第22話 規格外

「おいおい、Fランクだってよ」

「瞬殺だろ。エレナ様の鎧はAランクだぜ」

「どこの田舎貴族か知らんが、エレナ様を相手に失礼なやつだな」


 鎧の中のレオンに、外からの声から聞こえてくる。


 そんな中、試験官の声がひときわ大きく響いた。


「ルールは飛び道具禁止とします」


 しかし、エレナが即答する。


「いいえ、飛び道具も許可します」

「し、しかし」

「レオン、こっちへ来て」


 エレナはそう言って、人のいない校舎から離れた場所に飛んでいく。


 レオンもそれに付いていった。


 去り際にレオンにも聞こえたことだが、あいつも飛べるのかと驚くような声が上がっていた。


 ──飛行はそんなに難しいことじゃないと思うが。エレナも飛んでいるし。


 ただし、実際に試験で浮遊できていた鎧はわずかだった。しかも、どれも高ランクの鎧ばかり。浮遊にはそれなりの魔力が必要なのだろう。


 レオンはエレナが空中で止まるのを見て、自身も鎧を止める。


「さ、ここでやるわよ。鎧本体に一撃でも攻撃を当てたほうの勝ち、にしようか?」

「殿下、失礼を承知で申し上げますが、やはり私は──っ!?」


 気づけば、エレナの鎧は眼前に迫っていた。


 振られる剣──レオンは盾を構え、それを阻む。


「さすがに反応が早いわね! でもっ!」


 エレナは鎧を高速で移動させ、レオンの後ろに回り込む。


「後ろか!?」


 レオンはなんとか盾で斬撃を防ぐが、エレナは周囲をぐるぐると回り、斬撃を浴びせ続ける。


 防戦一方のレオンは次第に、エレナの姿を目で追えなくなっていた。


「こんなもの!? 自分からも攻撃しないと、やられるわよ!」


 エレナはまだまだ余裕であった。

 さらに移動速度と斬撃のスピードを速めていく。


 ついにレオンは盾だけでは防げないと、盾から円盤を射出してエレナの斬撃を阻んだ。


 この円盤はレオンがシールドディスクと名付けたオリハルコンの魔動兵器だ。本来はベルが操作を担当することになっている兵器だが、ここにベルはいない。


 エレナはシールドディスクにも怯まず、レオンへの攻撃の手を緩めない。上下左右から、縦横無尽に斬撃を繰り出す。


 一方のレオンは盾とシールドディスクを用い、ひたすらに猛攻に耐えた。


 ──さすがに一人じゃ、シールドディスク二個の操作が限界だな……うん?


 エレナは一旦レオンから離れ、滑空する。


「──飛び道具アリとは言ったけど、初めて見る兵器ね?」

「も、申し訳ありません。とっさのことでつい」

「別に許可してんだからいいのよ。というか、攻撃用の装備もあるでしょ。使いなさい」

「そ、それは」

「はあ……うっざ──舐めちゃって」


 エレナはイラつくように言うと、その場から姿を消した。


 魔力の反応も一瞬消えたかと思うと、エレナはレオンの目の前に瞬間移動していた。


 転移系の魔法──!?


 レオンもすぐさま転移魔法を使い、エレナの後方に逃げた。


「っ!? ──あんた、今何を?」

「殿下と同じく、転移系の魔法を」

「……その魔力からすれば、なにもおかしいことではないわね。でも私だって!」


 エレナはそう言うと再び転移し、レオンを四方から攻撃した。


 しかも今度は銃も用いてだ。


 レオンは転移魔法を駆使して、エレナの放つ光線を避けていく。


 光線自体は魔力の反応が微弱だ。当たっても傷すらつかないだろう。


 しかしその分、手数が多い。


 さすがのレオンも、このままでは被弾してしまう。

 エレナに勝つには、何かしら攻撃を当てる必要があった。


 ──反撃も止む無しか……うん?


 だがそんな時、地上から二機の鎧が声を上げてやってくる。


「殿下! このアーネア・アギトゥム、助太刀に参りました!」

「貴様、飛び道具など卑怯だぞ! ルテティア伯が一子ジャンが相手だ!」


 二人は左右に分かれると、レオンを挟み込むように展開する。


「くっ!?」


 レオンはシールドディスクでなんとか二人の斬撃を阻む。


 一方でエレナは、レオンの正面から剣を振り上げて──


「いや──後ろだ!」


 とっさにレオンは回頭し、盾を構えた。


 そこにはやはりエレナの鎧がいて、レオンは見事盾で剣を受け止める。


 だが、エレナの剣の圧力はすさまじかった。その剣に込められた魔力も相当なものだ。


 シールドディスクも操りながら戦うレオンは、なんとか鎧に魔力を集めその場で盾を構え続ける。

 しかし、次第にエレナの剣に押されていった。


 レオンとエレナが膨大な魔力を消費しているせいか、周囲の魔力も薄くなっていた。


「くっ……これじゃあ、転移魔法も使えない」


 絶体絶命のレオン。


 だがそんな中、突如力を失ったように、エレナの援護に駆け付けた二体の鎧が落ちていく。


「な、な!? なんで!?」

「魔力が……浮遊できない!?」


 アーネア、ジャン両名の鎧は、レオンとエレナに周囲の魔力を吸い寄せられてしまい、鎧の魔力切れを起こしていた。


 鎧や魔動船が魔力を充填するには時間が掛かる──

 レオンは二人がすぐには浮遊できないと、自身も降下する。


 まず、一番近いアーネアを抱え込んだ。


 もう一人のジャンもシールドディスクに乗せ、地上へゆっくり降ろさせた。


 それからレオンは着地し、助けたアーネアの鎧を降ろす。


「大丈夫か?」

「あ、ああ。だ、だが貴様! 我がエレナ様に、卑怯な真似をして!」


 そんな中、エレナの声がレオンの後ろから響く。


「隙あり!」


 ぽかっと鎧の頭を叩かれたレオン。


 エレナは自慢げに言う。


「やったー! これで、私の勝ちね!」

「……ずるくありませんか?」

「戦いに卑怯もくそもないでしょ。さあて、どうしてくれようか」


 エレナは鎧の操縦席から出てくると、ニヤニヤとレオンを見る。


 一方的に勝ちを宣言され、鎧を降りられてしまった。これではレオンも戦いは続けられない。

 レオンも鎧から地上に降り立った。


「エレナ様、本当に申しわけないですが」

「はいはい……まあ、そうね。私の部下を助けてくれたわけだから、合格ってことにしといてあげる」

「い、いいのですか?」

「というかあんたみたいな雑魚、とてもじゃないけど戦いには出せないわ」


 エレナはそのまま「雑魚、雑魚」とレオンを煽る。


 最初に見たエレナの印象と違うことに、レオンは戸惑う。あまりに、年相応の女の子に見えたからだ。


 レオンはそんなエレナに、ただ頭を下げる。


「ありがとうございます、エレナ様」

「立場をわきまえていてよろしい。これであんたは私に借りができたわけだからね。何かあれば、力になりなさいよ」

「はっ──しかし、何故私なんかを」

「さあね。私だってあんたみたいの本当は嫌いよ。でも……」


 エレナは何かを言いかけると、少し寂しそうな表情をする。


「ともかく、無理やり従わせたくない……それがあの人との約束だもの」


 エレナはそのままレオンに背を向けて去っていった。


 レオンは無事合格となり、士官学校への入学を決めるのだった。

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