第40話 声

「フェリア!」


 レオンは転移を繰り返して通信のあった座標へ急行する。


「レオン様! 焦るのは分かりますが、少し魔力を使いすぎです! 向こうで戦えなかったら元も子もありませんよ」

「っ……分かった」


 ベルの指摘にレオンは魔力の消費を抑えながら転移する。


「やっぱり、フェリア様のことになると目の色が変わりますね。まあ、私も心配です、あのフェリア様がレオン様に頼るなんて」


 ベルの言う通り、心配だ。

 避けていたレオンにわざわざ通信を寄こすぐらいなのだから。


 だが、最初に急いだこともあって、目的の場所には一分もかからずに到着した。


 近づくにつれ、そこには大異形軍の鎧が埋め尽くしているのが見えてきた。


「レオン様、囲まれているみたいです! フェリア様と、黒騎士です!」


 包囲の中には、それぞれ孤軍奮闘するフェリアと黒騎士がいた。


 囲んでいるのは濃緑の人型鎧が、五十機ほど。どれも、ハルバードや斧を持っており、胴体にはランドグリーズという言葉が帝国文字で刻まれていた。


 ランドグリーズ──帝国で最も恐れられていると言っても過言ではない、残忍で勇猛なオークの一族だ。

 帝国全土の星々を襲っては多くの人々を虐殺し、あらゆる物品を略奪してきた。その神出鬼没ぶりに度々帝国の新聞の一面を飾ってきた有名な一族でもある。大異形軍の精鋭部隊といって差し支えない。


「ベル! 加勢するぞ! まずは、後方から奇襲をかける!!」

「ほい!」


 レオンはすぐに、黒騎士を囲むオークたちの後方を取った。


 シールドディスクから光線を一斉射撃し、そのまま剣で突撃する。


 レオンが六機ほどを撃退すると、オークたちはすぐにレオンに接近してハルバードを振るった。


「──早い!」


 間一髪のところでレオンは別の場所に転移し、他のオークの鎧も堕とす。


 しかしオークたちは素早く反応し、レオンに銃を向ける。


 だが、それを黒騎士が刀で堕としてくれた。


「レオン様、私のとこはお気になさらず、フェリアさんの元へ! お急ぎくださいませ!」

「わ、分かった!」


 黒騎士の高い声に、レオンはすぐにフェリアの近くへ向かった。


「フェリア!」


 様と付けるのを忘れるレオンだが、フェリアはオークと戦いながら言う。


「レオン! ……聞いて! もう十分もしない内に、敵空母は要塞砲を放つわ」

「十分?」


 要塞砲の発射には、相当な魔力が必要だ。魔力を充填する専門の者が、ただひたすら魔力を集める必要がある。一人ではなく、十人ほどで魔力を集めて使う兵器だ。


 その魔力を充填する者がどれだけの速さで魔力を集められるかで、要塞砲の装填時間は左右される。だいたい一時間とは言われているが、三十分ほど早まったり、逆に長くなったりもする。


 しかしこの空母は、まだここにきて十分と少ししか経っていない。とても、あと十分で撃てるとは思えない。


 レオンもオークの鎧を一機ずつ落としながら答える。


「少なくとも、転移して三十分は充填に必要です! まだ、二十分は」

「可能性はあるわ! 士官学校の生徒が降伏したのか、あの空母に生徒の鎧が何体も入っていったの!」

「あ……」


 帝国の貴族は、魔力を集めるのに長けている。その子である生徒たちを使い、要塞砲のバッテリーに魔力を集めているとしたら……


 先程の魔法核を乗せた生徒の艦といい、敵が貴族の子である生徒を利用しているのは間違いない。


 フェリアの見立て通り、要塞砲は十分もしない内に発射されてもなにもおかしくないのだ。


 要塞砲は強力かつ、長射程。

 第四軍団の艦艇はもちろん、前線まで攻撃が届くかもしれない。


 そのまま帝国軍本隊の後方を突けば……


「すぐに止めにいかないと!」

「ええ! 私が空母の要塞砲を直接攻撃する! 手を貸して!」


 しかし、周囲にはまだ精鋭のオークたちの鎧が二十機ほど残っている。黒騎士は転移できないから一人残してしまうことになる。


「レオン!」


 そんな中、見覚えのある鎧が一機、レオンの近くにやってきた。


「レオン! ここは私に任せろ!」

「その声は……アーネアさん!? なぜ、ここに?」


 声だけでなく、鎧も確かにエレナの元従者アーネアのものだった。盾に刻まれた所属は、帝都ではなく別の星の士官学校になっていた。


「せめて、エレナ様を遠くからお守りしようと従軍したのだ。そんな私を……エレナ様はまた使ってくださった」


 アーネアはオークと戦いながら言う。


「エレナ様から伝言だ! エレナ様は直接空母を叩く! レオン、お前も空母へ! 敵空母に、何故か生徒たちが集まっている! 急げ!」


 どうやら、エレナも敵空母に入っていく生徒に気が付き、動いていたようだ。


 ベルは嬉しそうに言う。


「おお、アーネアさん復活ですね! ……レオン様、ここは任せましょう。アーネアさんなら大丈夫ですよ」


 ベルの言う通り、アーネアも手練れだ。黒騎士も強いし、ここは任せて大丈夫だろう。


 その黒騎士もオークの鎧を刀で斬り捨てながら声を上げる。


「レオン様! 本当に何度も何度も私を……ここは私にお任せを!」

「黒騎士……頼む。アーネアさんもお願いします」

「ああ、エレナ様を頼むぞ!」

「ご武運を、レオン様!」


 二人の声に、俺は鎧の首を頷かせた。


「行きましょう、フェリア様!」

「ええ。急ぐわよ」


 すぐにフェリアは転移を繰り返し、空母へ急行した。あまりの速さに、レオンも追いかけるのが大変だ。


 レオンはヴェルシアで過ごした日々を思い出す。こうやっていつも、フェリアを追っていた。


 あの時、フェリアは難しいことなんて考えなくてよかったはずだ。レオンと共に、毎日何を見たいか何を食べたいかを考えるだけで良かったのだ。

 でも、今のフェリアは違う。


 きっと、ヴェルシアの今後について考えているはずだ。帝国貴族らしく振る舞うのは、フェリアなりに考えがあるのだろう。


 何をするにも金や人脈が必要だ。帝国で高位の貴族になればそれは手に入る。


 レオンはフェリアの鎧の後ろ姿が、妙に寂しそうに映った。


 そんな中、フェリアが言葉をかけてくる。


「元気、そうね」

「え……あ、はい」


 ──なんというか、こうして言葉を交わすのは久々だからか言葉が続かない。今は、空母を倒さなければいけないという緊張感もあるだろう。


 だが少しして、フェリアが口を開く。


「……良かった」


 たった一言フェリアはそう呟いた。心底安心したような、安堵するような声で。


 その一言で、レオンは救われた気がした。フェリアはやはり、自分のことを気にかけてくれていたのだ。


「……私も、フェリア様の声が聞けてよかったです! 本当にすごい寂しかったんですから……何かあれば、もっと私に──っ!?」


 レオンは言葉の途中で、転移ができなくなったことに気が付く。


「転移阻止装置が起動した?」

「私たちの接近に気が付いて、逆に転移できないようにしたんだわ──やっぱり、近づけたくないみたい。前を見て」


 フェリアの言葉に、レオンは前方を見る。

 空母から敵の鎧がこちらに向かってきていた。


 総勢、五十機ほど。

 こちらに向け、光線の弾幕を張る。ランドグリーズの機体のようだ。


 転移ができないなら、黒騎士のように回避行動を取るしかない。


 レオンたちの前進は止まってしまった。


 迂回するにも敵は散開し、うまくレオンたちの行く手を遮る。手には小さめの斧と、大きな盾が握られており、攻撃というよりは防御に特化した武装だ。


「くっ! もう少しで空母に攻撃できるのに!」

「倒して突破するしかないわ……だけど、このままじゃ」


 要塞砲が第四軍団の艦隊に放たれてしまう。この戦線は瞬く間に崩壊するだろう。


 大異形軍は味方を捨て駒にすることも厭わない。魔力の充填が完了次第、迷わず要塞砲を放つはずだ。


 このランドグリーズの部隊の後ろに、他に部隊はいない。彼らが空母を守る最後の砦なのだろう。


「フェリア様……ここは私に任せてください」

「でも……」

「もう時間がない……あの空母を堕とさなければ、どのみち皆やられます。俺が突撃して、あの戦線に穴を作ります」


 光線を避ける中、フェリアはしばし沈黙する。


 見ると敵空母は円盤の船体から、長大な砲身を覗かせている。すでに要塞砲の発射準備に入った証拠だ。


 もう一刻も猶予がないのは明らかだった。


「レオン……絶対に生き残って」

「フェリア様……はい!」


 レオンが答えると、ベルが言う。


「よし、それじゃあ私も張り切っちゃいますよ! フェリア様、レオン様は私にお任せを!」


 そう言ってベルは、シールドディスクを前面に展開する。


 レオンはそのまま、敵の最終防衛ラインに突撃するのだった。

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