第24話 異変
勢力図は、簡単なものを私の近況ノートに貼らせていただきます。
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「新入生、行進!!」
その声と同時に、整列した魔道鎧が一斉にグラウンドを進む。
レオンもその列に加わり、大手を振って鎧を歩かせた。
止まった位置は、やはり最後列。
鎧のランクか階級で並んでいるのかはレオンには分からないが、どちらにしてもレオンは最底辺だ。
校舎に体を向けると、そこには金銀で彩られた華麗な演壇があった。
学長はその演壇に立つと、挨拶という名の長い演説を繰り広げる。
帝国がどれほど偉大で、大異形軍と宇宙連合がいかに愚劣かという、聞くに堪えない話だ。
ベルが操縦席の中であくびのような仕草をする。
「ふぁあ……魔動鎧の中だから、楽な姿勢で聞けますね」
「まあ、誰も見やしないからな」
「しっかし、そんなに相手が弱いならなんで約千年もの間、ずっと倒せないのかって話ですよねえ」
帝国は約五千年の歴史を持つ国家だ。
帝国、大異形軍、宇宙連合による三つ巴の戦いは、千年前から続いている。
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皇歴908年 帝国が宇宙進出を果たす。
皇歴1012年 宇宙進出が加速し、ほぼ現在と同じ帝国の版図を築く。後年、この版図はスペースラート宙域と自由宙域と比較するため、メディウス宙域と名付けられる。
皇歴2320年 奴隷階級であるスライムのペタンが、自身が艦長を務める鉱石運搬船と共に漂流、メディウス宙域から出るノトス宙道とその先に広がるスペースラート宙域を発見した。以降、帝国の魔物たちのスペースラート宙域への移住が進む。
皇歴2450年 上記のペタンがスペースラート宙域全域を探検し終え、今度はホーリー宙道とそれに繋がる自由宙域を発見。自由宙域にも魔物が進出する。
──この時点では、魔物は帝国から逃げるだけで、決して帝国と戦わおうとは思わなかった。
帝国も貴族同士の内乱が頻発し、逃亡した魔物を追う余裕はなかった。
皇歴 2467年 ペタンが、メディウス宙域と自由宙域と繋ぐエウーロス宙道を発見。メディウス宙域、スペースラート宙域、自由宙域がそれぞれ行き来できることが判明する。
……このペタン、スライムだから不死だ。
その後どうなったかは人間には知られていないが、まだ生きている可能性もある。
皇歴 3178年 帝国の市民階級の内、貴族による搾取を嫌った人間が、魔物の助けを借りてエウーロス宙道を通り、自由宙域へと逃れる。以降、自由宙域では人間が多数派となり、宇宙連合が発足する。
皇歴 3799年 反魔物感情が高まった宇宙連合が一方的に魔物を自由宙域から追放。帝国に奴隷として魔物を送還する星系も現れた。ホーリー宙域に要塞が築かれ、魔物たちはスペースラート宙域に閉じ込められると、主戦派と平和派に分かれ内乱状態に陥る。
──魔物への嫌悪感以上に、自由宙域の人間は自由宙域の資源を独占したかった。人間とはつくづく強欲なものだ。
一方の魔物は、この後泣きっ面に蜂というか……
皇歴 3890年 スペースラート宙域が年々と魔瘴海によって狭まられていることが判明する。研究者により、二千年の内にスペースラート宙域は、ノトス宙道とホーリー宙道を繋ぐ細い宙道になると予測された。
皇歴 3891年 3890年の研究に危機感を覚えたスペースラート宙域の魔物たちは、ほとんどが主戦派となり、帝国と宇宙連合の星系を侵略し始める。彼らはその戦いぶりから大異形軍と、人間から恐れられるようになり、彼らもその名称を気に入ったため大異形軍という名称が定着した。
皇歴 3920年 大異形軍の猛威に帝国は一致団結し、内乱が落ち着き始める。領地を得たいという貴族を中心に大異形軍と宇宙連合を征伐しようという機運が高まる。
そして今現在、皇歴4996年に至る。
三勢力はもう約千年にわたって、争いを続けているわけだ。
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簡単に言ってしまえば、この銀河は中国の三国時代のように三つの勢力に分かれている。
また、それぞれの勢力圏は、細い宙道でしか行き来できない。
レオンはベルに、なぜ戦いが終わらないのか自分の考えを伝える。
「宙道のおかげで、どの勢力も守りやすいんだろうな。狭いから大軍が通りにくいし、守りやすい」
あとは、それぞれ勢力ごとの強みがあるからだろう。
大異形軍は魔物たちだから、もともと人間に負けない魔力を持っている者も多い。居住可能な宙域が狭まっているため、誰もが命がけで戦う。
一方で宇宙連合の人間はもともと帝国の市民階級だったため魔力量に乏しい。
しかし、自由宙域は魔吸材が豊富なため、帝国と大異形軍に物量で対峙することができた。
帝国は三勢力の中で最大の人口を持ち、魔力に優れる人間が多い。
ベルが呟く。
「拮抗しているわけですね。なんというか、あと千年あっても終わらなさそう」
「そう、だな。いずれかの勢力で、内乱でも起きなきゃずっと……うん?」
レオンは、校舎の近くに立つ鎧の腕が勝手に動いていることに気が付く。
警備の鎧だろうか。
鎧の手には銃が握られており、演壇のほうへ銃口が向けられていく。
「あいつ、何を……まさか!」
レオンはすぐさま自身の鎧の盾から、シールドディスクを射出した。
がんっという鈍い音が響くと、空に向かって光線が走った。
シールドディスクは、間一髪のところで演壇を狙う鎧の銃を落としたのだ。
と同時に、周囲がざわめきだす。
「ひいぃいっ!!」
先ほどの勇ましい演説をしていた学長はどこへやら、一目散に校舎へ逃げていく。
一方の警備の鎧は、再び銃を拾い上げた。
「ベル! 光線を防いでくれ!」
「ほいほい」
ベルはシールドディスクを操り、学長たちに放たれた光線を防いだ。
一方のレオンは光線を放った鎧を攻撃しようとするが、新入生の鎧があちらこちらに移動するので、狙うのが難しかった。
そんな中、レオン以外にも光線を放つ鎧に立ち向かう者たちが現れる。
エレナとその従者、フェリア、他にも何体か、反乱者と思しき鎧に覆いかぶさった。
やがて反乱者の鎧は四肢を拘束されると、全く動かなくなった。
エレナが鎧で近づいてくる。
「さっすが、レオン! 気が付くの速かったね」
「殿下……もったいなきお言葉です」
「殿下じゃなくて、エレナちゃんでしょ? しっかし、前代未聞ね、こりゃ」
「彼ら……反乱者は魔物でしょうか?」
「でしょうね。人型だから、ゴブリンかオークの可能性が高いでしょうけど──あ、今警備兵が開けるわ」
校舎からやってきた警備兵たちが、銃を構えながら拘束された鎧の操縦席を開く。
すると、
「に、人間?」
操縦席に乗っていたのは、紛うことなき人間だった。レオンと同じような軍服を纏っている十八歳ぐらいの男だ。
エレナもまた意外そうに声を上げる。
「うそ……警備を担当する上級生だわ。しかも、昨年度の優等生」
「そんな人がなぜこんなことを──あっ!」
レオンは操縦席の人間が不気味な笑みを浮かべていることに気が付くと、すぐにシールドディスクで操縦席を覆った。
刹那、爆発音がシールドディスクの向こうから小さく響く。
そのままシールドディスクをずらすと、そこには真っ黒に焦げた操縦席があった。
それからしばらく、新入生たちの混乱は収まらなかった。皆、明らかに狼狽しているようだった。
「あらら。案外、帝国が一番最初に駄目になったりして」
ベルがそんなことを呟いた。
最初は強大な国家と思えた帝国。
しかし、安全なはずの学校でこのような事態が起きた。
しかも、この帝都周辺では犯罪が多発している。
もしかすると、ベルの言う通りこの帝国が一番……
レオンは不安を感じずにはいられなかった。
その日、入学式は中止となり、軍と保安隊による調査が行われた。
だが翌日からは通常通り士官学校の講義が始まるのだった。
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