第25話 部活への勧誘

 モニターに映るのは、長方形の箱のような艦の図だった。


 それを指しながら、教員が口を開く。


「……宇宙連合の者たちは我らのようには魔力を扱えません。宇宙連合の船の主砲が埋め込み式で前方に集中しているのは、魔力を効率よく火力に変換するためなのです」

「つまり、宇宙連合の艦船は前面以外から叩くのが効果的、というわけですね」


 そう発言した生徒に、教員は「その通り」と答えた。


 入学式から一週間。


 レオンはこの日も、真面目に講義を受けていた。放課後はギュリオー商会の倉庫で貨物の運搬を手伝って、お金を稼ぐ日々。


 ──この暮らしにも慣れてきたな。しかも入学式以来、平和も平和。あの事件でどうなるかと思ったが。


 あの事件とは、入学式で上級生が学長に向けて発砲したことだ。


 エレナによればその上級生は伯爵家の子で、優等生だったらしい。

 親は宰相派に属しており、領地もそれなりの大きさ。同じ派閥に属する学長とも仲が良く、直近で何か問題があったわけではないようだ。


 そのためか、なぜあのような事件が起きたのか今も判明していない。

 むしろ宰相派の者たちは早く事件を風化させたいのか、事件について言及を避けているようだ。


 レオンにも特に褒賞などの話はかかってない。


 ──まあ、別にいいけど。


 だが、レオンはその事件で目立ってしまった。入学試験のこともあり、生徒たちはレオンを露骨に避けている。


 ──遅かれ早かれこいつは高級貴族の生徒に睨まれ退学になる……近づいて自分も巻き添えは喰らいたくない……といったところか。


 そんなだから、レオンはまだ友人が一人もいない。昼食も登下校も一人だ。


 自分から話しかけてはみたんだけどな……


 教員すら、レオンを指名して回答させることはなかった。


 フェリアも相変わらずレオンには目もくれない。


 ──まさか、今世でもボッチになるとは……


 そんな中、唯一エレナだけは挨拶をしてくれるが、あまり会う機会はなかった。


 そもそも帝国騎士の子以外は、皆まともに講義を受けていない。学校ではなく、どこかでパーティー三昧だ。フェリアやエレナはあまり学校には来ないのだ。


 ──まあ、焦らず腐らず、真面目にやっていこうじゃないか。いつかは友達だってできるはずだ……


 戦地に赴く時は、フェリアを遠くから守れるように。

 それ以外は、自分の滞在費とヴェルシアのためにお金を稼ぐ。


 目下の目標は、高等部に上がるための魔動艦を用意することだ。


 そう言い聞かせて、レオンは今日も一人で食堂に向かった。


 着いたのは食堂というよりは、一流ホテルのラウンジのような洒落た場所だ。

 その窓際の席に座って、メニュー表を開く。


 ──ここの食事は本当に美味しいんだよな。日本食みたいのもあって、懐かしい気持ちになる。今日は、ふんわり卵のカツレッツ丼にするか。


 メニューをクリックし、あとは運ばれるのを待つだけだ。


 そんな中、声が響く。


「ここの席、いい?」

「え? ああ、もちろん……って」


 声のほうを見上げると、白銀の髪の美少女──エレナがニヤニヤと笑っていた。


 エレナはツインテールを揺らしてレオンの顔を覗き込む。


「やっほう! 元気してる?」

「え、エレナ……ちゃん」


 そのままエレナはレオンの向かい側に座って、メニュー表を開いた。


「私は、グラタンにしよっと……しかし、一人でご飯? 前から思ってたんだけど、あんた寂しい男ね。あなたもそう思わない、アーネア」


 エレナの隣に立つ長身の女子生徒アーネアは首を縦に振る。


「はい、エレナ


 きりっとした目でアーネアはレオンを睨む。


 ──そんな警戒しなくても……というかあんた、前ちゃん・・・でエレナを呼んでたじゃん。だから、俺もちゃんづけにしたのに。


 レオンは急に恥ずかしくなってくる。


 アーネアはエレナに耳打ちするように言う。


「ですから、あまりこの男には近づかないほうがよろしいかと」

「ええ。でも、レオンがいないと部が成立しないわ」

「他の者でいいじゃないですか……ジャンたちに任せることがあるのは分かりますが、信用できる者を入れるべきです」


 そう訴えるアーネアの目は心底エレナを心配しているようだった。


 しかしエレナは首を縦に振る。


 そんな二人にレオンは訊ねる。


「えっと……もしかして、俺をなんかに勧誘しようとしてます?」

「そう! 新たに部活を作ったの! 冒険部を!」


 エレナは屈託のない笑顔で答えた。


 いかにも上流階級の道楽っぽい部活だと、レオンは苦笑する。


「なるほど……申し訳ないですが、放課後はギュリオー商会で働かせてもらっているんです」

「でも、いてもいなくてもいいような仕事を割り当てられているんでしょう?」

「そ、それは……」


 ギュリオンは、レオンに大した仕事は与えなかった。


 レオンの鎧は転移を無制限に使えるから、仕事がすぐに終わってしまう。従業員の仕事を守るためだ。


 だから、ギュリオンはことあるごとに、「レオン様、お友達と遊ぶのも学生の仕事です。給料はちゃんと毎日お支払いしますから、どうか遠慮なく」とレオンにやんわりと告げた。


 だが、それは友人がいればこそできること。

 レオンには友人はいない。

 だから、「仕事のほうが大事なので」と愛想笑いを返すしかなかった。


 がくりと肩を落とすレオンに、エレナは身を乗り出して言う。


「それに冒険部はね、遊びじゃないわ。上手くいけば、一攫千金よ」

「一攫千金?」

「ええ。帝国は広いわ。この帝星ですら遺跡や放棄された区画が多い。そこや沈没船とかに宝があるわけ」

「お宝、ですか。具体的に何を探すのでしょう?」

「ふふ、食いついたわね。金銀宝石はもちろん魔吸材とかの資源、あとは魔動鎧や魔動船かしらね」

「魔動船……っ!」


 レオンが今、一番欲しかったものだ。

 魔動船があれば、高等部に上がれる。


 厳密には、軍艦たる魔動艦でないといけないが。


「あら、魔動船持ってなかった? ならチャンスよ。ちょうど、私も魔動船を中心に探す予定だから。なくても、パーツや魔吸材が見つかれば、自分で作れるかもしれないしね。発掘品は基本は皆で山分けだけど、レオンには優先的に魔動船をあげるわ」

「いいんですか?」

「もちろん、私はね」


 エレナはアーネアを見つめる。


「……私はエレナ様に従うまでです」

「なら、大丈夫ね。これで部員三人。無事、部が成立しましたとさ!」


 エレナは顔をにぱっと明るくした。


「まだ、入ると決めたわけでは……」

「どうせやることもないんでしょ。なら、手伝いなさいな。入学試験のとき、貸しにしといたでしょ?」

「それは、確かに。でも、何故俺なんです?」

「単純に役立ちそうだから。私はね、魔力の濃さがそれなりに掴めるの。それで、あんたが使えそうって思っただけ。ギュリオンもあんたのこと褒めてたし」

「な、なるほど」


 レオンにとっては悪い話ではない。

 お金をもっと稼げるかもしれないし、なんなら魔動船そのものが手に入る可能性があるというのだ。


 ──それになにより、ボッチ感が和らぐ……


「……入部、させてください」

「よしきた! もちろん大歓迎! 仲良くしようね、レオン!」


 エレナはそう言って立ち上がると、レオンの肩をポンポンと叩いた。


「いやあ、フェリアちゃんもレオンを入れるからって誘ってみたんだけど、断られちゃってねえ。あ、フェリアちゃんだ」


 エレナの視線の先を追うと、そこにはフェリアがいた。


 フェリアはこちらを見ていた──気がしたが、レオンの勘違いだったようだ。


「ま、もう二人は関係ないんだからいいか。それじゃあ昼食食べたら、帝都冒険部、早速始動よ! オーっ!」


 元気よく声を上げるエレナに、アーネアとレオンも小声でオーと言うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る