第31話 裏切り
「もう少しで、目的地です」
アーネアの声に、舵を取るベルが「りょーかい」と答える。
「さて、今日のは期待できるわよ」
エレナはいつもと変わらぬ元気な声を艦橋に響かせた。
レオンはその声に安堵を覚える。
というのは、数日前デブリを回収した後、レオンはエレナに訊ねたからだ。
……エレナ様は何を探しているのですか、と。
はぐらかされるかとレオンは思った。
しかしエレナの反応は意外なものだった。
申し訳なさそうな顔で今は答えられない、そう答えたのだ。初めて見るエレナの表情に、レオンはそれ以上何も聞き出せなかった。
後で聞いた話では、側近のアーネアもジャンも知らないのだという。ギュリオンも知らないわけだから、これはもうエレナにしか分からないのだろう。
とても大事な物、というのは確かだ……ギュリオンは父のメッセージに関する物だとレオンは聞いた。
微妙な空気の中、ベルが呟く。
「いやあ、しかし今回の場所は特にデブリが多いですね。それにしても大丈夫ですか、アーネアさん?」
「何がだ?」
アーネアは首を傾げる。
「いや、さっきから水をたくさん飲んでるから。調子でも悪いのかなって」
「単に喉が渇いているだけだ。ここは魔力が濃く、魔力の集まりも早い。船が魔力の処理に間に合わず、船内の温度が高くなっているのだ」
レオンはアーネアの声にそう言えばと汗を拭う。
この周辺はデブリが多いだけでなく、魔力も濃い。すぐに魔力が集まる。
「きっとレオンの魔力の集め方が尋常でないからだろうな。ともかく、早く終わらせてしまおう」
アーネアの声にエレナは頷く。
「そうしたら、私とレオンがそれぞれの鎧で回収に行くわ。今回のは少し大きいから二体で行きましょう」
首を縦に振るレオン。
アーネアはエレナに頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ。ベル、舵は私が変わろう。お前には、倉庫で取ってきてほしいものがある」
「ほい? りょーかいです。レオン様、こっちは任せてくださいねー」
そんな声を背にレオンたちは格納庫に行き、鎧へ乗り込んだ。操縦席に表示された座標を頼りに、宇宙空間の中へ鎧を進ませる。
一応、盾は背中に背負うようにして装備済みだ。
ギュリオンに発注を頼んだ内、盾とシールドディスクはもう完成して戻ってきている。しかしライフルと剣のほうはまだ少し時間がかかるらしい。ミスリルは加工に時間が掛かるそうなのだ。
そのまま目的地に向かっていると、エレナが突如レオンの鎧に通信を入れた。
「今日もよろしくね、レオン」
「はい、もちろん。エレナ様のおかげで結構お金が貯まってきまして……この感じで続けていけば、一年で魔導艦が買えそうです」
「……ごめんね。魔導艦が手に入るかもって言ったのに。でも、今日のはきっと良い物のはずだからだ」
「それは楽しみです」
それ以上はレオンも何も訊ねない。
しかし、エレナのほうから言葉を続けてきた。
「ねえ、レオン。あなた、私の父をどう思う?」
「え、エレナ様の……つまり皇帝陛下ですか? 俺ごときが語っていいお方では」
「忖度はやめて。お願いだから、本音を言って」
珍しくエレナは真剣な口調で言った。
──ああやって探し物を訊ねた後だからかな。なんというか、エレナは寂しそうな感じだ。
「エレナ様……失礼を承知で申し上げます。何故、陛下はあのように酒に溺れてしまったのだろうと」
「父……バーゼーの昔は調べたのね?」
エレナの父、バーゼー・フラティウス・メディウス。
五年前、この帝国の皇帝として即位した男のことだ。
「ええ。昔は、魔動鎧の扱いで右に出る者がいなかったと。人徳にも厚く、戦略眼に優れ、とても公正な方だったと聞きます。いくつもの皇帝直轄地を任され、汚職を一掃なされたとか。即位したら、帝国を改革したいと常日頃から仰っていたと聞いております」
絶対に名君となる男、そう噂されていた男だ。
人間にはもちろん、魔物からもいずれ来る彼の治世が期待されていた。
「そう。まだ物心がついたばかりの私でも、父はすごいと分かるほどだった。母も、あの人が大好きだった。私の自慢の父……だけど、五年前……父は皇帝になってから変わってしまった」
レオンは悲痛な面持ちで頷く。
「即位後、掲げていた元老院改革案を全て撤回。結局前代までの腐敗した政治が今も続いている。エレナ様は、陛下が改革を放棄なされた理由はご存じなのですか?」
「ううん……だけど分かっている。レブリア公がやったの。あの男は、父を堕落させ、攻撃的な男に変貌させた。私から、父と母を奪ったのよ」
前皇后エレノアは事故死だと、レオンは聞いていた。しかしここではエレナの言葉に異議は唱えない。
レオンは士官学校で起きたあれこれを見ている。
入学式での学長襲撃、アレンの決闘暴走事件。もっと死者が出ていてもおかしくない出来事だった。帝都は陰謀にまみれているのだ。
皇帝バーゼーもまた、レブリア公の策謀によって人格を変えられてしまったのは容易に想像できる。レオンの会ったバーゼーは、とても正常とは言えなかった。
エレナは続ける。
「即位してから母が死ぬ前までは、まだましだった。いえ、暴力を振るう最低男だったわ。母はいつも私の前で暴力を振るわれていた。昔の父に戻ってと。私も怖かったけど、母の言葉を聞くよう父へ懇願した。だけど、それが間違いだった……」
「間違い?」
「父は私を棒で叩きつけようとした。母は割って入って、それを止めたの。母はそのまま……動かなくなったわ」
表向きには事故死になっているが、実際は皇帝が皇后を殺したわけか。
たしかにこれは、経緯がどうであれ公表できるような事実ではない。
「母の腹の中には、もう少しで生まれるはずだった子供もいた。私の妹か弟……今になってはどっちかは分からないけど。冷たくなっていく母を見て、父は即位してから初めて顔を青ざめさせた。だけどそれっきり、一言も喋ることもなくなった……」
その言葉にレオンは謁見でのことを思い出し、はっとする。
皇帝は謁見の最後に、レオンの名を訊ねると、杯を投げつけた。
怒りを買ったとレオンは恐れたが、すぐに皇帝は間違いを詫びたのだ。
あの時、エレナもレブリア公も、あの場にいる者は皆、驚愕していた。四年間何も喋らない皇帝が口を開いたことが衝撃的だったわけだ。
「思い出した? 父は、あなたの名を聞いて、言葉を発したの。そして杯を投げた。それまで食べて飲んで寝ることしかしなかった人間が」
「な、何故でしょう?」
「分からない。分からないけど、あなたといれば、それが分かると思った……だけ」
「何か刺激するようなワードがあったのかもしれませんね」
レオン・フォン・リゼルマークという言葉に何か、聞き覚えがあるのだろうか。
だが、帝国史をしっかり学び終えたレオンでも、関連するような名前は思い出せない。
エレナもこう答える。
「色々、文献を調べ直したわ。あなたの名前と同じ名前や言葉が見つからなかった。でも、そんな人物も言葉もない。それはともかくとして、私は父にあなたの名を聞かせた……だけど、全く答えてくれなかった」
「なら……今でこそ私も帝国語喋っていますが、あの時は失礼のないように私は魔法言語を使ってました。実際はヴェルシア語を口にしてましたが、そちらは」
「それも当然試したわ。ヴェルシア語で唱えてみた」
「そうでしたか……ううむ、全く見当がつきません」
「大丈夫。すぐ分かるなんて思ってないから」
エレナは気丈な声で答えた。
顔は見えないが、レオンには無理に笑うエレナが見えるようだった。
レオンはさらに続ける。
「そうですか……ですが、そう仰るということは、探し物は陛下を何とかするためのものではないのですね」
「その通り。父を取り戻したいのはたしか。でも、父がやろうとしていたことをやるほうが、私にとってははるかに重要。父は、私にこの帝国を変えるようにっていつも言い聞かせてたから」
「そのために、探し物が必要と言うわけですね」
「そういうこと」
しばらく間を置いてエレナは続ける。
「分かっていると思うけど、私はね……ヴェルシアは理想の地だと思っているわ」
エレナはやはり、帝国の現状をよく思ってなかった。
ヴェルシアのように人と魔物が仲良く暮らせるのが理想と考えているのだ。
だからこそ、ヴェルシアが実質的に今までとあまり変わらない生活ができるよう取り計らってくれたのだろう。
「……それだけ聞ければ私も安心です。私はエレナ様をお手伝いするだけです」
「ありがとう、レオン。一つ言えることは、あなたにもヴェルシアにも絶対に悪いことにはならない。そして……フェリアちゃんとも、ちゃんと結婚できるようにしてあげるから!」
「え、エレナ様! フェリア様はもう!」
「じゃあ、私と結婚する? いいわよ。あなたなら大歓迎」
「や、やめてくださいよ……昨日も、なんか学校で似たようなこと言われたんですから」
「あら、モテてます自慢? 皇女の誘いにそんな返しって、失礼じゃない? その子と私、どっちが大事なのよ?」
「ま、参ったな……うん?」
レオンは、もう少しで目的地というところで異変に気が付く。
「エレナ様……周囲の魔力に動きがあるような」
「ええ……魔力が濃いから詳しくは分からないけど。いえ、これは」
レオンとエレナが鎧を止めた瞬間、周囲の魔力の動きが止まる。
「私たちが気づいたってバレたみたいね」
「なんで、こんな場所に……周囲には船も通らないのに」
「誰かがこの位置を報せたか。レオン、あなた裏切ってないわよね?」
「帝国侵攻がなかったことになって、フェリア様の成人を見届けられる世界線に戻れるなら、裏切るかもしれませんね……」
「正直でよろしい。ともかく、この場を乗り切るしかないわね」
「もしものときは、私を捨ててでも逃げてください」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
エレナは冗談っぽく言うと、デブリの一つに鎧を向ける。
「何が目的? お金? それなら艦にある物、残らずあげるわ」
「いいや、そんなものはいらないね。俺たちが欲しいのはエレナ、お前だ!」
その声の主がデブリから現れる。物を運ぶための簡単な魔動鎧だが、その手には銃が握られていた。
他のデブリからも、一斉に鎧と魔動船が現れる。その数、ゆうに百以上。
「レジスタンス? 今話題のリベルタスでは……ないわね」
「あんな甘っちょろい集団と一緒にするな!! 俺たちは人間が憎いんだ!! いつか、この帝国を魔物のものにする!!」
どうやら最近帝都で力を付けているリベルタスとは違うレジスタンスのようだ。
リベルタスが人間と魔物の平等を目指すのに対し、彼らは人間を滅ぼそうという大異形軍の考え方に近い。
レジスタンスのリーダーは声を上げる。
「今に見てろ? お前たちが俺たちにしたように、大異形軍がお前たちをゴミのように扱ってやる!!」
「私を人質に、帝国に大異形軍へ降伏させるつもり? ずいぶんと私も高値がついたものね……まあ、実際は大異形軍の星まで逃げて、私を代価に良い身分に就こうとかいう魂胆かしら」
「そうだ! あのゴミのような父親の子でも──ぐはっ!?」
エレナの鎧はいつの間にか、レジスタンスのリーダーの隣を通り過ぎていた。
その手には、どこから出したのか短剣が握られている。
レジスタンスのリーダーの鎧はそのまま、四肢を切り落とされてしまった。
「いいから、かかってきなよ? こんなに隙作ってあげてるのに」
その言葉に、控えていた鎧が一斉に襲ってくる。
「や、やれ!! ダルマにしろ! もう一体は殺して構わん!」
だが、光線も剣も、デブリの間を高速で移動するエレナの鎧には当たらない。
エレナは短剣で、次々とレジスタンスの鎧の四肢を落としていく。一機、また一機と、時間を数えるようなテンポで。
レオンもそんなエレナの意思に従うように、シールドディスクの光線で、レジスタンスを殺さないよう無力化した。
向こうも光線やら弾丸を放つが、そもそもレオンやエレナには全く当たらなかった。
──エレナも守るつもりだったが、とても必要ないな。
レジスタンスはやはり、ろくな訓練も受けてないようだった。
中には、エレナとレオンの戦いぶりに一目散に逃げてしまっている者までいる。
エレナは短剣を振りながら、誰に向けるでもなく言う。
「なんか勘違いしているかもしれないけど、大異形軍は子供も老人も皆、兵士なんだよ? 帝国を手に入れるまでは、ずっと戦い続けなきゃいけないんだよ? 逃げることは許されないし、特攻だってさせられる……あんたたちに、そんなことができるの?」
「お、お前に何が分かる!? 奴隷でいるより、はるかにましだ! 奴隷でいるぐらいなら、死を選ぶ!」
「そう。その割には、誰も死ぬ気でかかってこないけど」
エレナの言うように、組みついて自爆しようとか、そんなことを考える奴はいない。
やがて、武器を振るう者は誰もいなくなった。
レジスタンスはまだ八十機近くを残して、逃げ出してしまったのだ。
そしてレオンとエレナは、レジスタンスの鎧を一体も爆発させてない。全く死者は出てないことになる。
「エレナ様、お怪我は?」
「あるわけないじゃん……いえ……とにかく、回収して戻りましょう」
「は、はい」
レオンはエレナが落ち込んでいることを察し、さっそく目的の物を回収し、船へ運んでいく。
「しかし、どうしてこの場所が」
冒険部として活動を始めて以来、こんなことは初めてだった。レジスタンスは、明らかにレオンたちを待ち伏せしていた。
つまり、先程エレナが言ったように誰かが情報を流したとしか考えられない。
だが、アーネアもジャンもそんな人物ではない。ベルもそんなことしないだろうし……
「誰かが裏切った……?」
しかしエレナはレオンの言葉に何も答えない。
──え? 俺、疑われてたりする?
自分の体や鎧に発信機のようなものが付いてるかもと調べるレオンだが、そんなものはなかった。
そうして船に戻ると、格納庫がいつものように開く。
回収した箱を置いて、エレナはレオンと共に、足早に艦橋に向かった。
艦橋の扉を開き中へ入ると、舵の前の椅子がぐるりと回転する。
座っていたのはアーネアだ。脚を組み、下卑た笑いをしている。その手には銃が握られていた。
レオンはここにきて状況をようやく察する。
アーネアが裏切ったのだと。
「アーネアさん!」
「動かないで。あれが見える?」
アーネアの視線の先には、金属の箱が大量に積み上げられていた。
レオンも士官学校で学んだから分かる。魔力に反応する爆弾だ。
「魔法を使えば、皆仲良くドカンよ」
「くっ」
例え防衛魔法を使っても、この量の爆弾は防げない。
レオンが沈黙する中、エレナは訊ねる。
「いつからなの?」
「さあ。もし昨日今日って言ったらどうします?」
「ふざけているの?」
「ふざけてなんていませんよ。私、あなたが大っっ嫌いなんです。魔物が、人間と仲良く暮らすなんて本当に虫唾が走る……キモっ! アホなんですか? バカなんですか? 本当は今すぐ殺したいぐらいです」
アーネアは憎しみを込めた口調で言い放った。
……アーネアは魔物が嫌いだった?
その割には最近、ベルと小言を交わして笑っていた気がするのに。あれはエレナを安心させるための演技だったのだろうか。人の心の底まではわからないものだ。
「殺したいですが……あなたにはこのまま私と一緒に来てもらいます。ふふ。どーです、信頼していた幼馴染に裏切られるのは? 背中まで洗わせていた幼馴染に銃を向けられる気分は? ……ねえ!? どんな気持ち!?」
アーネアはニヤニヤとエレナに訊ねた。
エレナはまるで生気をなくしたような顔をしていた。
「いい顔っ……やっぱり、絶望した人間の顔を見るのは面白いわー」
「アーネアさん!」
「レオン、やめて! ……アーネア。レオンには何も罪はない。ベルもどこかに捕まえているのでしょう? 二人はこのまま解放して」
なんとかエレナは言葉を振り絞った。
しかしアーネアは駄目駄目と首を横に振る。
「スライムのほうはともかく、この男はあの方がご所望ですから」
レオンは士官学校で目立ってしまった。誰が実行犯かは知らないが、レオンも価値があると考えたのだろう。
くそ……
いや、一か八か艦橋中の魔力をエレナに展開して、エレナだけでも守れないだろうか? 覆いかぶされば、多少は……
そんな中、後ろの扉が開き、能天気な声が聞こえてくる。
「いやあ~ひどいじゃないですか、アーネアさん。いきなり倉庫に閉じ込めようだなんて」
「お、お前!? なぜここに!? しかも、何故扉が開いた!?」
「いやいや。悪いですけど、今日のアーネアさんおかしかったんで、全部システムは戻させてもらいましたよ。その爆弾も、全部爆発しませんからね!」
「な、何!?」
アーネアはすぐにボタンのようなものをポチポチと押す。
だが、何も起きなかった。
すぐにアーネアはエレナに銃を向けた。
「くっ、くそ!」
バンという音がアーネアの銃口から響く。
しかし爆弾が大丈夫と分かれば何の問題もない。
レオンはウォールでその銃弾を防いだ。
「ベル!」
「ほいさ! ──確保っ!」
ベルが魔法の輪で簡単にアーネアの四肢を拘束した。
しかし、アーネアは大きく口を開けて、何かを噛もうとする。小型の爆弾だ。
だが、ベルによって口にも魔法の輪をはめられてしまった。
「うぐっ! ぐっ!」
「一丁上がりですね! しかし、またなんで急にこんなことに」
ベルが呟くが、エレナは隣で肩を落としたままだ。
「あらら……あの日のレオン様より落ち込んでらっしゃる」
自分の信頼していた者に裏切られる……
エレナは、信頼していた父を失っているのだ。ショックでないわけがない。
「ベル。とりあえずアーネアさんをこのまま処置室に。宇宙港に帰るまで、監視を頼む。船は……俺が操作します。いいですか、エレナ様?」
「ええ……」
エレナは小声で言うと、艦橋をとぼとぼと出ていくのだった。
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