第30話 レオンの評判

 日々講義を受け、鍛錬を重ねる日々。

 レオンは、前世の隆二からは考えられないような勤勉な毎日を過ごしていた。


 単純に遊ぶ友人がいないというだけでなく、やはり戦争が恐ろしいのだ。少しでも自分を鍛え、死なないようにと備えている。


 この日も朝から登校して机で講義の準備を整えていると、いつものように長いブラウンの髪の女子生徒が笑顔で声をかけてきた。


「あ、レオン君。おはよう!」

「おはよう、ルアーナ」


 学校でレオンが言葉を交わすのは、本当にこのルアーナぐらい。

 といっても、だいたい挨拶で終わることが多いが。よくて、ちょっとした世間話程度だ。


 だがこの日は、挨拶の後に会話が続いた。

 ルアーナはレオンの隣の席に座り、喋りかけてくる。


「ねえ、レオン君」

「うん、どうしたルアーナ?」

「そういえば、瞑想部の件ってどうなった?」


 ルアーナは瞑想部に入りたいと、レオンにエレナへの紹介を頼んでいた。


 だが、実際は瞑想部ではなく冒険部。エレナは、冒険部の活動を公にしてないのだ。


 それでもレオンはエレナに、ルアーナの入部を頼んでみた。性格も良いし、信用できるのではと。

 しかしエレナは首を横に振った。誰であっても、もう人数は絶対に増やさないとレオンに告げた。


「ごめん……言ってはみたんだけど」

「そっか。実はアーネアちゃんにも頼んだんだけどやっぱり断られちゃってね。色々頼んだんだけど……本当に、エレナ様のための部活なのね」

「うん。エレナ様が飽きれば、すぐに解散になるかもしれない部活だよ」

「残念だな~。でもまあ、私も部活に入ったから」

「へえ。なんていう部活?」


 レオンが問うと、ルアーナは急に無表情になる。


「瞑想部」


 ルアーナが淡々と言い放ったので、レオンは思わずぞっとしてしまう。


「え……?」


 人間味のない顔で見つめてくるルアーナにレオンは冷や汗をかく。


 ──入れてくれないから、滅茶苦茶怒っている?


 焦るレオンだが、すぐにルアーナが声を上げて笑う。


「ふふっ……ははは! ご、ごめんごめん! まさかそんなに怖がるなんて思わなくって! 驚かせたかったの!」

「る、ルアーナ! ……案外子供っぽいことするんだな」

「本当にご、ごめん! はは!」


 しばらくルアーナは腹を抱えるが、笑いで出た涙を拭って言う。


「本当は茶会部。皆で、お茶を飲みながら楽しく喋って過ごすんだ。身分関係なくね!」

「へえ、それは面白そう」


 誰にも明るく話しかけるルアーナにぴったりの部活だ。今みたいなジョークも言えるのだから、部員はルアーナを気に入るだろう。


「もしよかったらレオン君やエレナ様も来てね。いつでも体験入部は歓迎だから!」

「ああ。瞑想部が終わったら考えさせてもらうよ」

「なら決定! 瞑想部のあとレオン君が入るのは茶会部! 約束だからね? 今回のお詫びに必ず入部!」

「参ったな……」


 本当に明るい子だと内心微笑ましく思うレオン。


 だが、そんな中、廊下からざっざっと規則正しい靴音が響く。

 その靴音はやがてレオンのいる講堂に近付いてくる。


 扉を開き入ってきたのは、学生服をきっちり着こなした上級生たちだった。


 上級生たちは、教壇に整列する。

 その内の一人、中央の男子生徒が声を上げた。


「起立!!」


 この男性生徒には何の権限もない。

 しかし、周囲の生徒の誰もが席を立ち、姿勢を正す。


 レオンもまた面倒ごとを避けようと、立ち上がった。


 男子生徒は起立した生徒たち一人一人の姿勢を見ると、よろしいと首を縦に振った。


「突然の来訪、許してくれたまえ! 私はシークリッド公が一子アルギノスだ!! 今日は皆に、決起を促しにまいった!!」


 決起という言葉にレオンは、ある程度察しがついた。恐らくは最近帝国領に侵入している大異形軍のことだろう、と。


 アルギノスを名乗る上級生はよく通る声で続ける。


「諸君はこの帝国を取り巻く情勢、どうお考えだろうか!? 大異形軍なる下等な魔物と、自由などというまやかしを高々に謡ういかれた叛徒どもが、我が神聖なる帝国を侵す現状を!」


 そう言って、アルギノスは一番前に立つ男子生徒をじっと睨みつける。


「どう思う!?」

「ゆ、許されないことだと思います!」

「その許されざる者どもが、こともあろうか我が帝国に大挙して押し寄せている! 今こそ、我ら上に立つ者たちが率先して起たねばならぬ時なのだ! にもかかわらず……この場にいる者は誰一人、戦役への従軍の意思を示してないようではないか!」


 レオンは「あっ」と忘れていたことを思い出す。出陣の直前でも間に合うとのことだったので後回しにしていたのだ。


 しかし大多数の生徒は違うだろう。

 ここにいるのはレオン同様、真面目に講義を受け鍛練をする騎士階級の家の者たちばかり。まだ自分たちが未熟であることを知っている。それに家が裕福なわけでもないから、まだ死にたくないのだ。


 行くなら勝手に行ってくれ……それが本音なのだろう。


 しかし、アルギノスは公爵家の子。とても拒否できるわけがない。


 そんな中、ルアーナが声を上げる。


「アルギノス先輩。何の権限があってこんなことをしているんですか?」

「なんだと? ぬっ? お前はたしか……ヒュルカニア公の娘か」

「ルアーナと申します。以後、お見知りおきを」

「はっ。お前の父は敗軍の将。その娘がこの私に意見するか」

「ここは士官学校です。親や身分のことなんて関係ありません。上級生なのに、そんなことも分からないんですか?」

「お前っ……! お前の親は、さんざん身分で人を馬鹿にしてたくせに!」


 アルギノスは唇を噛み締めると、ルアーナにどすどすと近づいてくる。


 レオンはこのままではまずいと、自らアルギノスに向かった。


「アルギノス様!! 志願いたします!! このレオン、帝国の御為に働きとうございます!!」

「邪魔をす──レオン、だと?」

「は、はい。レオン・フォン・リゼルマークと申します」

「噂は聞いている。騎士階級の子でありながら、卓越した鎧の乗り手だと」

「そ、そんな! アルギノス様にお名前を覚えていただいているとは! 恐悦至極です! 私もアルギノス様と共に戦えると思うと……この上なく名誉なことです」  


 レオンはそう言うと、アルギノスに頭を下げて言う。


「僭越ながらアルギノス様! 私に一つ、稽古をつけてはくださらないでしょうか! 及び腰のここにいる者たちに時間を割くより、自ら望んで戦う者を強化したほうが、はるかに帝国のためになります! 名誉ある戦いには、高潔な意志を持つ者だけが参加するべきです!」

「ふむ……それもそうだな」


 アルギノスはレオンの言葉にうんと頷いた。


 内心で、レオンはちょろいとガッツポーズする。やたら飾った言葉に貴族は弱い。


「分かった。では、レオン。我が剣技の神髄、お前に見せてやるとしよう」

「本当ですか!? いや、とてもありがたいお話です! ぜひお願いいたします!」


 アルギノスと共に去るレオンに、講堂では、感謝する者もいれば、馬鹿な奴と小声で言う者もいた。


 ルアーナは去っていくレオンを、じいっと見ていた。


 その後、レオンは稽古という名の接待に向かった。


 訓練場での鎧同士の訓練。

 昨今の騒ぎで、武器は学校指定の柔らかい剣しか使えなくなっている。

 わざと負けたふりをして、アルギノス様はすごいと連呼するだけの時間をなんとか乗り越える。


 ──はあ、疲れた。B級の鎧だし強い人なのは間違いなかった。だけど、いちいちセリフが多くて、こちらも褒め言葉を考えるのが大変だった。


 廊下を進み、レオンは講堂に戻る。

 

 講堂の前では、ルアーナがどこか考え込むようにして待っていた。レオンに気が付き、口を開く。


「あ、レオン君……助けて、くれたんだよね?」

「あ、あんなのは別に。皆、困ってたからさ」

「私のためだけじゃなくて、他の生徒のためにもってこと?」

「そ、そういうこと」


 ルアーナは一瞬、何故か意外そうな顔をした。


「え? なんかおかしかった?」

「いや、そんなことないよー……ただ、レオン君私のことが好きだから助けてくれたんだろうって、ちょっと勘違いしちゃっただけ」


 ぷくっと頬を膨らませるルアーナに、レオンは顔を真っ赤にする。


「そ、そそ、そんなことは!」

「こういうときは、嘘でも女の子ためって言うべきじゃない?」

「い、いや、ルアーナはとても魅力的だと思うけど、身分も性格も何もかも、俺じゃあ」

「ふふ……おっかしい」


 再び笑い出すルアーナ。なかなか笑いが収まらないらしい。


「……さっきもだけどそんなに俺が慌てているの面白い?」

「ふふふ……ごめん、そういうわけじゃないの。レオン君って変わってるなあって!」

「そ、そうかな?」

「とっても変わってるよ。見たことがないタイプの人間」

「そりゃまあ、数か月前までは帝国人じゃなかったからね」

「ふーん。えっと、ヴェルシア、だっけ?」

「ああ。人間と魔物が平等に暮らしていたんだ。だけど、帝国に占領されちゃって」

「魔物が、人間と仲良く……本当、変な国だよね。そんなの、絶対駄目だよ」


 ルアーナは珍しく、苛立ちを含ませたような口調で言った。

 しかし、すぐに申し訳なさそうな顔をする。


「あ、ごめん……」

「いや、帝国からすればやっぱり変わってるだろうから。気にしないで」


 いくら人が変わったと言っても、ルアーナは帝国人だ。


 今の絶対駄目という言葉が、ルアーナの本音なのは間違いない。ルアーナにとって人間と魔物は絶対に分かり合えない存在というのがレオンに伝わってきた。


 最初にレオンが会った時、ルアーナはベルを汚物と罵った。だから、魔物にはやはり嫌悪感を抱いているのだろうとレオンは察する。


 地下都市で会ったウェアウルフの子供も、レオンとベルを見て変と口にした。人間と魔物が仲良くするというのはこの帝国ではおかしなことなのだ。


 ──長年の確執もある。ルアーナをおかしいと思うのはいけない。


 ルアーナはレオンに頭を下げて言う。

 

「本当にごめん……それに、本当にありがとう。私、色々レオン君のこともっと知りたくなっちゃったなあ。今回のお礼にさ、私が付き合ってあげよっか?」

「る、ルアーナ。冗談はよせ。どこで誰が聞いているかも分からないんだ」

「釣れないなあ。私って相当な美人だと思うけど。本当にレオン君は変……いや、こういうのを奥手って言うんだよね」


 そう言って、ルアーナは悪戯っぽく笑う。


「ふふ。私、とってもレオン君のこと欲しくなっちゃった……じゃあね」


 大胆な告白に、レオンの頭は沸騰しそうになるのであった。

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