね」

「当り前よ。早く終わらせて、冒険部の活動に戻るわよ」


 レオンはエレナの言葉に深く頷いた。


 それから十時間後、帝国軍はペルージア星系に展開する大異形軍へ攻撃を開始した。


 戦闘開始一時間後には、帝国軍全軍に<我、敵中央突破ニ成功セリ!>という一報がもたらされるのであった。

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